「なんてこった…。どうすれば智代に勝てる? 次に時を止めるのは…」
「もちろんデメリットもあるよ。連続して時間停止はできない。一度使ったのなら、インターバルをおかないと。それに[ストップ]は私の機嫌も察知する。だから[ストップ]は私が暴れたりするかもしれない場合、時間を止めることはしない。要するに怒っていたりしてもダメってこと」
「なるほど…。強大なチカラを操るには、それ相当の条件を満たさなければいけない、ということか」
だからギンヤンマの奇襲を避けられなかったのだ。あの時は丁度、インターバルだったのだ。
「ならば、すぐにでも!」
今もインターバルのはずだ。霧生はそう思ってスズメバチたちを智代に向かわせる。しかし、[ストップ]にとって、スズメバチの相手をすることはとても容易いことであった。
「マズい! 次にチカラを使われたら、俺に防ぐ術は……」
ない、とは言えなかった。そうすれば負けを認めるようなものだからだ。まだ二本残っている。
智代は[ストップ]と話をしている。おそらく、条件を満たしているかどうか確認しているのだろう。先ほど智代が言ったのよりも厳しいのか、[ストップ]はなかなか首を縦に振らない。その間に霧生は、対策を考えていた。
(この周辺を生き物で埋め尽くすのはどうだ…。触れた瞬間に時間停止は解除されるなら、いい対処法じゃないか? だが全部避けられたら、終わりだ…)
「待てよ? 触れたらいけない…ということは! 時間停止中にボールペンは取られない、か」
少しホッとする。だが本当に一瞬だけである。また後ろに回り込まれてヌルリと取られる可能性が高い。
「お互いに傷つけない約束だが…少しはいいだろう」
小銭を胸ポケットに入れておく。そしてそれは、[リバース]に既に触れさせている。
[ストップ]が頷いた。
「よし、お願い! [ストップ]」
全ての時間が止まった。観光客の足取り、上空を漂う雲、レストランの厨房のコンロの火、ジュースの中の溶ける氷などなど…。その全てが、次に智代が目を閉じるまで、止まったままでいるのだ。自分以外は全て止まっているので、音すらしない無音の世界。
「後はまぶたが耐えられるかどうか…。でも後ろには回り込める。その余裕が私にはある」
霧生の目の前を素通りして、堂々と背後を取った。そして胸ポケットに手を伸ばす。このボールペンに触れると勝手に時間が動き出すが、その方がかえってやりやすい。
智代がボールペンを掴むと、全ての時間が動き出した。
「またか!」
霧生は智代を探し、キョロキョロする。一方の智代はすんなりとボールペンを…。
「ああっ!」
ボールペンに、ハンミョウが引っ付いている。切れ味の良さそうな牙をむき出し、ボールペンを掴んでいる智代の指の方に歩いて登ってくる。
「やはり、驚くと思ったぜ!」
この隙を逃さない。霧生は振り向くと同時に、智代のボールペンを一本、奪った。
「むむっ!」
だが智代も、これ以上怯まなかった。ハンミョウごと、ボールペンを取った。
「これでお互い、残り一本だね。次で勝負が決まる…!」
智代は自分でも少し、気分が高揚しているのを感じた。
「ああ。ただし、俺の勝ちでな!」
霧生も、負ける気はない。最後の一手を考える。時を止めた直後と言うなら、インターバルであるはず。だがそれは智代も熟知している。今、焦って突っ込むのは得策ではない。かといってあまり無駄に時間を費やしても、[ストップ]の条件をいたずらに満たしてしまうだけ。
(さて。どうやって最後の一本を取るか…)
ここで良いアイデアを思い浮かべられなければ、海百合たちには勝てないだろう。
流石に、[リバース]のチカラでボールペンを生き物に変えて逃す、というのは反則だ。そもそも自分のボールペンに指を伸ばした時点で、それを指摘される気がする。
(待てよ? 俺が触らなければ良いだけだ…!)
霧生は五百円玉を二、三枚、胸ポケットに入れた。もちろん[リバース]のチカラを仕込んである。
([ストップ]の弱点を突く…。[リバース]のチカラがあれば可能だ!)
