真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

第二話 真似る召喚士

真菰の[ドレイン] その一

公開日時: 2020年9月2日(水) 12:00
文字数:2,573

「んー?」


 あららぎ真菰まこもという少女が携帯を開くと、ちょうどいいタイミングでメールが届いた。


「小峠興介が敗北。至急、霧生嶺山を攻撃せよ」


 メールの送り主の名前は知らない。だが彼女は指示通り動かなければいけなかった。


「はー。面倒だけど、仕方ないわね。まー、まずは興介の様子でも確認しようかしら?」



 芽衣はこの日登校すると、昇降口で興介を見かけた。


「昨日はどうも。君の方がジョーカーを隠し持っていたとは、読みきれなかったな」

「そんな式神は、元気だよ」


 懐に札を入れておくのが流行っているのは二人を見ていてわかったので、芽衣も真似た。そして名前もつけた。


「この子は[ディグ]って名付けたの。どう?」

「いい名前じゃないか」


 興介は式神について、芽衣に教えた。


「俺たち召喚師は、死者の魂から式神を作れるんだ。そして式神は特別なチカラを持つ。形式上は神様の分類らしい。だから略して式神だ」

「へー。随分と詳しいのね」

「祖母が一から教えてくれ…。だ、誰だ?」


 興介に相槌を打ったのは、芽衣ではなかった。


「蘭真菰よ。あー、あなた達は確か四組の楠芽衣に、十一組の小峠興介ね」


 真菰と名乗ったサイドアップで美形の少女は、芽衣と興介のことを知っていた。


「ごめん。私学校の人の事全員把握してないの。何年何組の誰さん?」

「もー。あなた達と同じく三年、十五組の蘭真菰」

「すごいなあ。よく知ってるね、俺のこと」

「ふふー、できる女は違うのよ」


 そう言い残すと、彼女は去って行った。


「何だったんだ今の? 俺の知人じゃないな」

「私も知らない。初めて見る顔だった…」


 二人は無駄な詮索をせず、各自クラスに向かった。

 そんな二人を物陰から、真菰は観察していた。


「むー。興介は元気そうね。でも芽衣の方は、式神を持っているみたいだわ。そんな情報なかったけど、まー、なら調べるべきね」



 霧生はこの日朝から、学校内を探索していた。興介の他にも召喚師が存在する可能性があるため、[リバース]は出さずに歩く。


「特に変わった高校ではないね。生徒数の異常な多さを除けば」


 今年の一年生は二十組まであるらしいが、これでも多い方ではないらしい。霧生はチマチマ探してもラチがあかないことを察した。


(そもそも俺は転校生なんだし、人目を気にする方が変か?)


 堂々と胸を張って歩く。


「おや、君は?」


 知らない顔に声をかけられた。


「誰だお前?」

「酷いなあ。僕は鐘堂かねどう第助だいすけ。同じクラスじゃないか。君は転校生の霧生君だろ?」


 頷くと、


「校内探索かい? 僕にも手伝わせてくれないか?」

「いや。一人でできる」


 女子生徒なら大歓迎なのだが、今はありがた迷惑である。霧生は断った。


「……そうなのか。なら僕は先に教室に戻ってるよ。何か手伝えることがあればいつでもどうぞ」


 悪い奴ではなさそうだ。言葉だけでなく、目を見れば本心で言っていることがうかがえる。断ったのがもったいなく感じる。


 霧生はそのまま廊下を直進した。すると図書室にたどり着いた。別に読みたい本はないが、中に入る。年季の入った本が何冊か置いてあった。


「[リバース]…」


 小声でそう言い、[リバース]を召喚した。周りの生徒の目を盗んで本を一冊[リバース]に与えるとそれは、大人しいウサギに変化した。


「[リバース]に物を与えて姿を変えさせれば、その物がどんな扱いを受けているかわかる。ウサギは寂しくなるとすぐ死ぬっていうからね。この本がウサギになれるってことは、ちゃんと丁寧に定期的に手に取ってくれる人がいるってことだ」


 逆に例えば攻撃的なカラスなどになれば、乱暴な扱いばかりされていると判断できる。

 霧生は本を元に戻させ、本棚に返した。


 その時である。首筋でチクっと感じた。反射的にそこを叩いた。


「蚊か? 吸われちまったか、まいったな…」


 痒みはムカつくが、蚊の一匹ぐらいは見逃そう。霧生は[リバース]を札に戻すと図書室を出て、自分の教室に急いだ。



「遅かったじゃない、霧生?」


 芽衣が既に席に着いていた。


「この学校の校風を観察してたんだよ。不良がいなさそうでなによりだ」

「そういうのは一発で退学だからね」

「なるほど。……興介はどうして退学を免れたんだ?」


 言われてみれば、不思議なことである。


「それは、知らない…」


 昨日興介と知り合った芽衣は、霧生が言っていた事件があったことすら、あの時初めて知ったのだ。


「少し隠蔽体質なのかな。まあそれは後で調べるとしよう」

「どうやって? まさか先生に聞いてみるとか?」

「[リバース]を使う。嘘や隠し事が上手なら先生の私物がキツネに変わる。正直なら犬とかだな」


[リバース]と長年一緒に過ごしてきた霧生は、物体の変化の法則性を完全に把握していた。


「へえ。便利な式神なんだね」

「芽衣のあの、ケラはどうなんだ?」


 すると芽衣はポケットから札を取り出してワザワザ式神を召喚し、


「[ディグ]だよ。この子は二人のとは違って喋れる。興介によれば生前は人間だったらしいよ」

「どういう、意味だ?」


 霧生はどう想像力を働かせても、そのような発想に至れなかった。


「式神にも様々あって…。死者の魂が人間だったなら言葉を話すんだって。だからこの子は、彼が言うにはおそらく捨てられてしまったか、召喚師が亡くなってしまった式神」

「他の生物の魂から作ったら、喋れないってことか。でも俺は[リバース]とのコミュニケーションに何の差し障りも感じないが?」

「それこそ、絆の強さじゃない?」

「ほほう…」


 式神のことについては、あまり知らない。興介は先代から色々聞いたようだが、霧生はその手の話を家族や親戚から聞いたことがなかった。

 そもそも霧生の家は霊媒とかの類とは無縁であり、さらに[リバース]の存在について気にしたことも調べたこともなかった。


[リバース]のルーツも知らないが、それでも心は通じ合っている。それこそ芽衣の言う、絆がそんなことよりも重要なのだ。


「あ!」


 霧生は芽衣の斜め上を見上げた。また蚊が飛んでいる。


「最近ボウフラでも湧いたのか? よく飛んでるな。この学校、美化委員は機能してないのか?」


 芽衣も蚊の方向を見た。フラフラと力なく飛んでいる蚊を、


「放っておけば? 刺されなければ無害なんだし」


 と言って見なかったことにした。


「そりゃ、そうだろうよ。地球上の全生物は………」


 霧生がブツブツと呟いた時、担任の先生が教室にやって来て朝の会が始まった。

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