真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

実衣の[フィル] その四

公開日時: 2020年9月5日(土) 15:00
文字数:3,061

 朝風呂を済ませると霧生は、ロビーのソファーに座った。売店で購入したトランプを開封し、カードをシャッフルする。

 やがて、実衣が霧生の近くにやって来る。実衣はまだ騙せていると思っており、霧生に、


「昨日はごめん。私、突然混乱しちゃって…」


 と言い訳をする。


 昨日の時点で要たちとは情報を交換し、作戦にも修正を加えた。万が一の時は、駆けつけてくれることになっている。

 だが霧生も、目の前にいるのが芽衣ではないと知っている。


「気にするなよな。誰だって恥ずかしいことぐらいあるさ。俺だって今まで何度、恥をかいてきたことか…」

「そう、なの?」

「でも一つ、気になることがあってね」

「それは?」


 シャッフルしているカードから、一枚適当に抜き取る。ハートの七。それを山札の中に突っ込んだ。


「山札の上のカードは、何だろうか?」

「わかるワケ、ないじゃん?」

「それがそういうわけにもいかない。俺は昨日、偽りの姿を捨てて真実の姿を生み出した。でも君は、驚かなかった。どうしてだろう?」


 霧生が山札の一番上をめくる。それはダイヤのキング。


「だってそれが、[リバース]のチカラでしょう?」

「正解ではある。でもあることに目を瞑れば、ね!」


 パチン、と指を鳴らした。そして山札の一番上をめくると…なんとハートの七だった。


「偽ったな、実衣? 驚かないということは、[リバース]のチカラを事前に知っていたってこと。しかも召喚師であることまで特定できる。だって普通、石がカマキリに変化したら驚くのが先だろ?」

「み、みい? 何言ってるの、私は芽衣だよ?」

「それは正しくない。してやられたよ。このトランプのように見た目がそっくりなら、騙せないこともないからね。そしてもうバレてんだぜ 無慈悲にも芽衣は、わいせつ行為にならないなら何でも許可してくれたよ。覚悟しな!」


 だが、実衣もしらばっくれてみせる。


「待って待って待って待って! 本当に意味がわかんないんだけど!」

「じゃあ、君の式神をここで召喚してみせろ」


 すると実衣は札を出すフリをした。だがその手には札が握られてない。次に他のポケットを漁った。


「ごめん。今日は持ってない。仕事を手伝っている時は必要ない気がして…」


(バーカ! お前がそう言うのも計算済みだよ! お前みたいなアホマルダシと一緒にするな!)


「じゃあ、この子に聞いてみよう」


 と言って、逆に霧生が札を出した。


(はあ? 親ですら私と芽衣を間違えることがあるんだぞ? [リバース]に何がわかる?)


 だが霧生が召喚したそれは、[リバース]じゃなかった。

[ディグ]であった。前に興介から聞いていたが、式神の召喚は、何も自分の式神に限ったことではない。他人の式神であっても、念じれば召喚できるのだ。もっとも自分が所有する札を他人に渡すことはレアケース過ぎるので、誰も気に留めていないルールではあるのだが。


「さあ[ディグ]? この少女は君の主人かい?」

「違うわ」


[ディグ]は小さな頭を横に振る。式神は魂から作られる存在。言わば誰が誰の魂であるか、区別ができる。


「………!」


(まさか、芽衣の奴…! 霧生に接触していた? もう、邪魔邪魔邪魔邪魔!)


「聞いたか? 君は残念ながら、芽衣じゃない。俺は女性に暴力を振るいたくはないけど、芽衣の頼みでもあるし、人を騙す輩は許せないなあ?」


 霧生は立ち上がった。完全にやる気である。そして強引に実衣の襟を掴むと、裏口に引っ張っていく。朝早すぎる時間なので、ロビーには二人以外、誰もいない。ということは叫んで助けを求めても無意味であるということ。


(マズイマズイマズイマズイ! でも要たちを呼べば!)


