三河統治に向け、義信率いる武田家臣団では三河の国衆取り込みを進めていた。
国衆の家族構成の書かれた紙を片手に、義信が首を傾げる。
「昌国、お主にはたしか、正室がいたな」
「はっ、真田幸隆殿の息女を娶っております」
「ううむ、そうか……。虎盛、お主は……」
「一昨年先立たれましたゆえ、今は独り身ですな」
「なら、三河の娘と祝言を挙げてもらおう。ええと、相手は……」
義信が文を漁っていると、側近の雨宮家次が尋ねた。
「そういえば、若様は娶らないんですか? 三河の女子を……」
義信を一瞥すると、筆頭家老の飯富虎昌がううむと唸った。
「若には前科がありますからなあ……」
現在、義信の正室である嶺との間に男子が生まれていなかった。
本来であれば、正室との間にできた子供が跡継ぎとなるため、子作りが急務であった。
しかし、義信が侍女に手を出したことで事情が変わった。
おまけに、侍女との間に男児が生まれてしまったおかげで、正室との間にどこか微妙な空気が流れてしまった。
ただでさえ、今川家乗っ取りのためには今川の血が必要なのだ。
あまり仲が冷え込むようなら、子作りに支障をきたす恐れがある。
「この上新たな側室を娶ると言ったら、奥方様も黙ってはおるまい」
「それは……」
「ううむ……こうなると、難しい話でしょうなあ……。若様が新たに娶るというのは……」
いま、武田家では今川の血が入った男児が急務なのだ。
子作りに支障をきたすようなら、戦略の変更を余儀なくされてしまう。
家臣たちに諦めが漂う中、義信が口を開いた。
「いや、私も娶るぞ」
「えっ!?」
「はっ!?」
長坂昌国らの目が丸くなる。
「いやいや、奥方様と仲がよろしくないのでは……?」
「誰がそんなことを言った。私はそんなこと、一言も言っていないぞ」
「しかし……」
「あれも武家の女だ。わかってくれるさ。
それに、国衆と血を混ぜれば、国も安定させやすくなる。私の血が混ぜれば、三河の者にとって何よりの保険となろう」
義信の理屈はわかる。だが、夜の営みは理屈だけで決まる話ではない。
それが男女のこととなればなおのことである。
長坂昌国らには、義信の正室が寛容なことをただただ祈ることしかできないのであった。
義信が岡崎城に拠点を移したことで、正室や妾も岡崎に呼び寄せていた。
褥を共にするべく寝室に呼びつけると、義信の正室である嶺が頬を膨らませた。
「ひどいです。お前様ったら……わたくしに黙って新しい女を作るだなんて……」
「悪かったな。だが、お前をないがしろにするつもりは毛頭ないぞ」
「それは……わかっております。お前様は、わたくしの実家を……今川を守るとおっしゃってくださいましたから……」
嶺が身を寄せると、義信が自嘲した。
「守る、か……やることは乗っ取りだけどな」
「それでも、今川と武田が戦になるよりマシです。兄と義父様が争うより、ずっと……」
「そのためにも、お前との間に男子を作らないとな」
嶺の着物に手をかけると、はらりと帯が落ちた。
「わたくしの中、お前様で満たしてくださいまし……」
潤んだ瞳を向ける嶺に、義信はそっと唇を塞ぐのだった。
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