真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

智代の[ストップ] その三

公開日時: 2020年9月8日(火) 14:00
文字数:3,240

「なんてこった…。どうすれば智代に勝てる? 次に時を止めるのは…」

「もちろんデメリットもあるよ。連続して時間停止はできない。一度使ったのなら、インターバルをおかないと。それに[ストップ]は私の機嫌も察知する。だから[ストップ]は私が暴れたりするかもしれない場合、時間を止めることはしない。要するに怒っていたりしてもダメってこと」

「なるほど…。強大なチカラを操るには、それ相当の条件を満たさなければいけない、ということか」


 だからギンヤンマの奇襲を避けられなかったのだ。あの時は丁度、インターバルだったのだ。


「ならば、すぐにでも!」


 今もインターバルのはずだ。霧生はそう思ってスズメバチたちを智代に向かわせる。しかし、[ストップ]にとって、スズメバチの相手をすることはとても容易いことであった。


「マズい! 次にチカラを使われたら、俺に防ぐ術は……」


 ない、とは言えなかった。そうすれば負けを認めるようなものだからだ。まだ二本残っている。

 智代は[ストップ]と話をしている。おそらく、条件を満たしているかどうか確認しているのだろう。先ほど智代が言ったのよりも厳しいのか、[ストップ]はなかなか首を縦に振らない。その間に霧生は、対策を考えていた。


(この周辺を生き物で埋め尽くすのはどうだ…。触れた瞬間に時間停止は解除されるなら、いい対処法じゃないか? だが全部避けられたら、終わりだ…)


「待てよ? 触れたらいけない…ということは! 時間停止中にボールペンは取られない、か」


 少しホッとする。だが本当に一瞬だけである。また後ろに回り込まれてヌルリと取られる可能性が高い。


「お互いに傷つけない約束だが…少しはいいだろう」


 小銭を胸ポケットに入れておく。そしてそれは、[リバース]に既に触れさせている。

[ストップ]が頷いた。


「よし、お願い! [ストップ]」


 全ての時間が止まった。観光客の足取り、上空を漂う雲、レストランの厨房のコンロの火、ジュースの中の溶ける氷などなど…。その全てが、次に智代が目を閉じるまで、止まったままでいるのだ。自分以外は全て止まっているので、音すらしない無音の世界。


「後はまぶたが耐えられるかどうか…。でも後ろには回り込める。その余裕が私にはある」


 霧生の目の前を素通りして、堂々と背後を取った。そして胸ポケットに手を伸ばす。このボールペンに触れると勝手に時間が動き出すが、その方がかえってやりやすい。

 智代がボールペンを掴むと、全ての時間が動き出した。


「またか!」


 霧生は智代を探し、キョロキョロする。一方の智代はすんなりとボールペンを…。


「ああっ!」


 ボールペンに、ハンミョウが引っ付いている。切れ味の良さそうな牙をむき出し、ボールペンを掴んでいる智代の指の方に歩いて登ってくる。


「やはり、驚くと思ったぜ!」


 この隙を逃さない。霧生は振り向くと同時に、智代のボールペンを一本、奪った。


「むむっ!」


 だが智代も、これ以上怯まなかった。ハンミョウごと、ボールペンを取った。


「これでお互い、残り一本だね。次で勝負が決まる…!」


 智代は自分でも少し、気分が高揚しているのを感じた。


「ああ。ただし、俺の勝ちでな!」


 霧生も、負ける気はない。最後の一手を考える。時を止めた直後と言うなら、インターバルであるはず。だがそれは智代も熟知している。今、焦って突っ込むのは得策ではない。かといってあまり無駄に時間を費やしても、[ストップ]の条件をいたずらに満たしてしまうだけ。


(さて。どうやって最後の一本を取るか…)


 ここで良いアイデアを思い浮かべられなければ、海百合たちには勝てないだろう。

 流石に、[リバース]のチカラでボールペンを生き物に変えて逃す、というのは反則だ。そもそも自分のボールペンに指を伸ばした時点で、それを指摘される気がする。


(待てよ? 俺が触らなければ良いだけだ…!)


 霧生は五百円玉を二、三枚、胸ポケットに入れた。もちろん[リバース]のチカラを仕込んである。


([ストップ]の弱点を突く…。[リバース]のチカラがあれば可能だ!)


