足利義昭の仲介もあり、北条家と再度同盟を結ぶことに成功した。
駿河の一部を失ってしまったが、国衆の領地なので義信の懐は痛まない。
着地点としては上々と言えた。
武田軍を退かせていると、飯富虎昌が上機嫌で言った。
「北条も退けたことですし、これでようやく駿河の……いや、東海三国の統治に専念できますなぁ!」
「いや、どうやらそうも言っておられぬらしいぞ……」
義信が文を見せる。
差出人は信玄からだった。
「父上からの招集だ。いろいろと話を聞きたいゆえ、甲斐に参上せよ、とのことだ」
義信の言葉に、家臣たちが顔を見合わせた。
三河の時と同じく、どうにも嫌な予感がする。
「北条との戦を回避したというのに、お叱りを受けるのか……」
「いやいや、今度こそ、駿河、遠江平定を祝してお褒めの言葉を頂けるのやも……」
「バカな……。お館様と若の仲は皆が知るところであろう」
不安を見せる家臣たちの中で、飯富虎昌が義信の手を取った。
「何が起きても不思議ではありませぬ……くれぐれもお気をつけて」
大げさに義信の手を握る飯富虎昌に、義信は涼しい顔で息をついた。
「さてな……どうなるにしろ、備えはしておくさ」
今回の招集には、義信もどこか不穏な気配を感じていた。
三河の時といい、信玄からの呼び出しに良かった覚えがない。
「今回も手土産を持っていくとするか……」
では、何を持っていこうか。
頭の中で吟味しながら、義信は軍を解散させるのだった。
躑躅ヶ崎館に戻ると、すぐに信玄のいる部屋に通された。
信玄がじっと義信を睨みつける。
「遠江に続き、駿河の平定、ご苦労であった。……して、なにゆえ召喚されたかわかるか?」
「今川を乗っ取り、駿河と遠江を平定した褒美を頂きにまいりました」
義信の冗談を無視して信玄が続ける。
「今川の若造のことよ。儂はあやつを討てと言った。……なぜ討たぬ。義理の兄にあたるからか。それとも、お主の慕う義元の忘れ形見だからか」
「義兄殿を討てば、今度は駿河の国衆が北条に寝返りかねません」
「なにも表立って殺せとは言っておらぬ。……鷹狩りにでも行かせて、大怪我を追わせれば、勝手に事切れよう」
「お忘れですか? 義兄殿の正室は北条の娘……義兄殿が命を落とせば、正室も北条へ戻ることとなります。……そうなれば、我らは人質を一人失うことになるのです」
義信の言い分に思うところがあるのか、信玄がしばし考えた。
「…………そうでなくとも、氏真を討たぬ限り、何度でもあやつを担ぎ上げ、今川の当主の座を脅かさんとする者が現れるだろう。……それでも討たぬと申すか」
「無論です」
義信の答えを聞いて、「やはりか……」と信玄がどこか諦めの混ざった様子で呟いた。
「口ではなんとでも言えよう……。儂を説き伏せるのなら、言葉ではなく形で見せてもらおう」
信玄は、「氏真が武田に牙を剝かないと」目に見える形で示せと言ってきた。
謀反の証拠を用意するならまだしも、裏切られない証拠を用意するなど、不可能に近いだろう。
もちろん、なんの用意もなければの話だが。
「わかりました」
義信が立ち上がると、襖に向かって足を進める。
やがて、義信が襖を開けると、そこにいた人物を見て信玄が目を見開いた。
「なっ……あなたは……」
「久しいな、晴信。……いや、今は信玄と名乗っているのだったな」
「父上……」
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