飛騨における武田家の拠点、松倉城までやってくると、上杉謙信は足利義昭に挨拶の口上を述べに来た。
「公方様にお目通り叶いましたこと、恐悦の至りにございます」
「うむうむ。お主の武勇、都まで響いておるぞ。上杉殿が力を貸してくれるとあらば、百人力よ!」
「もったいのうお言葉にございます。我が武、我が刃は幕府再興のためにあります。必要とあらば、遠慮なくご命じください。……手始めに逆賊織田信長を討ち果たしてご覧にいれましょう」
幕府への忠義を見せる謙信の元に、織田軍退却の報せが舞い込むのだった。
織田軍が退却したとの報せは、すぐさま義信の元に入った。
「やりましたな、お館様!」
「織田軍を退けましたぞ!」
織田軍退却の報に沸き立つ家臣を諌めるように、義信は高らかに宣言した。
「これより追撃を仕掛けるぞ」
義信の言葉に家臣たちが目を剥いた。
「お待ちください! 先の戦で、我が方の兵力はほとんど残っておりませぬ。無理に追撃をすれば、こちらの損害が大きくなりましょう! 」
「左様。ここは織田軍を退けたということで、ひとまずはよしとしましょう」
消極的な意見が出る中、義信が家臣たちを睨みつけた。
「お主らはみすみす好機を逃せと言うのか?」
「なっ……」
「こ、好機ですと!?」
「次に相まみえる時は、信長はさらに入念な準備をして挑んでくるだろう。……だが、今信長を討てばすべてが丸く収まる」
違うか? と義信が視線を向ける。
「たしかに……」
「一理ありますな……」
「各々、動ける者を集めて軍を再編しろ。……すぐに追撃を仕掛けるぞ!」
飛騨からの撤退を始めていた織田軍の元に、武田軍の追撃が迫っているとの話が舞い込んできた。
「なんと!」
「武田が追撃を!?」
織田軍の強攻を前にかなりの兵が消耗したにも関わらず、まだ戦えるとは……
呆れる強靭さだが、武田の追撃に構っている余裕はない。
今は一刻も早く美濃に帰らなければならないのだ。
とはいえ、背後を突かれるのは避けたい。
「誰か、我こそは殿となり武田の追撃を食い止めようという者はいないか?」
信長が家臣たちを見回すも、誰もが俯き、顔を合わせようとしない。
「見事に食い止めた暁には、恩賞は思いのままだぞ」
破格の恩賞を提示するも、家臣たちは石のように動こうとしない。
……ただ一人を除いて。
「殿、それがしにおまかせを!」
「サル!」
秀吉の顔を見て、信長の顔が明るくなった。
「不詳、木下秀吉! 必ずや武田軍を食い止めてご覧いれましょう!」
危険な殿の命令であったが、ここで生き残れば恩賞は確かなのだ。
ならば、ここは受けない手はない。
そう考えた秀吉は、動ける者を連れて山道を塞ぐように布陣した。
「よいか! ここを生き延びれば、恩賞は思いのままぞ!」
「浴びるほど酒飲んでもいいんスか?」
「飲んでヨシ!」
「俺、いっぺんでいいから金の海を泳いでみたかったンすよ」
「泳いでヨシ!!」
「国中の女子、抱いてもいいンすか!?」
「抱いてヨシ!」
秀吉の檄に兵たちが奮い立った。
恩賞があれば、いくらでも命を賭けられる。
そんな気迫で、兵たちは静かに鉄砲を構えた。
「撃てッ!」
秀吉の号令に、鉄砲が火を吹いた。
迫りくる武田兵が次々と倒れていく。
しかし、怯まず武田の後続が続いてきた。
「もうここまで迫ってくるか……」
次の弾込めまで武田が待ってくれるはずもない。
秀吉は兵たちに撤収を命じた。
「走れ! 走りながら弾込めしろっ!」
「そんな〜」
「無茶っスよ〜」
「お前たちは恩賞が欲しくないのか!」
兵たちに無理やり弾込めをさせると、秀吉は再び鉄砲を構えた。
「撃てるやつから撃っていけ! 一人でも多く武田兵を討つのじゃ!」
秀吉の指揮の元、殿部隊は粘り強い働きを見せた。
しかし、一人、また一人と討たれ、とうとう残るは秀吉だけとなってしまった。
それでも抵抗を続けるも、足場が悪いせいかその場に転んでしまった。
(ちくしょう……!)
そのまま意識を失い、秀吉の視界は暗転するのだった。
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