真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

その七

公開日時: 2020年9月14日(月) 18:00
文字数:3,393

 要には、恋人が存在したのだ。その人は召喚師ではなかったが、とても仲が良かった。自分の目には見える式神を見ることはできないのに、様々な感情や記憶を共有し合える人だった。

 だが、幸福は長くは続かない。その恋人は不治の病にかかり、倒れた。要は来る日も来る日も、完治することを願った。だが日に日に恋人の体は弱く、病は進行する。


 そこで要は、病気を治すことができる式神を探した。いや病気を治せなくても、未知の薬剤を作り出すことができれば、病気の前の状態に戻すことができれば、病気を書き換えることができれば、とも思い、召喚師を探した。

 長崎に、探し求める召喚師たちはいた。藤四人衆だ。彼らを打ち負かして仲間に従えると、満を持して恋人の到着を待った。


 しかし到着したのは、恋人の遺骨だった。間に合わなかったのだ。


 この日から、要の人生は全てが狂った。恋人と一緒にさせてくれなかった世界を恨んだ。病気を生み出した地球が憎かった。何もできなかった自分が許せなかった。


 だから要は、この世が滅びればいいと思った。悲しみしか生み出さない世界には守る価値なんぞない、そして自分は滅亡とともに死ねる。要の中ではそれだけが希望になっていた。


 そして今日に至るのである。



「霧生、お前に俺の悲しみはわからないだろうな。だが別に、それでいい。この世界に意味がないのと同じだ。人間が生きるのにも、意味はない。最終的には、どうせ死ぬのだ」


 要の正体。それは、悲しみに支配された哀れな人間だった。


「それは悲しい過去を聞いた。でもな、俺はこの世の中に感謝してるぜ? 世界が回っていなければ、俺は仲間たちと巡り会えなかった。召喚師を自覚することもなかっただろう。雨宮、生きることに意味がないって言ったな? それは違う! 偽りの価値観だ。人間は人間と出会うから、生きるんだ。共に明日に踏み出すために出会うんだ。それこそが生きる真実! それを証明してみせる!」


[パニッシュ]相手に霧生は、勝つつもり、いや、破壊するつもりでいる。悲しみを貯めることしかできないというのなら、その象徴である[パニッシュ]は、必ず打ち破ってみせる。霧生は決心した。


「行くぞぉ! [リバース]! [クエイク]!」

「ガオオオオオオオオルルルルルルルルル!」

「うおおおぉ!」


[リバース]は爪で、[クエイク]は触手で攻撃に移る。吸盤にさえ気をつければ、勝てない相手ではないはずだ。しかし[パニッシュ]の体は、軟体であり変幻自在。どこかを攻撃しようとすれば、そこに吸盤を持ってきてしまう。


「無駄だ、霧生。[パニッシュ]はそういう点に関して、弱点はない。式神の札を破壊するしかないだろうな。もっとも俺はそれはしないがな」


 霧生も、それは考えていない。それをするということは、勝負に勝っても、戦いで勝てないと言うようなものだ。


(まずは動きを封じなければ!)


 それができれば、簡単に倒せるはずだ。


「エネルギーはどんなものでも吸収してしまう。やはり[アブソーブ]とは違って、熱や電気もエネルギーとして吸い込んでしまうのか…」


 確認したいが、余計なパワーアップも厄介だ。ここは無理に刺激しないでまず、考える。どこかに穴があるはずなのだ。


「どうすればいい…。どうやって倒す?」

「霧生よ、そんな台詞を吐くな」


[クエイク]が言った。


「こんな時こそ霧生。貴様は式神を操り、勝利を得る召喚師。悩む姿は似合わんぞ?」


(………!)


 その言葉で、霧生は吹っ切れた。


「よし、[リバース]、[クエイク]! 攻撃しまくるんだ。ここはシンプルに行こうじゃないか!」

「わかった。霧生、貴様を信じよう!」

「グルルルルルルルガアアアオオオオオオオオオ!」


 霧生の二体の式神が、全力で[パニッシュ]を攻める。


「馬鹿が! チカラは教えてやったのに、あえて攻撃するだと?」


[リバース]はチカラを使って、先ほど[スクアッシュ]に勝った時のように[クエイク]が提供する火山弾を動物にし、突撃させた。ガムシャラな攻撃は、虚しく吸盤に吸い込まれていくように見える。

