真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

夜宵の[アブゾーブ] その一

公開日時: 2020年9月12日(土) 13:00
文字数:2,546

 だが霧生は、さっきの場所に行こうとはしなかった。むしろ逆に、非常階段を使って外に出て、ショッピングモールの入り口の前にやって来た。


「待ってれば、日霊の方からやって来るだろうよ。そうしたら[クエイク]を出す。物理的な衝撃には強くても、溶岩ならダメージを与えられるはずだ。直火焼きしてやるぜ」


 もっと広い場所がいい。霧生は外の駐車場に移動した。ワザとらしく[リバース]を召喚して、空を自由に飛び回らせる。相手は飛び道具を持っていないだろうから、できる手だ。

 そうしていると、[リバース]の方に風に流されて漂うように、青緑のフワフワした物体が近づいていく。


「あれは、[アブソーブ]って言ったか! 日霊の式神ではないらしいが、日霊の仲間は外にいるのか!」


 霧生は停められている自動車の陰に隠れた。まだあっちの式神をどうやって倒すかを考えていないこの状況で、自分の居場所がバレるのは避けたい。だがこれでは[リバース]に指示も出せない。


(どうなっている?)


[リバース]は、[アブソーブ]を避けながら飛んでいる。相手がそこまで速くないため、触れずに逃げることは自分の指示がなくても[リバース]なら十分にできる。だが安心してもいられない。宙を漂う[アブソーブ]の数が段々と増えていくのだ。あれは真菰の[ドレイン]と同じ、複数いるタイプの式神なのだ。思えば[シール]の背中を覆っていたのも、一体だけではなかった。

 急に、[リバース]がある一点に目を向けた。体こそ動かしてクラゲを避けてはいるが、顔の向きは動いていない。


(これは……メッセージだ。あそこに日霊か[アブソーブ]の召喚師のどちらかがいるってわけだぜ。ソイツを俺が叩けばいいんだな!)


 手に取ったのは、[クエイク]の札。チカラが使える[クエイク]で、一気に攻める。自動車のそばに立ち、身を隠しながら[リバース]が教えてくれたポイントに近づく。


(あの子かな? この状況で空を見上げているってことは、式神が見えているってこと。間違いない)


 ショートヘアーの女の子がそこにいる。札と思しき紙から、[アブソーブ]を一体一体召喚しては空に放っている。


「出ろよ、[クエイク]!」

「我に任せよ」


 もうあと少しの距離で、[クエイク]に地割れを起こさせた。地割れといっても大きくはなく、人間一人が動けなくなる程度だ。


「わわっ!」


 驚いているが、もう遅い。式神のチカラを吸収できないのなら、怖くはない。


「クラゲには触れないで、一気に近づこう」


 霧生は[クエイク]の背中に乗り、少女に迫った。


「あ、霧生! そっちにいたのね!」

「おおーと? 悪いが君と話している暇はないんだ。この[クエイク]はチカラを存分に使って暴れることができる。怪我しないうちに、君の[アブソーブ]を全部、札に引っ込めてくれないかな? 素直にそうしてくれれば、俺も心が痛まなくて済むんだけどね」


 少女は、全く怯む様子を見せない。地面の裂け目から這い出ると、


「私は、黄桜きざくら夜宵やよい。君とは是非とも、お手合わせしたかったところだよ。でも、その式神の情報は聞いてないや」

「だろうな。あんまし使わないんだ。何しろレアリティが違うんでね」


 夜宵に戦わない意思はない。


「[クエイク]! 行くぞおおぉ!」


 触手を振り下ろした。かなりの力を誇る[クエイク]の一撃だが、夜宵は[アブソーブ]を集めて固めて防御する。落ち着いた青緑の[アブソーブ]たちが一瞬で、見るからに危険そうな赤色に変わる。


(また爆発するか!)


 こちらに向かってくる[アブソーブ]の群。厄介なことに四方八方から迫ってくる。


「これで終わり!」


 瞬く間に霧生たちとの距離を詰め、一斉に爆発する。


「やった?」


 煙が薄くなっても、人影が見えない。夜宵は勝利を確信した。

 だが同時に、地面に穴が空いていることに気がついた。


「ふう〜、危なかったぜ。もう少し遅かったら完全にダメだったな…」

「霧生よ、我のチカラを信じよ」

「信じてるから、ダメじゃなかったんだ。地面を陥没させて、逃げ道を下に作った! ちょっとバランスを崩してコケたが、爆風も何も喰らわないで済んだ!」


[クエイク]のチカラは、一瞬で発揮できる。霧生は陥没した地面に身を隠したのだ。そして元どおりになるもの一瞬だった。


「へえ。やるじゃん」


 夜宵は少し驚いた。だが同時に、自分が相手をしてやれないこともないと確信した。


([アブソーブ]にも触手はある。ちゃんと絡みつかせてから、爆発させれば逃げることはできない!)


「さあさ、ドンドン激しく戦おうよ!」


 挑発する夜宵。だが霧生は、


「それはまだだぜ。またエネルギーを吸収して利用されちゃあ、たまったもんじゃない。今作戦を考えるから、もう少し待ってくれよ」

「………男らしくないね!」

「無計画に突っ込むことが男らしいなら、女々しくて全然構わないぞ」


 夜宵が余裕なら、霧生も余裕を見せつける。


「もういい! 日霊を呼んで二人で倒し……」


 携帯を取り出した夜宵だったが、電話をかける前に、突然地面から噴き出した石に弾き飛ばされた。


「これは!」


 夜宵の足元の地面が、火山のように盛り上がっている。


「申し遅れて申し訳ない! [クエイク]のチカラ、それは地面を操ること。今、君の足元で小さな火山を噴火させた。火山弾が携帯を正確に撃ち抜いたってことさ」


 しかもそれだけではなかった。その小さな火山から、溶岩が血液のごとく流れ出てくる。


「こんなことまで、できるだなんて…」


 霧生の予想通り、夜宵は溶岩から遠ざかった。[アブソーブ]も避けた。これは式神のチカラがあっても、熱には耐えられないらしい。


「さあ、[クエイク]! 昭和新山って一日でできたっていうぜ! できるよなあ?」

「任せよ」


 夜宵は身構えた。また地面が動くと思ったからだ。足元の地面は夜宵が見ている限りでは、まだ動かない。


「何だ、何にも…」


 丘を見上げてそう言ったが、ここは駐車場のはず。丘なんて、存在しないはずだ。なのにどうして、ここに?


「まさか…!」


 そのまさかであった。霧生は駐車場のアスファルトすら砕いて、十メートルぐらいの小さな山を[クエイク]に作らせたのだ。そしてその山の上からジャンプし、夜宵めがけて飛びかかる。


「何を小賢しい。[アブソーブ]!」


 大量のクラゲが、夜宵をドームのように取り囲む。

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