真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

第助の[ディザーブ] その二

公開日時: 2020年9月6日(日) 13:00
文字数:2,254

 理科準備室前で第助は足を止めた。


「ここまで来ればいいのさ。僕はボランティア部に所属してるから鍵は持ってないけど…[ディザーブ]!」

「ブオオウウウウ!」


 力任せにドアを開けさせる。当たり前のように鍵は壊れるが、今はそんなことを気にしている暇ではない。そして準備室に入った。興介も追いかけて入る。


「ここまで来た理由は、わかるかな?」

「二つあるだろう? 俺を霧生から引き離すこと。それに、化学薬品を[ディザーブ]のチカラで…」


 与える気だ。こちらは拒否できない。化学物質は、いくら[ハーデン]で体を硬くしても、防げない。もしタンパク質に変化を与える薬品を与えられたら、確実に怪我、いや怪我では済まされないかもしれない。


「そこまで推測できて入ってくるとはね…。もう防御策でもあるのかな?」

「さあな…」


 強がって見せたが、ブラフだ。ここで引き下がるわけにはいかないが、対抗策が見出せないのも事実。


「じゃあ早速。この瓶に入っているのは濃硫酸。くらえばただじゃあ済まされないね。この教室から出るなら、棚に戻そう。でも残るなら…」

「ギャーギャー騒いでないで、サッサと与えてこいよ」

「そう言うなら! 後悔しても僕にはどうしようもないからね…[ディザーブ]!」


 茶色いガラス瓶が飛び、興介めがけて真っ直ぐ動く。


「[ハーデン]!」

「無駄だよ! 式神を使っても防げないのはさっき見ただろう?」


 第助の言う通り、瓶は[ハーデン]の前足に触れても少しだけ向きを変えるだけだった。軌道を修正すると興介を目指して飛ぶ。だが、


「誰も防ぐなんて言ってないぜ? [ハーデン]に触らせることが重要なんだ」


 瓶が興介の頭に勢いよくぶつかった。


「言わんこっちゃ……って、あれ?」

「忘れたのか? [ハーデン]のチカラをよぉ。何でも硬くできるんだぜ。瓶だってな。痛いことには変わりねえが、濃硫酸を浴びなくて済んだんだ。よしとするぜ」


 瓶が割れなければ、中身は飛び散らない。興介は床に落ちた瓶を拾うと[ハーデン]にチカラを解かせ、第助めがけて投げた。


「うおお! [ディザーブ]!」


[ディザーブ]は象牙で瓶を弾いた。この時瓶が割れ、中の濃硫酸が少しこぼれた。すると濃硫酸のかかった象牙は、どういう化学反応が起きているのか溶けた。


「ブモモモッ!」


 さすがの[ディザーブ]も黙ってはいられず、のたうち回った。そして落ち着いた頃には、象牙は根元から先がなくなっていた。


「うぐぐ…。この!」


 第助は次の試薬の瓶を取った。中身を興介にかけてやりたいが、中身だけを与えるという選択は、おそらくそれをする前に[ディザーブ]の方が溶けてダメージを受けてしまうだろう。


(瓶を与えた時に中身がこぼれるようにすれば!)


 水酸化ナトリウムの瓶の蓋を開けて、それを[ディザーブ]の長い鼻に握らせた。こうすればいくら硬くしても防げない。


「じゃあ、これならどうだい!」


 興介は冷静だった。自分も薬品の瓶を持ち出し、中身をこぼしながら向かってくる瓶に備える。


「そりゃ!」


 興介も瓶を投げた。瓶と瓶がぶつかって、両方とも割れた。


「無意味だね! 途中で割れたり散らばったりしても、[ディザーブ]のチカラが途切れることはない! むしろ破片や水滴全てを与えることができる」

「…らしいな。なら全部、受け止めてやるよ」


 ガラスの破片がまず、興介を襲った。だが既に自分の体を[ハーデン]によって硬くしてあったので、一つも皮膚を切り裂かなかった。次に水溶液が興介を飲み込んだ。


「終わったね! これで…」


 だが第助は驚くことになる。なんと興介は薬品を被ってもピンピンしており、むしろ前進して竹刀を構えていた。


「バカな? 水酸化ナトリウムだよ? 皮膚が溶けるはずだ…!」

「違うんだなあそれが。俺は塩酸の瓶を投げていたぜ」

「………中和か!」


 興介にかかったのは、ただの塩水だった。だから平然としていられるのだ。


「[ディザーブ]!」

「遅いぃ!」


 式神よりも速く、興介は第助の頭に竹刀を叩き込むことができた。二発、三発と続ける。


「おやおや、もう伸びちまっている」


 第助は、沈黙した。仕方なく興介は目覚めるまで待つことにした。



「やっと気がついたか。もう一時間は待ったぜ」


 興介は手に、和紙と筆ペンを持っている。それを第助に貸すと、


「札を新しいのに変えろよ。そうすれば[ディザーブ]の牙も元どおりだ」

「……いいのか?」


 この行動を第助は疑り深い目で見ていた。


「僕は君を襲った。そして今も倒す気でいることには変わりない。なのに…」

「誰だか知らないが、負けた奴には興味がないらしいぞ? お前の家族は大丈夫だろうな。現に俺の家族はピンピンしてるぜ?」

「そう…なのか」

「ただし、俺たちを手伝ってはもらう。お前が負けたことには変わりはないからな」


 いいよ、と言って第助は和紙と筆ペンを受け取った。


 新しい和紙に、[ディザーブ]の名前を書く。そしてそれを、[ディザーブ]の額に軽く当てる。[ディザーブ]は新しい札に戻った。


「これでよし。さあて、芽衣と真菰と合流するぞ。召喚師探しはまだ終わってないだろうからよ」

「それなら、心当たりがあるよ。多分プールだ。稲田いなだ熾嫩しのんは水泳部だから、きっとそこにいる」

「誰だそれは?」

「召喚師だよ。僕が知っている、榎高校では最後の召喚師だ」

「わかった。じゃあ今から東館に行って二人を回収してから、プールに向かおう」


 榎高校のプールは室内にある。年中温水なのでいつでも泳げるのだ。


「ねえ、霧生はどうするの?」

「俺がお前の[ディザーブ]の代わりに、霧生に休息を与えといてやるぜ」

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