「良和から連絡、何も来ないね。さっきの二人も逃げて行ったし、つまんないの」
希美は[ボイル]に語りかけていた。一応昇降口から出てくる生徒はチェックするが、興介たちはまだ来ない。狭いところであの二人と戦いたくはないので、意地でも屋外で粘る。
ブーンと、耳元で虫が羽ばたく音がした。
「もう飛んでるの? ウザいったらありゃしない!」
蚊を叩き落とそうとしたが、器用に避けられる。そして顔に引っ付かれた。
「うわ!」
虫が顔に止まったから悲鳴を上げたのではなかった。希美は自分の視界が、急に真っ暗になったことに驚きを隠せなかったのだ。
「ななな、何? 何がどうなってるの?」
「油断したわね! ただの蚊だと思ったら大間違いだわ!」
声の方を向いても、何も見えない。それが希美をさらに焦らせる。
「[スポイル]のチカラを、[ドレイン]に中継させる。上手くいくと爽快だね」
ここでやっと希美は、自分の身に何が起きているのか理解した。
「まさか、良和が狙ってた召喚師? 何で私の方に来るの?」
次の瞬間、耳に何か触れたと思うと、今度は何も聞こえなくなる。
[スポイル]のチカラは、失わせることができるのは一度に一つだけである。しかしそれは[スポイル]自体がチカラを使う場合…つまり式神一体につき一つということ。複数の[ドレイン]にチカラをコピーさせれば、一度に何個でも失わせることが可能なのだ。
(これは…! どこを狙えば?)
次は、体が傾いた。平衡感覚を失わされたのだ。地面に倒れこんだ希美は、もはや立ち上がることすら困難となった。
(こうなったら!)
もう、ヤケクソである。[ボイル]のチカラで熱湯を、水鉄砲から滅茶苦茶な方向に発砲する。運が良ければ当たるかもしれない。
「んー! 危ないことするわね。でも無意味よ、[ドレイン]! 氷のチカラを使って。熱い水、凍らせることができなくても、温度は下げられるでしょう?」
もちろんこの台詞は、希美には聞こえていない。[ドレイン]は氷を生み出し、拡散させた。氷は熱湯に当たると溶かされてしまうが、温度を下げることは十分に可能であった。熾嫩の顔に当たったのは、少し温かい水だった。
「トドメは、[スポイル]! 怪我しない程度にね」
「任されよう」
[スポイル]は希美の腕を甘く噛み付いて、放り投げた。希美は池にジャポンと落ちた。式神こそ残っているが、もう戦える気力はないだろう。
「さあて、その女子の式神。おそらく単体での攻撃手段は乏しいんじゃないの? それとも水の中で戦う? 私の[ドレイン]も熾嫩の[スポイル]も、水の中は苦手じゃないわ?」
「うぷぷ…」
希美の[ボイル]はさっきまで膨らんでいたが、急にしぼんでしまった。熾嫩は一応溺れさせないために、希美を池から引き上げた。
「そうだ。第助も苦戦してるかも…。だから」
悪知恵が働いたのは、熾嫩の方であった。
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