真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

熾嫩の[スポイル] その一

公開日時: 2020年9月6日(日) 14:00
文字数:2,020

 一方その頃、芽衣と真菰は東館の探索を終えていた。


「いなかったね。どうしようか?」

「んー。霧生からヘルプメールが来てるわ。でも興介は解決したって言うわ。私たちは私たちで、捜索を続行するわよ」


 二人は体育館に向かう。途中でプール場にも立ち寄った。一人の女子生徒が、泳いでいる。


「真菰は泳げるの?」

「人並み以上には泳げるわよ! できる女をバカにしないでくれる?」

「でもそれって[ドレイン]のチカラ?」


 こういう疑惑は、[ドレイン]のチカラを聞いた時からあった。


「んなわけ、ないでしょ! [ドレイン]のチカラに頼るのは、努力してもどうしようもない時だけと決めてるわ!」

「逆にどうしようもない時は使うんだ…」


 少し引き気味の芽衣。しかし全てを式神のチカラに頼るよりはマシではある。


「そういう芽衣こそ、カナヅチだったりするんじゃなくて?」

「残念! 小学校六年間は水泳教室に通ってたよ。だからクロールからバタフライまでできる」

「そうなの。なら今度、みんなを誘って市民プールにでも…」


 真菰が遊びの計画を発案した時、泳いでいた生徒が突然動きを止めた。


「ねえそこ、うるさいんだけど」


 と言ったのだ。


「ごめん! 気になったんなら、謝るよ。えっと…」

「彼女は三年二組の稲田いねだ熾嫩(しのん)だわ。芽衣、謝ることはないわ。今は水泳部の練習時間じゃないのよ? 私たちはプールを見に来ただけじゃないのよ」


 真菰のこの発言に、熾嫩は怒った。


「何なの? 偉そうに…。懲らしめてやる」


 熾嫩は水着の中から、和紙を取り出した。


「真菰、アレは!」

「ああー! まさか、だわ!」


 熾嫩は式神を召喚してみせた。それはプレシオサウルスのような首長竜の姿をしていた。


「驚きね。ウチの[スポイル]が見えるんだ? じゃあ攻撃しないと。でも成功するかな? 失敗したら両親は死んじゃうし…。ウチも無事でいられるのかな…」


 どうやら熾嫩は芽衣たちを攻撃するつもりがあるらしい。だが、消極的な発言をしている。

 三人は今の立ち位置のまま、動かない。芽衣は熾嫩が、プールから上がると思っていたが、いつまで経っても熾嫩は水の中にいた。


「どうしたの? 来るんじゃないの?」


 意外なことに芽衣は、少し煽った。緊張状態が続いて欲しくはないし、[ディグ]は泳げるのだが、陸上の方が戦いやすい。だから熾嫩の方からやってくるのを待つ。

 だが、


「どうしよう。水から上がらないと二人に逃げられそう。でも水の中じゃないと[スポイル]の速さも目に見えるレベルで落ちる。それに上がったところで式神を破壊されたら…」


 痺れを切らした真菰が前に出た。


「こんなネガティブ子の相手はすぐに終わらせられるわ! [ドレイン]!」


[ドレイン]を召喚した。プールの中にいる熾嫩に向かって数匹の[ドレイン]が飛んでいく。だが熾嫩は水の中に潜った。


「ああ! かわされた?」

「いいえ! [ドレイン]は普段は蚊の成虫の姿…。でも体をボウフラに変えれば、速さを犠牲にはするけど、水の中でも活動可能!」


 翅を落とすのが、そのスイッチであるらしい。[ドレイン]はボウフラになると、水面に落ち、水の中に潜っていく。その様はひどくゆっくりであった。


「水の中ではプラズマは使えないけれど、水自体を凍らせれば…!」


 一匹の[ドレイン]のアゴの部分の水が、冷たくなって氷に変わる。後はこれを拡散させるだけだ。

 だが、それをするよりも先に[スポイル]が動いた。ヒレで[ドレイン]を叩いたのだ。


「あ〜ら、残念。ボウフラになった[ドレイン]はある程度頑丈になるのよ。そんな攻撃でバラバラになったりはしないわ!」


 真菰が言った通り[ドレイン]は、一匹もやられていない。だが、真菰の耳元に飛んでいる成虫の[ドレイン]が、おかしなことを呟くのだ。


「おい真菰…。おかしいぜ。氷が大きくならねえ。逆にドンドンと、とけちまってる…」

「何ですって? どういう意味よ? [ディフューズ]のチカラは水中でも有効でしょ?」


 すると[スポイル]が水面から顔を出した。


「無駄だな。我がチカラは生物や物体、式神の機能を一時的に失わせる。今、その式神からチカラを失わせたのだ」

「ちょっと[スポイル]、一言多い。お陰でチカラが知られちゃった。これじゃすぐにでも攻略されて負けちゃう…」

「熾嫩、案ずるな。この者たちに負ける我ではない。すぐにでも水の中に入ってきた式神を潰してやろう」


 と言うと熾嫩と[スポイル]は、水の中に姿を消した。そしてボウフラになった[ドレイン]を噛み砕いた。


「マズいわ! これじゃあ、水の中では圧倒的に不利…。芽衣、[ディグ]を出して!」


 既に手のひらに召喚してはある。


「でも[ディグ]じゃ、戦力にはなれなさそう…。水に穴を開けられないわけじゃないけど、周りの水がすぐに流れ込んで塞いじゃう」

「ほんの少しでも水から出させれば、勝機があるわ。まー、ちょっと作戦を考えましょう」


 放っておいても熾嫩と[スポイル]は水から出そうにない。今のうちに打開策を考えるのだ。

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