[クエイク]は、やはり火山弾で攻撃する。何度跳ね飛ばされても、触手も振るう。そして溶岩や間欠泉でも攻める。


「無駄だ、霧生。もしかして、[パニッシュ]の限界を狙っているのかもしれないが、そんなものはない。悲しみに限度がないのと同じだ!」


 要の言う通りである。[パニッシュ]は際限なくエネルギーを貪欲に吸収してしまう。


「何言ってやがる? 俺はそんなこと、最初っから狙っちゃいねえよ!」

「じゃあ何を……!」


 要は気がついた。手に握る[パニッシュ]の札が、傷ついていることに。だが札を攻撃している式神や生物はいない。ひとりでに、札が崩壊していくのだ。


「何でだって感じの顔してるから教えてやるぜ。俺は吸盤以外の場所を狙えばいいと思ったが、それでは攻撃ヶ所が見切られて防御されちまう。だったらハナから、デタラメに攻撃すればいい。そうすれば吸盤以外の場所も勝手に傷ついていくだろうからよ!」

「そんな無謀な? [パニッシュ]はドンドンパワーを上げていくんだぞ?」

「それも計算の内だ。攻撃は最大の防御って聞く。こっちが攻め続ければ、[パニッシュ]は守り続けなければいけない。[リバース]たちを攻撃する暇を与えなければいいんだ!」

「なんてことを実行する奴なんだ……」


 驚きのあまり、要は尻餅をついた。

 幸いにも、[パニッシュ]は吸収したエネルギーに比例して大きくなるような特性はなかった。故に囲んで攻撃でき、こちらを一掃する大きな一撃も繰り出されない。


「攻めろ! 攻め続けるんだ! 必ず[パニッシュ]にはダメージが届く! あともう少しで勝利だ!」


 霧生も叫びながら加勢する。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 次の瞬間、[パニッシュ]の手応えがなくなった。


「やったか?」


 要の方を見ると、札がボロボロになって、風で散っていく。それはつまり、[パニッシュ]が完全に破壊されたことを意味していた。

 そして[パニッシュ]のいた所から、強烈な光が放たれる。それはまるで、今までに吸い取ってきた悲しみが、一気に解消されていくかのようだった。



「やるな、藤四人衆!」

「やっぱり五人で挑んで、正解だったわ!」


 興介たちの戦いは、長引きそうだった。だが、ある方向から、強い閃光が差し込んでくると、


「なんだ、雨宮。アンタがうるさく言っていた悲しみってそんな程度だったんだ? 全く面白くないじゃん」


 そう言い捨てて、藤四人衆は自分たちの式神を回収すると、どこかへ逃げてしまった。


「ねえこれって、もしかして…。霧生が勝ったんじゃ?」


 芽衣の声で、興介たちは榎高校に急ぐ。



「まさか…。ありえないとしか、言いようがない」


 要はまだ、立ち上がれなかった。頭では理解していたが、心が追いついていないのだ。


「終わったぜ、雨宮! [パニッシュ]は破壊した! これで証明されたな、終わらない悲しみなんてないってことが!」


 腰を抜かしている要の代わりに霧生が、札を強引に借りて[スラッシュ]、[スクアッシュ]、[デモリッシュ]を札に戻した。


「なぜ、戻した? 破壊ができたはずだろう?」


 要が当然の疑問をぶつける。


「[パニッシュ]は仕方がなかったけど、式神に罪はないだろう? それに俺は勝って、雨宮の野望を食い止めた。それでいいじゃないか」


 霧生は、要に手を差し伸べた。もう戦う必要はない。つまり要は、敵ではない。


「そうか。また俺の悲しみが、一から始まるのか…」

「それは違うぜ?」

「何?」

「智代という、俺が出会った旅の召喚師がいた。彼女は日本中を巡っては、様々な伝説を探しているらしい。お前も、智代を見習えばいいじゃないか。恋人のことが忘れられないかもしれないけど、要は生きているんだし、悲しみ以上の喜びだってきっと探せる。もしかしたら、恋人の魂を探せる召喚師がいて、そこから式神を作れるかもな」

「霧生…」


 要は、さっきまでとは別人だった。生きることの希望を解かれ、もう一度踏み出してみたいと感じたのだ。


「旅か……。いつ終わるのかわからないが、悪くもないのかもな」


「もし智代に会えたら、伝えてくれ。伝説の式神は、俺が智代の代わりに手に入れたってことを!」


 要は、頷いた。ちょうどいいタイミングで、芽衣たちが校庭に駆けつけた。

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