武田と上杉の和議が成立すると、いよいよ三国同盟の交渉に移った。
万に一つも破られぬようにするべく、婚姻するなり人質を送るなりして、裏切れないようにするのが一般的だ。
さて、誰をどう配置したものか……。
義信と直江景綱が思案する中、最初に口を開いたのは板部岡江雪斎だった。
「この同盟を確かなものとするには、縁組か、人質が必要となりましょうな」
義信が頷いた。
「当家と北条家は問題あるまい。……なにせ、先代のおかげで子沢山だからな」
武田信玄と北条氏康は共に兄弟が多く、息子や息女が多い。
そのため、いざというときに同盟に使える駒には困らない。
「問題は上杉か……」
謙信は生涯不犯の誓いを立てているため、上杉家の……ひいては長尾家の血族が不足していた。
かろうじて分家にあたる上田長尾家や古志長尾家があるが、未婚で婚姻できる者となると数が限られてくる。
「一応、殿には甥子の景勝様がおります。景勝様と婚姻……ということであれば、家格は申し分ありますまい」
絞り出すように言う直江景綱に、義信と板部岡江雪斎が言葉を失った。
直江景綱の言い方は、他に婚姻に使えそうな子がいないことを意味していた。
目を覆うような惨状に、板部岡江雪斎がたまらず口を挟んだ。
「……他に適任の者はおらぬのか。誰ぞ、家臣の子を養子にするなりなんなりして……」
「上杉家は足利幕府以来の名門の家柄……。養子をとるにも、家格というものがありましょう……。
これまで養子にした者とて、殿と祖を同じくする長尾の者か、朝倉殿の娘くらいで……」
「それだ」
二人の視線が義信に集まる。
「私の弟を上杉殿の養子に出せばよいのだ」
「は!?」
「え?」
「六男に信貞がいる。こやつを上杉殿の養子とし、誰ぞ長尾の者と婚儀を結ばせる。そうすれば、此度の話も丸く収まろう」
「これは……武田様は面白いことをおっしゃる……」
「しかし……いや、それは……」
他人事だからか愉快そうに笑う板部岡江雪斎と、目を丸くする直江景綱。
「当家が甲斐源氏の血を引く名家であるのは方々も承知であろう。その武田から養子に出そうというのだ。家格も申し分あるまい」
義信の言い分はわかる。
武田義信が自身の弟を人質に出すのであれば、これ以上ない保証だ。
だが、謙信には実子がいないため、謙信の死後、ともすれば上杉が武田家に乗っ取られる危険性も孕んでいると言えた。
「私としてもかわいい弟を人質に出そうというのだ。これ以上の誠意もないだろう」
「……………………此度のお話、それがしには決めかねますゆえ、一度越後に戻り殿の指示を仰いでまいります」
「あいわかった。よい返事を待っているぞ」
後日、上杉謙信から文章で回答がきた。
曰く、
『武田から養子をとることに異存はない』
とのことだった。
こうして、北条の姫と謙信の甥が婚儀を交わし、義信の弟が謙信の姪と婚儀を交わし謙信の養子とすることで、三国同盟が成立するのだった。
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