だが霧生は、さっきの場所に行こうとはしなかった。むしろ逆に、非常階段を使って外に出て、ショッピングモールの入り口の前にやって来た。
「待ってれば、日霊の方からやって来るだろうよ。そうしたら[クエイク]を出す。物理的な衝撃には強くても、溶岩ならダメージを与えられるはずだ。直火焼きしてやるぜ」
もっと広い場所がいい。霧生は外の駐車場に移動した。ワザとらしく[リバース]を召喚して、空を自由に飛び回らせる。相手は飛び道具を持っていないだろうから、できる手だ。
そうしていると、[リバース]の方に風に流されて漂うように、青緑のフワフワした物体が近づいていく。
「あれは、[アブソーブ]って言ったか! 日霊の式神ではないらしいが、日霊の仲間は外にいるのか!」
霧生は停められている自動車の陰に隠れた。まだあっちの式神をどうやって倒すかを考えていないこの状況で、自分の居場所がバレるのは避けたい。だがこれでは[リバース]に指示も出せない。
(どうなっている?)
[リバース]は、[アブソーブ]を避けながら飛んでいる。相手がそこまで速くないため、触れずに逃げることは自分の指示がなくても[リバース]なら十分にできる。だが安心してもいられない。宙を漂う[アブソーブ]の数が段々と増えていくのだ。あれは真菰の[ドレイン]と同じ、複数いるタイプの式神なのだ。思えば[シール]の背中を覆っていたのも、一体だけではなかった。
急に、[リバース]がある一点に目を向けた。体こそ動かしてクラゲを避けてはいるが、顔の向きは動いていない。
(これは……メッセージだ。あそこに日霊か[アブソーブ]の召喚師のどちらかがいるってわけだぜ。ソイツを俺が叩けばいいんだな!)
手に取ったのは、[クエイク]の札。チカラが使える[クエイク]で、一気に攻める。自動車のそばに立ち、身を隠しながら[リバース]が教えてくれたポイントに近づく。
(あの子かな? この状況で空を見上げているってことは、式神が見えているってこと。間違いない)
ショートヘアーの女の子がそこにいる。札と思しき紙から、[アブソーブ]を一体一体召喚しては空に放っている。
「出ろよ、[クエイク]!」
「我に任せよ」
もうあと少しの距離で、[クエイク]に地割れを起こさせた。地割れといっても大きくはなく、人間一人が動けなくなる程度だ。
「わわっ!」
驚いているが、もう遅い。式神のチカラを吸収できないのなら、怖くはない。
「クラゲには触れないで、一気に近づこう」
霧生は[クエイク]の背中に乗り、少女に迫った。
「あ、霧生! そっちにいたのね!」
「おおーと? 悪いが君と話している暇はないんだ。この[クエイク]はチカラを存分に使って暴れることができる。怪我しないうちに、君の[アブソーブ]を全部、札に引っ込めてくれないかな? 素直にそうしてくれれば、俺も心が痛まなくて済むんだけどね」
少女は、全く怯む様子を見せない。地面の裂け目から這い出ると、
「私は、黄桜夜宵。君とは是非とも、お手合わせしたかったところだよ。でも、その式神の情報は聞いてないや」
「だろうな。あんまし使わないんだ。何しろレアリティが違うんでね」
夜宵に戦わない意思はない。
「[クエイク]! 行くぞおおぉ!」
触手を振り下ろした。かなりの力を誇る[クエイク]の一撃だが、夜宵は[アブソーブ]を集めて固めて防御する。落ち着いた青緑の[アブソーブ]たちが一瞬で、見るからに危険そうな赤色に変わる。
(また爆発するか!)
こちらに向かってくる[アブソーブ]の群。厄介なことに四方八方から迫ってくる。
「これで終わり!」
瞬く間に霧生たちとの距離を詰め、一斉に爆発する。
「やった?」
煙が薄くなっても、人影が見えない。夜宵は勝利を確信した。
だが同時に、地面に穴が空いていることに気がついた。
「ふう〜、危なかったぜ。もう少し遅かったら完全にダメだったな…」
「霧生よ、我のチカラを信じよ」
「信じてるから、ダメじゃなかったんだ。地面を陥没させて、逃げ道を下に作った! ちょっとバランスを崩してコケたが、爆風も何も喰らわないで済んだ!」
[クエイク]のチカラは、一瞬で発揮できる。霧生は陥没した地面に身を隠したのだ。そして元どおりになるもの一瞬だった。
「へえ。やるじゃん」
夜宵は少し驚いた。だが同時に、自分が相手をしてやれないこともないと確信した。
([アブソーブ]にも触手はある。ちゃんと絡みつかせてから、爆発させれば逃げることはできない!)
「さあさ、ドンドン激しく戦おうよ!」
挑発する夜宵。だが霧生は、
「それはまだだぜ。またエネルギーを吸収して利用されちゃあ、たまったもんじゃない。今作戦を考えるから、もう少し待ってくれよ」
「………男らしくないね!」
「無計画に突っ込むことが男らしいなら、女々しくて全然構わないぞ」
夜宵が余裕なら、霧生も余裕を見せつける。
「もういい! 日霊を呼んで二人で倒し……」
携帯を取り出した夜宵だったが、電話をかける前に、突然地面から噴き出した石に弾き飛ばされた。
「これは!」
夜宵の足元の地面が、火山のように盛り上がっている。
「申し遅れて申し訳ない! [クエイク]のチカラ、それは地面を操ること。今、君の足元で小さな火山を噴火させた。火山弾が携帯を正確に撃ち抜いたってことさ」
しかもそれだけではなかった。その小さな火山から、溶岩が血液のごとく流れ出てくる。
「こんなことまで、できるだなんて…」
霧生の予想通り、夜宵は溶岩から遠ざかった。[アブソーブ]も避けた。これは式神のチカラがあっても、熱には耐えられないらしい。
「さあ、[クエイク]! 昭和新山って一日でできたっていうぜ! できるよなあ?」
「任せよ」
夜宵は身構えた。また地面が動くと思ったからだ。足元の地面は夜宵が見ている限りでは、まだ動かない。
「何だ、何にも…」
丘を見上げてそう言ったが、ここは駐車場のはず。丘なんて、存在しないはずだ。なのにどうして、ここに?
「まさか…!」
そのまさかであった。霧生は駐車場のアスファルトすら砕いて、十メートルぐらいの小さな山を[クエイク]に作らせたのだ。そしてその山の上からジャンプし、夜宵めがけて飛びかかる。
「何を小賢しい。[アブソーブ]!」
大量のクラゲが、夜宵をドームのように取り囲む。
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