「ふう。お陰で綺麗さっぱり。疲れも取れた。家に戻るかな」
受付で料金を払う。その時だ。
「霧生嶺山というのはお前だな?」
と、隣のオールバックの少年が語りかけてきた。
「そういうお前は? おっと、俺の知り合いにはいない気がするなぁ」
札を取り出したので、おそらく敵の召喚師。だが、
「オレの名は、藤崎尚一」
「何!」
「えっ藤?」
霧生と芽衣が同時に反応した。
「ここでやり合ってもいいぜ? 旅館に迷惑をかけたいならな」
「お前…!」
三人は外に出た。森林公園に入ると尚一は、
「オレの式神を見せてやろう。現れろ、[リセット]!」
[リセット]と呼ばれるその式神は、玄武のような見た目だった。ズッシリと重たい甲羅を誇らしげに背負い、その場に出現した。
「出ろよ、[リバース]!」
霧生も式神を召喚する。同時に攻撃も仕掛ける。先手必勝だ。消しゴムをスズメバチに変えて、[リセット]を狙わせた。
だが甲羅が硬すぎるのか、毒針が負けた。スズメバチのアゴも歯が立たない。
「…………どうして藤の名を持つ奴らはこう、飛び道具に強い?」
「さあな。霧生、徹底的に傷つけ合おうぜ?」
大分物騒な発言をしてのける。
「どうやら、やるしかないようだ…」
速さにものを言わせれば、[リバース]の圧勝だ。ああいう式神は丈夫な反面、スピードがないのだ。
(この公園には、硬いレンガやブロック塀がない。爆撃は不可能か。とすると、狙うは召喚師、尚一の方)
[クエイク]は使わない。自分の言うことを百パーセント聞かないのに実戦に投入はできない。やられてしまう可能性が高いのだ。
ポケットティッシュをハブに変えた。そしてハブは尚一の方に進んで行く。このまま、牙を食い込ませれば勝利だが、霧生の頭には、[リセット]のチカラが入っていなかった。
「ん?」
気がつくと、手に何か握っている。指を開くとそれは、
「ティッシュ……。ティッシュだと!」
今、ハブに変えたはず……。霧生が尚一の方を見ると、ハブはそこにはいない。彼の足元に残骸も転がっていない。
「何をした?」
「見えなかったの、霧生? 今ハブが、後ろに下がっていって、[リバース]の手の中に一度入って、そこから霧生の手に戻った」
「何だって…? ハブが後退したのか? そんなはずはない。[リバース]のチカラで生まれた生物は、必ず言う通りに動く」
「必ず? それは偽りだ」
尚一が笑った。
「悪いな。オレの[リセット]……周りの物の位置や状態を数秒前に戻せる。お前に残っているのは、動いていないという真実だけだ」
(まさか、式神のチカラさえも? 生き物を生み出す前の状態に戻せるのか!)
「もっとも、一度使ったのならそれなりに時間はおかないといけないが…。霧生、お前の式神とは、相性は最悪だぜ? もちろん海百合もオレに一目置いてる」
[リセット]がゆっくりだが、距離を詰めてくる。パワーはあるのか、地面を思いっきり踏みしめて、やって来る。
「実を言うとな、霧生。オレはお前が海百合を退けたこと、嬉しかったんだぜ? 海百合は仲間だが、負けるわけがない女だ。しかしその海百合が逃げて来たってことはだぜ? オレに、お前と戦うチャンスがやって来るってわけだ!」
「何を言っているの?」
困惑して引いている芽衣をよそに、尚一は主張を続ける。
「戦いってのはな、魂のぶつかり合いさ。人類は誕生した時から、他人と戦う宿命だった。それは何故か? 理由は簡単だ。戦いこそが人類を昇華させる唯一の術だからだ。戦いなくして、文明叡智の進展なし。さあ、戦いの終わらない世界へ行こうじゃないか!」
霧生も、尚一の言っていることが理解できていなかった。
「意味がわからん…。それがお前の、いやお前たちの目的なのか?」
「正確には違う。海百合や姫百合は、それぞれ追い求めているものがあるが、オレは戦いの終わることのない世界を目指す…!」
とんだ戦闘狂だな、と霧生が言うと尚一は頷いた。
「何とでも言いな。オレは狂っていて構わない。むしろ気持ちがいいぜ、誰かと戦って傷つけ合うのはなあ!」
「……[リバース]!」
[リバース]が[リセット]を直接攻撃した。だが甲羅には傷をつけることは叶わない。
「[リバース]! あの式神の首や足を狙え!」
そこなら硬くないはずだ。そう思って命令する。だが、
「忘れたのかよ! [リセット]のチカラを!」
あと少しで[リバース]の牙が[リセット]の首に届く、というところでいきなり[リバース]が後ろに下がった。いや、下がらせられた。
「下がれ[リバース]!」
だが距離を取ろうとしても、[リセット]のチカラによって動く前の位置に戻される。そして[リセット]が[リバース]の口に噛み付くと、地面に叩きつけた。
「ギャオオオオ!」
マズい。あの式神は[ストップ]とは違い、インターバルが非常に短い。秒もないのかもしれない。
動きこそ遅い[リセット]だが、叩きつけられて怯んだ[リバース]を踏みつけるのには十分なスピードは持っていた。その重たそうな足で、何度も[リバース]を踏み付けている。
「やめろ!」
霧生は叫んだ。同時に尚一殴りかかった。拳は尚一の頰に当たった。
「へえ、腕っ節も悪くねえ。これなら楽しめそうだぜ…」
[リバース]がボロボロにされていく様をまじまじと見せられて、霧生は冷静さを失ってしまっていた。だから、自分の弱点が頭の中から抜けていたのだ。
召喚師である霧生自身が狙われると、弱いということが………。
「ほらよ、くらえ!」
尚一のアッパーが見事に決まり、霧生は吹っ飛ばされた。そして[リバース]にも、これ以上抗う力が残されていなかった。
「うう…」
立ち上がることのできない霧生。
「さあ、[リセット]の本領発揮はここからだ! [リセット]、状態を戻せ!」
「なっ!」
全身の痛みが、消えていくのを感じる。切ったと思った唇の傷が、塞がっていく。流れた血も、体内の血管に戻っていく。
(これは、どういうことだ?)
理解が追いついていない霧生に、尚一は解説をわざわざ入れる。
「これで、傷つく前に戻ったな。お前も式神も。これで、もう一度戦えるってわけだ」
これが、尚一が[リセット]にチカラを使わせた本当の理由だ。
尚一は戦いを終わらせる気がないのだ。そしてそれは、体のダメージを無理矢理修復させ、再度強引に戦いに引きずり込むのだ。霧生はこの時、尚一と[リセット]の相性の良さを嫌でも理解した。
「戦いの終わらない世界……。こういう意味か! コイツは!」
立ち上がるか? いいや無意味だ。おそらくアッパーを喰らう前の位置に戻される。それを霧生は一瞬で理解した。
(クソ! どうすればいい? コイツに勝つ方法は……ないのか………!)
だがその時だ。
[クエイク]の札が、霧生に語りかけてくる。
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