「そこで父上には、三河侵攻に向け寄騎をつけていただきたくお願いいたしまする」
現状、義信の配下は傅役で武田家宿老の飯富虎昌。
奥近習衆の長坂昌国。
乳人子の曽根虎盛をはじめ、次代の武田家幹部候補がつけられている。
しかし、彼らもまだまだ若い。
いずれも信玄の目にかなう優秀な若者とはいえ、未だ経験不足は否めなかった。
そこで、義信は戦や城主などを任せられる経験豊富な家臣を求めていた。
「……誰ぞ欲しい者がおるのか」
「いるにはいるのですが……」
「遠慮せず申せ」
「はっ、馬場信春、飯富昌景、内藤昌豊の三名を預かりたく……」
「むぅ……」
義信の要求に、信玄は顔をしかめた。
遠慮なく言えとは言ったが、遠慮がなさすぎる。
これら三人はいずれも優秀な家臣で、武田家で重責を担う者たちだ。おいそれと動かすわけにはいかない。
信玄が首を振った。
「…………………ならん。皆、信濃各地を治めるのに必要な者だ」
「父上が遠慮せず申せと言ったのではありませんか」
痛いところを突かれ、信玄がウッと怯む。
「…………その者たちでなくてはダメなのか?」
「お言葉ですが、今川を獲る戦はすでに始まっております。出し惜しみをするくらいなら、全力で挑まれませ」
「むぅ……」
義信の言葉は正しい。
すでに今川家家臣団に調略を進めており、北条に対しても上杉をぶつけた。
ここまで来て、今さら引き下がるというのも難しい。
「父上!」
義信に詰め寄られ、信玄が気圧される。
やがて、渋々といった様子で頷いた。
「…………よかろう。しかし、この者らもすでに代官として仕事を抱えておる。……それゆえ、お主が三河侵攻をする際、こやつらに軍を持たせて出撃させる」
「……………………」
「これ以上、儂は譲る気はないぞ」
義信の顔がふっと緩む。
義信とて、自分の要求がすべて通るとは思っていない。
ある程度人材を補給するか、信玄からの援軍を獲得できれば、義信としてもそれでよかった。
「武田の誇る名将を援軍に下さるのですから、これ以上頼もしいことはありませぬ。
無理難題をお聞き入れくださり、ありがとうございます」
自身の要求が通ると、義信が頭を下げるのだった。
躑躅ヶ崎館を出ると、曽根虎盛が興奮した様子で馬に跨った。
「しかし驚きました。調略ばかりか、すでに今川家臣の内応を取りつけていたとは……。さすがは若……先の先まで手を打っておられる」
「ああ……」
義信が頷いた。
そういえば、そんなことも言ったな。
「あれは嘘だ」
「……………………は?」
呆けた顔をする曽根虎盛に、義信が続ける。
「手土産が長篠城だけでは足りぬと思ったのでな。いくつかニセの書状を用意しておいたのだ」
「はぁ!?!?!?!?」
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