「さあ、ラストアタックまであと十秒! まずは一発目!」


 最初の一撃は、カブトムシ。これで行く。カブトムシは重い割りに、よく羽ばたく。


 だが、簡単に避けられる。


「私も勝ちに行くよ!」


 智代も動き出した。


「あと八秒! 次はこれだ!」


 ちょっと気持ち悪いので触りたくないため、[リバース]にタランチュラを生み出させると、同時に投げさせた。タランチュラは智代の足元に着地すると、全身の毛を立たせて威嚇する。


「なかなかかわいい子だね。でも、ちょっとどいてね」


 優しく問いかけたのが良かったのか、タランチュラは潔く横に動いた。


「あと五秒! 今度はかわせるか?」


 自分のカバンを、狼に変えた。雄叫びを上げる狼は、その場から動かない。そういう作戦だ。


「向かってこないんじゃ、かわせないね、それは。無視していくよー」

「あと三秒! ……二秒!」


 智代は、一秒になる前に勝負を仕掛けるつもりであった。だが、予想外のことが起きた。

[ストップ]に指示を出して時を止める直前、霧生の胸ポケットから、ボールペンが勢いよく上に飛び出した。


「こ、これは!」


 智代は、完全にしまった、と思った。時間は[ストップ]のチカラで止まってはいる。だが全ての時が止まってしまうということは、上に飛び上がったボールペンも、落ちてこない。そしてチカラを発揮している最中、[ストップ]は智代の体から離れることができないので、取りに行かせることもできない。


「けど、甘いよ霧生! 落下する地点はわかっている!」


 少し霧生に近づいた。ボールペンは正確に真上に飛んだわけではないので、そこで待てば…。


「お、狼が!」


 ベストな地点に、狼が天を仰いでいた。


「このために生み出したの?」


 これでは落ちてくる時にキャッチすることもできない。


「じ、じゃあもう、奥の手! [ストップ]、時が動き出したら、飛んでボールペンをキャッチして…」


 智代がまぶたを落とした。それは、止まった時が再び動き出す合図。次に目を開ける時、世界は姿を変えている。


「一秒!」


 霧生が秒読みの続きを言った。同時に[ストップ]が飛び立ち、ボールペンめがけて羽ばたく。だが、


「あれは、さっきのカブトムシ?」


[ストップ]の先を飛んでいる。さっき避けたカブトムシが、ボールペンに向かって突進し、大きな角でさらにペンを上に弾いた。


「ゼロ!」


 秒読みが終わった。智代が霧生の方に目を戻すと、霧生はボールペンを指で、ペン回ししている。


「それは…誰の……?」

「君の最後の一本さ。上にばかり集中していただろう? 隙だらけだったぜ」


 いつの間にか、取られてしまっていた。


「私、の、負け………」


 ショックが彼女を襲った。同じタイミングで落ちてきた霧生のボールペンは、タランチュラがキャッチした。


「でもどうやって、ボールペンを飛ばしたの? [リバース]だって触れてなかったのに…」

「これさ」


 霧生が胸ポケットから取り出した生物。それは、トノサマバッタだった。


「思いっきり、蹴ってもらった。だから上に上げられたんだぜ。俺が秒読みを開始すれば、君は絶対に最後の瞬間に勝負を仕掛けると思っていた。だからタイミングも完璧だっただろう?」


 智代は、頷くしかなかった。



「今日はありがとう。私もまだまだ未熟だった。勉強になったよ」

「こちらこそ。俺も白熱した戦いができて良かったぜ」


 帰りのロープウェイの中で、二人はお互いの良かったところを言い合っていた。


「じゃあ、今度は会えるかどうかはわからないってことかい?」

「うん。長崎に来た目的は、霧生に託すよ。私は旅に戻る。いろんな式神が日本にいるから、それを見て回りたいんだ」

「面白そうな旅だな。君と[ストップ]のコンビなら、まさに止められる奴はいないだろうね」


 ロープウェイから降りると、二人は別れた。


「さて、伝説の式神…」


 智代の思いもある。絶対に探し出して、自分の物にしなければいけないという使命感が、霧生の心の中で生じた。

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