 携帯を取り出した実衣であったが、


「ほほう、仲間を呼ぶか。ということは君の式神は、戦闘向きではないらしいな。そして残念な知らせなのだが…[リバース]は既にその携帯に触れているんだ」

「え……?」


 次の瞬間、実衣の携帯はネズミに変わると、手から落ちた。霧生はそれに踵を落とす。ネズミは一撃で体がバラバラになり、そうなると元の携帯に壊れているが戻った。


「は? な…? ええっ?」


(えええ、これは聞いてない聞いてない聞いてない聞いてない! これじゃあ要を呼べないじゃん……)


 そして裏口から外に出ると、霧生は自分のリミッターを外した。実衣の頬めがけて拳を振る。

 だが驚いたことに、実衣はそれを手で受け止めた。


「何ぃ?」


 この時、霧生は早とちりに気がついた。

 実衣の式神のチカラのことが、完全に頭に入っていなかったのだ。


「勝負っていうなら、相手になってやる。ちょうどここは誰も見ていない。何が起きても、誰の責任じゃないね!」


 そして霧生の左腕目掛け、手刀を振り下ろす。


「うぐう?」


 そこを怪我していることは、昨日既に聞いていた。そして実衣は怯んだ霧生を蹴り飛ばした。


「この力量……。女のそれじゃない。明らかに男の力だ…! だが実衣は筋肉質でもないし、こんな力をどうやって……式神か! 君の式神は、人の力をコピーするのか!」

「察しがいいね。でもおしい。私の[フィル]は正確には、相手との性能の差を、触ったものを強化して埋めることができる式神」


 既に実衣の頭の上に、蝶が一匹止まっていた。それが[フィル]であった。


「さあどうするの? 今の私はお前と同じ性能、能力。頭脳も筋肉量も肺活量も何もかも、ね!」

「なるほど。それは油断ならないようだ…」


 だが霧生は冷静だった。自分と同じ力というなら、自分じゃない誰かに代わりに戦ってもらえばいいだけの話。


「[リバース]!」


[リバース]の力は、人間のそれとは比べ物にならない。

 だが、


「何! [リバース]の牙が受け止められた?」


 驚いたことに[フィル]は、相手が式神であってもチカラを発揮できるのだ。


「流石に式神のチカラは真似できなけど…。これで私の負けはなくなった!」

「いいや。肝心のチカラが守備範囲外じゃ、いくらでも対処法はあるぜ?」

「何を強がって…」


 実衣は違和感を抱いた。足に何かが触れているのだ。恐る恐る下を向くと、よくわからない甲虫のようなものが数匹、足に引っ付いている。


「な、なにこれ!」

「さっき君の携帯を壊した。壊れた携帯はゴミ同然。だからゴミは[リバース]のチカラで偽りの姿を脱ぎ捨て、真実の姿を引き出させた! 安心しなよ、ゴミムシのガスでは、人は火傷しないらしいぜ?」


(やけど…?)


 そう考えた瞬間、実衣の足に猛烈なガスが噴射された。


「アッツ!」


 この一撃で体勢を崩した実衣。一瞬頭から[フィル]が離れてしまった。それを[リバース]が見逃すはずもなく、甘噛みでくわえた。壊すのはこの状況でも、忍びないと霧生は感じたから、最後に見せた温情だ。


「し、しまった!」

「今のと昨日の様子じゃあ、その式神のチカラは…触れている間だけ、触れている相手にだけ有効のようだな?」


 指の関節をゴキゴキと鳴らせながら迫る霧生に、実衣は恐怖した。


「ねえ、待って待って待って待って! 私は反省した! もうお前には何もしないから!」


 実衣が命乞いをしたのと同時に、[リバース]が大きな唸り声を上げた。


「聞こえなかったな? ボコボコにされたいって言ったのか? よろしい、ならば思い知らせてやろう。君…お前は俺の中で、女ではないという判定が下された!」

「ひ、ひえええええええええー!」


 旅館の一室で、芽衣は二人の戦いを見ていた。最後は実衣が、霧生の拳でタコ殴りにされていた。


「実衣には少し、反省してもらわないとね…。人を騙すって、悪いこと。それも私の友達を騙すなんて…。実衣には悪いけど、お姉ちゃんは今の、見なかったことにするから」

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