到着すると、まずは公園の新鮮な空気を吸う。緑豊かな公園の酸素は美味い。これから起きる戦いに備えて、全身に送り込んでおこう。そう思って霧生は何度も深呼吸をした。
「よし。さあどっちに進むんだ?」
返事の代わりにハイフーンは[ダイブ]を召喚した。
「[ダイブ]が伝説の式神の存在を感知できる。その後ろを進めばいいだけだ」
全てを託された[ダイブ]。森の中に進んで行く。
「特に変なところもない。特別な森って感じはしないぜ。本当にここか?」
「結論を急ぐな。まずはしらみ潰しと行こうじゃないか」
だが、いくら歩き回ってもそれといったものがないのだ。霧生も[リバース]を召喚して捜索にあたらせたが、収穫はなかった。
「ここは空振りかもな」
霧生が森の中で空を見上げた。太陽光は木々に遮られており、薄暗い。雲模様すら確認できないぐらいである。
「おい、霧生……。ちょっと待て。私は怪我人なんだぞ?」
霧生の足が速いため、ハイフーンは待ってくれと言った。そして同じタイミングで霧生が足を止めた。
「ふ、ふう。全く少しは配慮を覚えたか」
「おいハイフーン…。この道は初めて通る道じゃないよな?」
そんなことを霧生はハイフーンに聞くのだ。
「何を言う? 来た道を戻ってきているのだから、さっき通ったばかり…」
「こんなところに穴がある…」
ハイフーンも腕の痛みを我慢して前に出る。そこには、ちょうどマンホールぐらいの大きさの穴があった。
「バカな? 行きではなかったはずだ。いつの間に開いた?」
「開いたというより、元からあったって感じだぜ…」
この不気味な穴は、なんなのだろうか? 疑問を感じた霧生は、[リバース]に犬を生み出させ、その穴に潜り込ませる。
「だがこれで、穴の正体がわかるな。お前の[ダイブ]は待機させておけ。地下には光はなさそうだからね」
「ガウ?」
[リバース]の表情が変わった。
「どうしたんだ?」
慌てている様子の霧生を見て、ハイフーンは少し心配した。[リバース]の特性もハイフーンは隅々まで把握しているわけではないのだ。
「おい、どうした?」
「犬が、やられた…」
「やられた?」
霧生は[リバース]を通じて感じた。
この下に、何かがいる。
「……そういうことか。伝説の式神が、わざわざ道を用意してくれているらしい。どうする、霧生?」
「こんなところで引き下がると思うか? 行かなきゃ男じゃないぜ!」
霧生は[リバース]と共に、穴の中に入って行った。
「私たちも行くぞ。ことを最後まで見届けようじゃないか」
ハイフーンも[ダイブ]を抱えて、慎重に穴に潜る。
霧生たちが降り立った地下空間は、鍾乳洞のような場所であった。そして灯りもないはずなのに、なぜか真っ暗ではなく洞窟内が明るいのだ。
「何だここは?」
森の地下にこんな場所があるとは思えない。これが伝説の式神のチカラなのだろうか。
「気をつけろ、霧生。既に伝説の式神が私たちを認識していると考えて間違いない」
「わかっている。だが、その式神はどこだ?」
霧生が首を動かして探していると、それに答えるかのように、
「我が眠りを妨げるのは、貴様たちか…」
と、声がする。女性のようなトーンの声の方向を向くとそこには、アノマロカリスのようなものがいる。
「お前は…」
「我が名など、どうでもいい。そんな物はない。それよりも重要なのは、貴様たちが我が聖域を汚していること」
「フン! 土足で上がり込んで何が悪い? 靴脱げって言いたいのか?」
「その減らず口、塞いで見せよう」
その式神が動き出した。動きは[リバース]よりも遅い。だが油断はできない。[リバース]よりも霧生自身を狙ってくる可能性があるからだ。
「貴様たちはこの我の眠りを妨げた。故に罰を与えてやろう」
頭部の触手が地面をさする。すると、足元が揺れ始めた。
「地震か!」
霧生はしゃがんだ。立っていられないからで、姿勢を崩した方がいいと判断したためだ。
[リバース]はなんとか抗えている。だから霧生はポケットのハンカチを[リバース]に渡して、毒蛇を生み出させる。式神に毒が効くかどうかは不明だが、少しでも怯ませることができるなら! と思っての行動だ。
だが毒蛇は、突然湧き出た溶岩に飲み込まれて蒸発した。
「バカな? おいハイフーン、どうなっている?」
「こんなことは、私も知らない…。まさかこれも伝説の式神のチカラか?」
溶岩はすぐに冷えて黒い塊になった。一応霧生とハイフーンは溶かされることがなくなったようではある。また、地震もおさまった。
「人の子よ、我が直接手を下す。人の寿命はどうせ短い。すぐに叩きのめしてやる」
(マズいな。これじゃあ近くことすらできない。そもそも俺たちの力を見せることすら無理じゃないか)
焦る霧生。対して伝説の式神は余裕でヒレを動かしている。
「[リバース]…。そこの鍾乳石をクマに変えろ。パワーで押し切るしかないようだな」
実は[リバース]のチカラでは、日本に生息していない大きな生物は生み出せない制約がある。だからいくら強力な生物が欲しくても、象やライオンは不可能で、日本最強のクマしか生み出せないのだ。
「だがクマは! 犬やイノシシとは比べ物にならないレベルの獣! 人ですら立ち向かうことは不可能!」
その茶色の巨体は、目を疑うスピードで伝説の式神に突進をする。
「グリズリーか。これは危険極まりないな。[ダイブ]、私たちは離れてこの戦いを見届けよう。霧生! 安心しておけ、骨は拾っておいてやるぞ」
「うるせえな、ハイフーン! 自分の心配だけしておけ!」
だいいち、クマにハイフーンを襲わせる気はない。クマは伝説の式神だけを見ている。
「人の子よ…。それで我に勝とうというのか? 我を舐めた罪は重いぞ?」
そう言うのとほぼ同時に、クマの爪が伝説の式神に振り下ろされた。だが、伝説の式神の触手がカウンターを見事に決め、クマの腕は肩ごと吹っ飛ばされた。
「力量もあるのかよ…。なんて式神だ……」
クマは今度は、噛み付こうとする。だが、伝説の式神のヒレにヒラリとかわされた。
「我にそんなものは効かぬ」
突然、天井の鍾乳石がクマめがけて落ちてきた。串刺しになったクマは、元の石に戻されてしまった。
「クソ! これもチカラか! 大地を揺るがすというより、地面に関することなら何でも操れる…」
「そんな式神が、本当に存在するとは…。霧生、この状況では勝てない。今は逃げることを最優先しよう! そして作戦を練り直し、再びここに来れば!」
ハイフーンはそう提案したが、伝説の式神は、
「逃さぬ。ここで二人を必ず始末してくれる」
と宣言した。それに霧生も、
「ああ。俺だって引き下がらねえぜ! 勝利とは! 最後まで諦めない心で掴み取るものだ! ハイフーン、逃げたきゃお前だけ逃げろ。俺はそれを責めたりしないからな」
「誰も逃しやしない。ここで終わりにしてくれる!」
相手は、徹底的にやるつもりだ。ならば霧生も、
「絶対に俺の式神にしてやる! 覚悟しな!」
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