真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

海百合と[リメイク] その五

公開日時: 2020年9月4日(金) 16:00
文字数:2,167

 海百合は榎高校の校門にいた。これから帰るだけだが、先に報告しなければいけないことがあるのだ。


「…通話中。アイツも本当に肝心な時に使えない」


 携帯をポケットに仕舞おうとした時だ。海百合は頭上を飛んでいるカラスの鳴き声が、いきなり途切れたことに気がついた。そして頭で考えるより先に、体がそれに反応していた。

 一秒前にいた場所に、レンガが一個、降ってきた。ドスンと音を立てると同時に砕け散ったそれは、蜂島高校の建物に使われているオリジナルの品物であった。


「まさか…?」


 キョロキョロすると、すぐに見つけ出すことができた。


 霧生であった。道路の向こう側に、大量のカラスと戯れている。その内の一匹がこっちに向かって飛んでくる。


「ただのカラスじゃない。[リバース]のチカラ…。ワザと途中で解いて爆撃している…」


 急いで近づかなければ不利であることは海百合が一番わかっていた。こちらには、離れたところにいる霧生を攻撃する術がまるでないのだ。銃の類は弾丸を[リバース]に防御されてしまうし、もっと威力のある武器を作ろうと思えば作り出せるが、この町中で使うわけにはいかない。

 足元の砕けたレンガを[リメイク]に拾わせ、上に投げさせた。ちょうど同じタイミングでカラスがレンガに戻って降ってきており、それを何とか弾いた。


「ふ〜む。どうやらチマチマ攻めても美味しくはないらしい。出し惜しみせず、豪快にいくか、[リバース]!」


 霧生のそばにいたカラスが一斉に飛び立つ。そして海百合目掛けて羽ばたく。


「く…。霧生ごときに…………」


 プライドが許さないが、今はそんなことを言っている暇ではない。もう近くことは難しい。それよりもカラスに化けたレンガをかわさないといけないのだ。海百合は不本意ながらも、榎高校の校舎に逃げた。


「おやおや? そっち行ったらますます不利なんだぜ?」


 ホームグラウンドで負ける気はしない。霧生はそう思っており、校門をくぐる。だが油断も危険なので、その辺の重そうなものは全て鳥に変え、飛ばして校舎の出入り口や窓を見張らせる。


「逃げんじゃねえよ、藤井…海百合って言ったか? 君はもう俺に追い詰められているんだぜ?」


 急に校舎のある一室の窓が開いた。そこから海百合が顔をのぞかせている。


「そこか! ん、何だ?」


 何やらノコギリを使おうとしているようだが、霧生が一番驚いたのは、それを持っているのが海百合でも[リメイク]でもなく、見たことがないマンモス型の式神であるということだった。鼻で器用にノコギリの取手を掴んでいるのだ。


「まさか、他にも式神を持っているのか! いいや、だとすれば初めから使わない理由がない…」


(それとも俺は、その式神を使うに値しないってことか?)


 そんなことを考えている間に、マンモス型の式神がノコギリを手放した。それは奇妙なことに霧生に向かって真っ直ぐ、風の抵抗を物ともせずに落ちてくる。


「無意味だぜ…。[リバース]!」


 手のひらサイズの岩を鳩に変えて飛ばす。ノコギリはこれで弾かれ、海百合は自ら居場所を吐いてしまうという墓穴を掘った。

 少なくとも霧生の中では、そうなるはずだった。


 だが計算が狂ったのは、ノコギリを弾いた直後。ノコギリは軌道を器用に修正して、霧生に向かっている。


「ななな、何だとぉー?」


 いくら物を投げつけても、ノコギリは弾けるには弾けるのだが、それでも霧生に向かってくる。


「うおお! [リバース]!」


[リバース]がノコギリに噛みついた。これで止まると思いきや、[リバース]の牙をスルリと抜けて、ノコギリは霧生の左腕を切り裂いた。


「おおおお…!」


 制服が破れ、乱暴に皮膚が破壊された。幸い刃は深くは刺さらなかったが、それでも酷い出血だ。右手で押さえても止血できない。


「ヤバい。ここにいては 追撃も来るかもだが、変な感染症を引き起こされるかもしれない…」


 毒を、血清を作り出すことで無効化できる[リメイク]なら、やりかねない。霧生は保健室に向かった。


「だが今のではっきりわかったぜ。あのマンモスは海百合の式神じゃない。このチカラ…物体にミサイルみてえな性質を与えるというか、何つーか、絶対に目標に当てさせるって感じだな。もしあの式神が海百合のなら、校舎に逃げないでレンガを俺に向かって投げればいいだけだ。それを校門でしなかったってことは、他の誰かの式神…。しかも召喚師は俺の学校にいやがる!」


 保健室には、芽衣や興介、真菰もいた。怪我をしたらしく、手当を受けていた。それに混ざって霧生も手当を受けた。



 一方校舎のある教室では、男子が一人、女子に投げ飛ばされていた。


「か、勘弁してくれよ。言われた通りにしたじゃないか!」

「第助…。別にそれを咎めてるんじゃない」


 海百合が気に食わなかったのは、他人の力を借りなければ霧生を突破できなかったということ。八つ当たりで第助を力任せに殴った。


「じゃあ何がしたいんだ?」

「別に。ただこのアタシが、あんな負け犬に恥をかかされるのが許せない。あんなヤツの実力なんて、絶対に認めない…」


 他にもブツブツと呟いている。だが第助には他にしてやれることはなかったので、他校の生徒だから早く帰った方がいいと伝えると、逃げるようにその場を去った。


 海百合は帰る前に電話をした。


「さっき通話中だった。でも通話中で良かった。雨宮、霧生という新参者が…」

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