真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

海百合と[リメイク] その二

公開日時: 2020年9月4日(金) 13:00
文字数:2,255

「……いいや、これからだぜ!」


 霧生は今の海百合の行動で相手の式神の特性をほんのちょっとだけ理解した。


「わざわざ撃ち落とすことを選んだあたり、君の式神は生き物にはチカラを使えないみてえだな? もし使えるんなら、近づいてくるのを待って利用すればいいんだからな」


 さっき海百合が言った通り、[リバース]と[リメイク]は姿こそ全く異なるが、チカラが似ている。両者とも、生き物に触れてもチカラを発揮できないのだ。だとすれば、霧生は自分にも勝機があると感じた。[リバース]が生み出す生き物を、海百合に向かわせれば! 防ぐには式神でガードさせるしかない。処理できないほど多く生み出すか、不意打ちをする。


「おっと危ない」


 不意に[リメイク]が、地面を引っ掻いた。さっきバラバラになった消しゴムを既に[リバース]のチカラでゴミムシにしていたのだが、ガスを噴射できる距離まで近づく前に存在がバレた。


「隙がない……。これは相当苦戦するぞ…」


 霧生は覚悟した。思いっきりやるつもりでないと逆にやられる。


「そっちから来ないんなら、アタシからいっちゃおうかな?」

「何をしてくる?」


 海百合はポケットティッシュを手に取った。それに[リメイク]が触れると、果物ナイフに変わる。


「殺す気はない。けど死んだらそれは、許して。一応式神を狙ってはみるけど」


 それを構えて海百合はこちらに突っ込んでくる。


(あれを[リバース]のチカラで生き物に変えれば…!)


 霧生はワザと逃げなかった。[リバース]の視線をナイフに注目させ、海百合が斬りかかるのを待った。


「ブチ切れな…」


[リバース]目掛けてナイフを振り下ろした。だが[リバース]はナイフを牙で軽く弾いた。するとナイフは蛇に変わり、海百合の腕に巻きついた。


「……姑息な。こんなことで勝てると思ってるの?」

「威勢がいいのは口だけにしておけよ? [リバース]が生み出した蛇は一味違うんだぜ?」


 そう言われて海百合が手元を確認すると、蛇の頭は三角形であった。しかも見たことのある模様をしている。


「ハブ…。沖縄に生息して毎年死者を出してる毒蛇…。なるほど、それは危険だね」


 ハブは口を開いて牙を剥き出し、今にも噛みつこうとしている。


「これ以上の攻撃をやめるなら、そのハブは元のティッシュに戻そう。でも続けるなら噛みつかせて毒を注入させるぜ?」


 ハブの毒自体は、マムシよりも弱い。だが牙の大きさと注入する量がマムシとは比べ物にならないのだ。そして毒はタンパク質を溶かし、出血を促す。さらに最悪の場合、死に至ることすらある。

 海百合はこんな状況でも冷静で、


「噛みたきゃ噛めばいいじゃない。何でそんな簡単なことすら躊躇ってるの?」


 顔色を伺う霧生だったが、本当に海百合は焦っていないし本気で噛まれても大したことがないと思っているようだった。


「言っておくが、毒は本物だぞ? 体に入ったのなら、[リバース]ですらもう止めることはできない…。後悔しても遅いものは遅いんだ!」


 ハブは海百合の腕に噛みついた。一瞬だけ、痛いと言わんばかりに海百合は瞬きをした。


「入った……。もう血清を入れるしか対処法がない。君は白旗揚げるべきだったんだ」


 しかし、


「何言ってるの? 血清を打てばいいだけなら、本当に大したことない。これで勝ったつもりなんて、バラエティー番組より笑えない」

「おいおい! 強がるのもいい加減に………」


 海百合が手に持っている物を霧生が見た時、その直前まで喋っていたはずなのに勝手に口が閉じた。

 シャープペンシルが、[リメイク]が触れた途端に注射器に変わった。それを海百合は腕に刺し、内容物を血管に注入する。


「そんなバカな…? まさか血清まで作り出せるなんて…」


 海百合の腕からハブはスルリと落ちた。それを[リメイク]が爪でズタズタに切り裂く。ティッシュの破片が風で舞っていく。


「これがひょっとして最後の手段? なら拍子抜け。式神は中々いいチカラを持ってるのに召喚師がそれに追いつけてないなんて、随分もったいない」


 自分一人では、勝つことはおろか満足に戦うことすら叶わない。霧生はそう察した。ここは応援を呼ばなければいけない。そう思って携帯を取り出したが、


「何っ!」


 一瞬で[リメイク]が飛びついて来た。避けられたと感じた霧生であったが、持っていたはずの携帯が国語辞典に変わっているのを見ると、それは間違いであった。これでは芽衣たちに連絡を送ることすら不可能だ。


(強い! この海百合も、式神も! 圧倒的だ……。もう逃げるしかない)


 だがそう簡単に逃げさせてくれないのが海百合であった。霧生は足を動かそうとしたが、地面に引っ付いて離れない。


「既に…[リメイク]は屋上の地べたに触れている…」


 なんと霧生のいるところだけ、粘着板になっているのだ。


「なんだって!」

「これがアタシの[リメイク]…。今度はキミが後悔する番。ここに来たことを」


[リメイク]が動けない霧生に襲いかかる。その爪や拳をおもむろにくらった霧生は吹っ飛ばされ、屋上のフェンスごと校舎の上から弾き飛ばされた。


「ぐああっ!」


[リバース]は[リメイク]に抵抗することなく、霧生について行く。霧生が地面に落ちる寸前で、一緒に落ちているフェンスをイヌワシに生まれ変わらせ、霧生を近くの民家に着地した。

 それを海百合は見ていた。命からがら逃げ出した霧生に追い打ちをかけようにも、ここからでは距離が離れ過ぎで決定打にはならないだろう。


「行ってみるかな、アタシも。榎高校だっけ? 霧生たちの学校は」


 海百合は屋上から降りて昇降口に向かった。

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