「さあ、ラストアタックまであと十秒! まずは一発目!」
最初の一撃は、カブトムシ。これで行く。カブトムシは重い割りに、よく羽ばたく。
だが、簡単に避けられる。
「私も勝ちに行くよ!」
智代も動き出した。
「あと八秒! 次はこれだ!」
ちょっと気持ち悪いので触りたくないため、[リバース]にタランチュラを生み出させると、同時に投げさせた。タランチュラは智代の足元に着地すると、全身の毛を立たせて威嚇する。
「なかなかかわいい子だね。でも、ちょっとどいてね」
優しく問いかけたのが良かったのか、タランチュラは潔く横に動いた。
「あと五秒! 今度はかわせるか?」
自分のカバンを、狼に変えた。雄叫びを上げる狼は、その場から動かない。そういう作戦だ。
「向かってこないんじゃ、かわせないね、それは。無視していくよー」
「あと三秒! ……二秒!」
智代は、一秒になる前に勝負を仕掛けるつもりであった。だが、予想外のことが起きた。
[ストップ]に指示を出して時を止める直前、霧生の胸ポケットから、ボールペンが勢いよく上に飛び出した。
「こ、これは!」
智代は、完全にしまった、と思った。時間は[ストップ]のチカラで止まってはいる。だが全ての時が止まってしまうということは、上に飛び上がったボールペンも、落ちてこない。そしてチカラを発揮している最中、[ストップ]は智代の体から離れることができないので、取りに行かせることもできない。
「けど、甘いよ霧生! 落下する地点はわかっている!」
少し霧生に近づいた。ボールペンは正確に真上に飛んだわけではないので、そこで待てば…。
「お、狼が!」
ベストな地点に、狼が天を仰いでいた。
「このために生み出したの?」
これでは落ちてくる時にキャッチすることもできない。
「じ、じゃあもう、奥の手! [ストップ]、時が動き出したら、飛んでボールペンをキャッチして…」
智代がまぶたを落とした。それは、止まった時が再び動き出す合図。次に目を開ける時、世界は姿を変えている。
「一秒!」
霧生が秒読みの続きを言った。同時に[ストップ]が飛び立ち、ボールペンめがけて羽ばたく。だが、
「あれは、さっきのカブトムシ?」
[ストップ]の先を飛んでいる。さっき避けたカブトムシが、ボールペンに向かって突進し、大きな角でさらにペンを上に弾いた。
「ゼロ!」
秒読みが終わった。智代が霧生の方に目を戻すと、霧生はボールペンを指で、ペン回ししている。
「それは…誰の……?」
「君の最後の一本さ。上にばかり集中していただろう? 隙だらけだったぜ」
いつの間にか、取られてしまっていた。
「私、の、負け………」
ショックが彼女を襲った。同じタイミングで落ちてきた霧生のボールペンは、タランチュラがキャッチした。
「でもどうやって、ボールペンを飛ばしたの? [リバース]だって触れてなかったのに…」
「これさ」
霧生が胸ポケットから取り出した生物。それは、トノサマバッタだった。
「思いっきり、蹴ってもらった。だから上に上げられたんだぜ。俺が秒読みを開始すれば、君は絶対に最後の瞬間に勝負を仕掛けると思っていた。だからタイミングも完璧だっただろう?」
智代は、頷くしかなかった。
「今日はありがとう。私もまだまだ未熟だった。勉強になったよ」
「こちらこそ。俺も白熱した戦いができて良かったぜ」
帰りのロープウェイの中で、二人はお互いの良かったところを言い合っていた。
「じゃあ、今度は会えるかどうかはわからないってことかい?」
「うん。長崎に来た目的は、霧生に託すよ。私は旅に戻る。いろんな式神が日本にいるから、それを見て回りたいんだ」
「面白そうな旅だな。君と[ストップ]のコンビなら、まさに止められる奴はいないだろうね」
ロープウェイから降りると、二人は別れた。
「さて、伝説の式神…」
智代の思いもある。絶対に探し出して、自分の物にしなければいけないという使命感が、霧生の心の中で生じた。
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