真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

霧生と[リバース] その二

公開日時: 2020年9月1日(火) 13:00
文字数:2,194

 しかしこれも少年の言う運命なのか、ゴールデンウィーク明けに高校に行くと、その朝の会で、


「転校生を紹介しよう、霧生きりゅう嶺山れいざん君だ」

「世話になる」


 なんとあの謎の少年が、芽衣のクラスに編入して来たのだ。


「ちょうど芽衣の隣が空いてるな」


 しかも上手い具合に、隣の席になった。


「霧生です、よろしく。この度長崎市内に初めて来ました。実家は花屋で、今度新しいクラスに綺麗な花を贈りましょう」

「く、楠芽衣です…」


 覚えていないのか、丁寧に自己紹介をされた。


(そういえば私もあの時、名乗ってなかった)


 これでは顔が似ているだけの他人という可能性もある。


(でもあんな髪の量が多い男子、間違えるはずないけどな〜)


 もしかして、自分の印象が薄いのかも…。と思うと少し悔しく感じる芽衣。こうなれば意地でも思い出させてやる気である。


「あのう、楠館って旅館は知らない?」

「知ってるさ。なんでも俺の両親がそこで出会ったそうだ。だから二十回目の結婚記念日にあそこに行ったんだ。そこで出会った俺と君はそういう運命で…」

「知ってるみたいね」


 確信が持てたので芽衣は強引に霧生の話を遮った。


 だが霧生は少ししつこい男で、芽衣に何かと声をかけてくるのだ。校内を案内してくれと言われるとさすがに断れず、休憩時間中に行くことになった。


「ここが家庭科室。来週は多分調理実習だからここに一人で来れるようにね」

「君がその時も案内してくれるんじゃないのかい?」

「あのねえあなた…」


 その時である。呆れる二人に、一人の男子がぶつかった。


「いて!」

「あ痛ー!」


 二人は転んだ。だが男子生徒の方は平然としており、


「ここは廊下だ。突っ立ってる方が悪いぜ」


 と言い捨ててどこかに行ってしまった。


「なんだあの野郎…ズタボロにしてやる!」


 起き上がりながら霧生が言う。


(本性仕舞いなよ…)


 芽衣も自力で起き上がる。今ぶつかって来た人に文句を言いたいが、顔を確認してなかった。おまけにこの榎高校はマンモス校で、一学年全員の顔を頭に叩き込んでおくなんて教師でない限り不可能だ。いやもしかしたら、先生でも把握しきれてないかも……。


「ちょっと待った」


 霧生が芽衣の服に手を伸ばした。


「ちょっとおおお!」


 反射的にビンタが飛んだ。


「……ブレザーのボタンのところに引っかかっている紙を取ろうとしただけだ」

「え?」


 言われてみると、確かに何かが服に引っかかっている。芽衣がそれを取ると、


「紙だけど……硬い」


 まるで鉄板のようであった。だが触った感触は完全に紙、見た目もただの紙で、特別な素材が使われているとは思えない。


「何か書いてある…。霧生嶺山よ、放課後、屋上で待つ! …だって」


 簡単に言えば、果たし状のようなものだろうか。だが霧生がそんな大きなことをしたとは思えない。何故なら今日がこの高校の初登校日だからだ。


「さっきの野郎が服に仕込んだようだね。まあ、来いって言うなら地獄じゃなければ行ってぶん殴ってやるぜ。そしてこの、鋼鉄より硬い紙の真相を聞き出してやるよ」


 クラスメイトが物騒なことに巻き込まれるのは、芽衣も不本意だ。だから放課後は、自分も付いて行こう。そう思った。


 だが霧生は昼休みに下調べと称して、屋上に行ってしまった。


「罠を仕掛けるとしたら、今! だよな。そうはさせない」


 ものすごい剣幕で屋上を見渡す。


「何をするの?」

「簡単だよ…。[リバース]、出てこい!」


 また霧生が和紙を取り出すと、青いドラゴンが現れた。


「いいか…やることはただ一つ。この屋上の物質の、真実の姿を解き放て!」

「グオオオオオオオオッ!」


 そのドラゴンが大きく息を吸って、一気に吐き出す。

 すると屋上に置いてある物が、次々と動き出した。バケツは犬に、野球ボールは鳥に、ゴミは小さな虫に…。


「これで全て暴かれたな。俺の[リバース]の前では、物を使った隠し事はできないぜ。もししてるんなら、騙す意思…つまり狐とかが出てくるはずだからな。それがないということは、安全だ。[リバース]、もういいぞ」

「ガルルル…」


 その[リバース]というドラゴンが和紙に引っ込んで行く。すると動物に変わった物は、元の物体に戻った。


「じゃあ、戻ろうか、芽衣。まだお菓子を食べてないからね」


 その時である。芽衣の足元で何かが動いた。


「これは…?」


 足元には、ケラが一匹いた。


「霧生…。一匹だけ元に戻ってないものが…」

「それはないよ。[リバース]のチカラは、出ている時だけ有効だ。引っ込めればお終い、それが真実だ」


 だが信じられないことはこれから起きた。


「待ってくれ、わたしを置いていかないで〜」


(喋った! ケラが!)


 そのケラは芽衣の顔を見上げて、口を動かして声を出している。


「霧生! 何なのこのケラは? だいたい屋上にケラがいるのがおかしい! 土もないのにどうしてここにいるの?」


 霧生が芽衣の前に出た。


「もしかしたら……[リバース]と同じような存在なのかもしれない。だが[リバース]は喋れないが…。保護しておこう」


 彼はそれを拾おうとしたが、ケラは手をかわし、


「わたしはあなたの方にはつかない」


 と言って、芽衣の足に引っ付いた。


「……よくわからないけど、危険な存在じゃなさそうだ。芽衣! ソイツを持っておけよ」

「は、はい…」


 虫かどうかも怪しいが、芽衣は霧生に言われた通りにそれを拾うと、胸ポケットに入れた。


「さあて。ここに他に怪しいのはなさそうだな」


 安全を確認したら二人はクラスに戻った。

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