真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

姫百合と[リカバー] その五

公開日時: 2020年9月7日(月) 16:00
文字数:2,798

建物の中にいた巴は、外での戦いに気づいてなかった。灸の性格は熟知しているので、うるさくてもまた嘘だろうと決め込んでいた。


「さて、芽衣が起きたらどうやって尋問するか……」


 誘拐しておきながら巴は、拷問することを考えていなかった。脅すことも論外だ。芽衣が自分から、味方になってくれればベスト。きっと目的は同じなのだから、頷いてくれると思うが…。

 唯一の不安材料は、既に芽衣が藤四人衆に脅されて配下にされているということ。巴や灸といった下っ端には、上からの情報はほとんど回ってこない。


「多分大丈夫だとは思うが…。その時はその時か…」


 まだ眠っている芽衣に毛布をかけてやった。その時だ。

 巴の足元で何かが動いたのだ。


「何だ!」


 巴は瞬時に距離を取った。[ブリリアント]にもプラズマを構えさせた。

 しかし、それは虫だった。


「何だ、ケラじゃねえかよ! 脅かしやがって…」


 彼女は、それを二度見することになる。


「ケラだとぉ! これは芽衣の式神、[ディグ]! まさか芽衣は、眠ったまま式神を召喚できるっていうのか!」


 同時に、耳元で羽音がした。それはまた、虫だった。


「まさかこの蚊は、真菰の[ドレイン]…? いや待て、廃工場のヤツは偽物だったが…。違う、姫百合と霧生が真菰を応援に連れて来た可能性が高い!」


 そして、戸を突き破って動物も入ってくる。


「これは! 興介の[ハーデン]…! 畜生あのオオカミ少年め、召喚師が迫って来ているのに、絶対に私に教えないつもりか!」


 実はこれらは、[リバース]が生み出しただけの、普通の生き物である。しかし召喚師はそれが、式神と疑ってしまう。動物の姿をした式神が多いからこそ、霧生が実行できた作戦であった。欲を言えば[ディザーブ]や[スポイル]も姿だけ借りたいと思ったが、多過ぎるとかえって式神じゃないと疑われるかもしれないのでやめた。


「マズいな…。絶対に追い込まれているぞ…! 灸の馬鹿は何をやっているんだ!」

「灸なら、もうやっつけたぜ。そして君が巴か。芽衣はどうやら、無事のようだな」


 霧生が建物に悠々と入ってきた。


「何言ってやがる! 灸の奴はバカでも、実力はある。お前に倒せるとでも?」


 疑われたので霧生は、気を失った灸を見せつけた。怪我は[リカバー]で治してあるが、意識は流石にまだ取り戻せていない。


「なんだと! [ディフューズ]が負けたのか! 真菰に降参させた式神が?」

「でも俺は、余裕で退けられたぜ? そして君と戦わなくちゃいけない。まあ俺としては、できれば女性とは一戦を交えたくないがね」

「舐めやがって…! お前は絶対に潰す!」


 戦闘は避けられそうにない。霧生は[リバース]も建物に入れる。だが、あることに気づく。


(……巴は動物に囲まれているというのに、[ブリリアント]はどこを飛んでいる…? この建物の中には、いないようだが?)


 もしや戦う意思がないのかも…と一瞬だけ思ったが、巴の顔色を見るにそうではないらしい。


「ここに来たことを絶対に後悔させてやるよ!」


 巴が口を開いたその時、霧生は驚いた。[ブリリアント]はまさかの、巴の口の中にいたのだ。しかも既に光っており…。


「しまった!」


 もし羊が霧生の前に飛び出していなかったら、霧生は今頃プラズマに撃ち抜かれていただろう。


「なんだよビックリさせやがって! コイツら、式神じゃないのか! 生き物を作り出す、それがお前の式神のチカラか! そういえば工場で[ブリリアント]が見かけたのも、本物の[ドレイン]じゃなかったっぽいしな」


 これは厄介だ、と霧生は直感した。式神だけを攻撃したいが、[ブリリアント]は巴の口の中。しかもプラズマがいつ発射されるかもわからない。

 式神ではないと分かると巴は、ケラは踏み潰し、蚊は叩き落とした。両方とも、元々の物体に戻る。


「こんな子供騙し、絶対に引っかからないぞ。んでお前は、どうやって私を攻撃する気だ? どうでもいい。[ブリリアント]のプラズマを耐えることなど絶対にできやしない!」

「そのようだね。もっともそれは、俺一人だけだったらの場合だが」


 建物の屋根が、轟音とともに崩れ落ちた。そして姫百合と[リカバー]が上から、巴目がけて舞い降りる。


「バカな? この建物がいくら老朽化しているからって、そう簡単に天井をブチ抜くなんて絶対にできやしない……」

「俺の[リバース]なら、シロアリを生み出せる。既に屋根の木材を食べてもらったんだよ。羊も蚊もケラも、君を騙すために生み出したんじゃない。シロアリが屋根を脆くしてくれるのを待つために時間を稼いでもらった。そうすればあまり力のない姫百合と[リカバー]でも、十分に突破可能だぜ」


 そして姫百合は、巴の口を強引に閉じた。


「開かせませんわ…。それとも歯と唇を犠牲にしてまで、発射しますの? 言っておきますけどワタクシの[リカバー]、プラズマでできた傷を治すことぐらい、わけありませんのよ?」

「うぐぐ」


 巴の足が、力なく崩れた。どうやら負けを悟ったらしい。


「でも念のため…。[リカバー]!」


 姫百合は[リカバー]に指示を出し、巴を叩きのめさせた。口を開けられない巴は、悲鳴を上げることすらできなかった。



 ことは無事に片付いた。芽衣も救出できたし、巴と灸を懲らしめた。霧生と姫百合の目的は、両方とも成し遂げられたのだ。


「ふああ〜」


 あくびをしながら目覚める芽衣。霧生は事情を説明したが、どうやら誘拐されたことすら気づいてないらしい。


「ええ〜、本当に? 急に意識が飛んだことは覚えてはいるけど…」

「おそらく、[ブリリアント]の仕業ですわ。プラズマの威力を加減すれば、スタンガンのような使い方も可能ですので」

「えっと、あなた誰?」


 霧生は、深いため息を吐いた。姫百合は真面目に自己紹介をし、自分が敵ではないことを芽衣になんとか理解してもらった。


「じゃあ、あの二人のことは任せていいんだな?」

「構いませんわ。二人とも、放置しておきましょう。もう十分に痛い目を見ましたから。目が覚めたら勝手に帰っていくと思います」


 ここで解散することになった。


 帰り道で霧生は芽衣と話をする。


「芽衣も少しは警戒しておけよ…。俺と同じで、相手からすれば謎が多い召喚師なんだから」

「はーい」


 後は呑気なことに、今日の授業内容について話しながら帰路に着いた。



「詰めが甘いですわね」


 横たわる巴と灸の側に立っている姫百合がそう呟いた。


「間近で全て、拝見させてもらいましたわ。[リバース]のチカラと霧生の強さ…。海百合さんが撤退するのも、無理ないですわね」


 まだ二人は気を失っている。


「勝手な行動をとった罰は与えましたが、そのおかげで今回の作戦が閃けましたの。お礼はしておきましょう」


[リカバー]を召喚すると、巴と灸に触れさせる。二人の傷は既に治してあるが、意識も取り戻させるのだ。


「う、う〜ん…」


 二人とも目が覚めたようで、立ち上がろうとする。一足先に姫百合は墓守神社から立ち去る。

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