美術室では、真菰が絵を描いている。部の課題の提出期限が迫っており、他の部員は既に終えている。おかげで真菰は、土日を潰してでも完成させなければいけなくなってしまった。休みの日は買い物に出かけたいので、放課後頑張らなくてはいけない。
「もー、ごめんね、こんなことに付き合わせて。本当に申し訳ないと思うわ」
「そう思うなら早く手を動かして完成させてよ。バタフライのタイムが落ちる」
絵は人物絵で、モデルは熾嫩。題名はまだ考えてない。
「んー、ちょっと動かないで欲しいわ。この細部が少し難しい…」
熾嫩は、さっさと描いて終わらせて欲しかった。しかし真菰は、遅いし上手くないし、である。
「はあ、これじゃあ今日もプールに入れなさそう……」
また熾嫩がネガティブなことを言うと、真菰は全力で否定する。すると熾嫩は口よりも手を動かしてくれと怒る。
「ん…?」
熾嫩はドアの窓から、見かけない制服を着た男子が通り過ぎるのを見かけた。
「あれ、おかしいな…。他校の生徒は基本、入れないのに」
「どうしたのよ、熾嫩?」
知らない生徒が校舎内にいることを伝えると真菰は、
「それは、ちょっと安心できないわ。熾嫩、あなたの[スポイル]のチカラを貸して。私の[ドレイン]にパトロールさせるわ」
偵察は[スポイル]よりも[ドレイン]の方が適している。二、三匹を飛ばしてとりあえず様子を見てみる。
「それにしても真菰は呑気でいいよねー。ウチは勉強もしないといけないし、タイムは縮めないとダメだし、大学に受かるか…高校を卒業できるかどうかも不安で仕方がない」
「いいえ、私だって将来の心配ぐらい、するわ」
「違うよ。ウチが言いたいのは…。召喚師はウチらだけじゃない。長崎にも、他にも大勢いて。県外にも多く存在する。その人たちを束ねているボスがいるのに、危機感を抱けないの?」
「どういう、意味?」
意味深な熾嫩の発言に、真菰は反応した。
「さっきの男子、絶対に召喚師だよ。ウチと第助の失敗を受けて、この高校の様子を見に来たんだよ。もしかしたら用済みのウチらを始末しに来たのかも…」
「熾嫩? 何を言っているの?」
だがそれと同時に、偵察に飛ばした[ドレイン]が叩き落とされたのだ。
「どうやら、あなたの言っていることは本当みたいだわ…」
二人は美術室を出た。
廊下を恐る恐る歩いている時、真菰が言った。
「熾嫩、要するにこう言いたいわけよね? 元凶を叩かない限りは全く安心できないって」
「そうだよ。きっと誰か、ウチや第助を脅していた親玉がいるはず。ソイツをやっつけたい。そのためにも、さっきの男子は逃せない」
「わかったわ。なら、勝ちに行くわよ」
複数の[ドレイン]を呼び出した。熾嫩も[スポイル]を召喚しておく。陸上では動きは鈍いが、チカラはかなり頼れる。そしてそのチカラを、[ドレイン]にコピーさせる。[ドレイン]はかなり速く移動できるので、これは心強い。
「あっちの方に言ったと思ったけど、間違えたかな…」
ドアの小さな窓から見たのでは、行き先まで正確にはわからない。
「あってるわ。この方向で私の[ドレイン]がやられたわ」
「なら、行こう」
ゆっくりと角を曲がる。すると、教室をチラチラ覗いている怪しい男子生徒がいた。しかも榎高校の制服ではない。
(向こうはまだ、ウチらに気づいてない。今なら[スポイル]でも十分に触ることができる!)
流石に、式神を召喚する能力、を失わせることは不可能だ。だが視力でも一時的に失わせれば、決定打になり得る。しかも[スポイル]が封じることができるのは一つだけだが、[ドレイン]もそのチカラを使えるならさらに重ねがけできる。
負ける要素はない。そう思って男子に近づいた。
だが、床に不自然に刺さっている釘を二人は見落としていた。コツン、とほんのわずかだが小さな音がした。
「おおっと!」
男子が振り向いた。熾嫩と真菰は、しまったと思った。しかし真菰はすかさず、
「ちょっと待って! 私たちも動かないから、あんたも動かないで! お互いに不利益なことは是非とも避けたいわ。潔く両手を上げましょう」
と言って、両手を上げた。熾嫩も、何も持っていないことを手を開いてアピールすると上げた。
「どうやら、戦う意志がないんですね。なら俺も」
男子…良和も手のひらを開いて、二人に見せる。何も隠し持ってはいないようである。
「まず、私たちがあんたに質問するわ。そうしたらあんたも質問。いい?」
「ええ。構いませんよ」
やけに話を飲みこんでくれることに少し警戒しながら真菰は、
「あんたの目的は何?」
「それは、危険な芽を摘んでおくことですよ。霧生をはじめとするこの学校の召喚師たちは、妙に強い。おかげで俺までこんなところに来なければいけなくなった」
それはつまり、良和には戦う目的があってここに来たということであった。
「次は俺からの質問ですよね? 聞きますけど、興介と第助はどこです?」
「体育館裏の、池の近く。いつもそこで自主練をしてるから」
熾嫩が答えたので、次の質問は真菰たちだ。
「あんた一人? そうは考えられないわ。仲間がいるはずだわ。違う?」
「鋭いですねぇ。はい、そうです。俺一人じゃありません。もう一人もこの学校のどこかにいますよ。まあどこかは俺もわかりませんが」
この状況がいつまで続くかは、わからない。だが聞けることを出来るだけ聞き出しておきたい。そしてそれは、良和も同じであった。
「あなたたちの目的は何です? まさか俺を退けることだけが目当て、なはずありませんよねぇ。もしそうならこうやって話し合わずに、先制攻撃すればいいんですから。俺は答えたんですから、今度はあなたたちの番ですよ。さあ、答えてください」
もう、維持するのは難しい。真菰はそう判断した。
「[ドレイン]!」
プラズマを使った。大怪我をさせる気はないので髪の毛の一部を焦がす程度の攻撃だ。
だがプラズマは、予想外の軌跡を描いた。なんと弧を描くように曲がると、壁に貼ってあるポスターに着弾したのだ。
「そ、そんな……。ありえないわ…」
式神のチカラによるプラズマは、真っ直ぐにしか飛ばせない。それが向きを変えたのだ。真菰は言葉を失った。
「ありゃりゃ…。そちらから攻撃しないと言ったはずですよねー。そっちから破るんですか? なら俺が攻撃しても、怒る権利はない、ですよね〜?」
良和の袖口から、ウナギのようなものが現れた。これが彼の式神、[スリップ]である。さらにポケットから釘を取り出すと、それを[ドレイン]に向けて投げる。
避けられない攻撃ではない。[ドレイン]の速さは釘を上回っている。だが、避けたはずの釘が、急に進路を変えて[ドレイン]に突き刺さり、バラバラにした。
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