薄気味悪い地下牢獄の中で目が冷めた。ちょっとした油臭さが気になる。
辛うじて視界にみえるのは、目の前にある丸い木の机と、木の椅子。あとは鏡越しにみえている哀れな私の――淡いピンク色のツインテールだけだ。
両足が木の椅子に縛られていて、力いっぱい揺すっても、その場から上手く動くことすらできない。木の椅子に何らかの魔法でも掛かっていて、完全固定されているようだった。
「……」
これってさ。
自由を手に入れるどころか、以前より不自由になってない?
ねぇ、星読みの未来って合ってるの?
私は自由になれるの?
「ねぇ、答えて……」
掠れた声を発しても、誰の返事も返ってこない。
そうなれば、ただ誰かが来ないか待ちぼうけするのみ。
――最高な気分なのか、最悪な状況なのか。
私、ルック・フィオナーゼには判別しがたい状態である。
ただ、待つだけは退屈すぎる。なので、両足を使って思いっきり地面を踏んでみた。
すると、ぴちゃん。
水っぽいなにかが弾けたような音が聞こえた。
これは、ひょっとして地面がぬれている?
鼻をつまみたいほどの油臭さとなれば――もしかすると朝になったら自然発火して、地下牢獄は火の海になるのではないのか。
もし、そうなれば私は無事では済まないだろう。
処刑ならぬ、焼却処分を言い渡されたような気分だった。
自由になる、は死を意味する。
よくある例え話だ。
でも、私は星読みで感じとった『妖精』の意味が気になって仕方ない。
「教えて、星の流れよ……」
私はこれが最後になるかもしれないと心の片隅で思いながらも、星読みを始めた。
両目を瞑り、耳を澄ます。すると、まるで宇宙にいるような錯覚に陥る。
辺りを見渡しても星ばかりが広がる景色がみえる。そこから、未来を示す星を探すのだ。
手を泳がせて、掴み取る。星の欠片を目いっぱいに。
何処に隠れちゃったの? ――私の妖精さん。
――教えて、君の居場所を。
私はそう願った。
「答えて。私の星の流れを!」
そしたら。
目の前でコツン、と音がした。
「……何があったの?」
目を見開くと、目の前にある机の上にコップが置いてあった。
「なに、これ……」
疑問しかなかった。が、次の瞬間のこと。炎が点火したようで、周囲に明かりがつく。
すると、コップの中には紅茶のような透明度の高いオレンジ色の飲み物が入っていることが理解できた。
同時に甘い香りも漂いだす。
「えっと、これはいったい……」
「そうね。それには毒が入っているのよ」
少女の声がした。
「毒……? それに貴方は……」
「あたしは、アイリス・シフォンロトよ?」
シアン色の瞳に、長い金色の髪をした少女がこちらを見つめてくる。白いひらひらしたリボンが付いている、赤色のロリータドレスを着ていて、背中には雪結晶を連想させる、服と同じ色をした妖精の羽があった。
「えっと、その……毒って冗談ですよね……?」
「何も心配しなくて良いわ。どっちみち、あたしの目的のために一度死んでもらった方が都合がよいのだけどね」
「……? どういうこと?」
アイリスの言葉に、疑問符が頭上に浮かんできそうだ。
「貴女の心臓に刺さっているのよ。あたしが求めている『鍵』がね」
私の心臓に鍵がある? そんなもの聞いたことすらない。第一、アイリスは何の為に惨めな私の前に現れたのかすら、理解し難かった。
「ちょっと戸惑っているようだけど、あたしにはそれがどうしても必要なのよ。モルギット王国四代目聖女であり、星読み師でもあるルック・フィオナーゼの心臓部分には隠されたお宝が眠る部屋のドアを開く鍵が眠っているのよ」
「……聖女じゃなくて元、聖女です」
「あら? 失礼しました」
アイリスは頭を下げる。
別に謝らなくて良いから、私をなんとかしてほしい。
朝日がのぼると、炎の海になって死んでしまうかもしれないから。
「――だからね、油のことは心配ご不要だよ、って」
言っても口きかないだろうと思われた。完全に。きっと、そんなこと気にせず毒を飲みほしてくれると、話が手っ取り早い。
そう思っているのかな、この妖精さんは。
「うーんと、ひとつだけ質問良い?」
アイリスとの視線を逸らして、表情を硬くする。
「良いわよ、なんでも答えてあげる」
「その……私を助けに来たんじゃないの?」
単刀直入に言ってしまった。その質問に対して、アイリスは首を横にあっさりと振った。
「あたしはどちからというと本職は怪盗なのよね。今は、六つの国と十二の宝石という噂を頼りに世界中の宝石をかき集めては、魔王城にある貢献を果たしているのよ」
「宝石? それに魔王城って?」
「その辺りは他者に話す必要性が無いわ。でも……」
「でも……?」
「そうね、ひとつ提案をしましょう。いま、ここで毒を飲んで鍵を渡してくれるか、朝まで迎えて焼かれ死ぬか好きな方を選ばしてあげるわ」
「どっちみち死ぬんだ、私って」
「大丈夫よ、毒以外はごく普通の紅茶だからね?」
だから、そういう問題じゃない。私の自由な生きがいはどこへ消えてしまったの、と思うワケであって死に方を探していることではない。
なのに、どうしてこうなったの?
私の星読み師としての精度が衰えてしまっていたのか?
そう思いはじめたけど、もう手遅れ感であることをしみじみ感じてきた。
「……もういいや、どうにでもなれ!」
私はコップを持ち上げて、勢いよく紅茶を飲み干した。
舌にしびれが感じる程度で、これといって即効性がないように思えた。だが、だんだんと舌のしびれが増していくと、今度は胸元が急激に熱くなり始めた。
「あっ……ああっ……」
思わぬ痛みに、椅子もろとも倒れてしまった。これが毒なのか、まったく息ができない。
起き上がろうと必死にもがこうとするも、駄目だ。両手に力がまったく入らない。足も同様に自力で動かせれる気配がなかった。その上で目眩がした。
喉元が干からびてしまったのか、助けてという声も出せなくなっていた。
もう、なんというか、死んで当然の状況になってしまったかも。
痛い。苦しい。取り返しの付かない毒だった、これ。
まるで、バチが当たったみたいだ。
それも特大でたちの悪い方向で……。
どうせ妖精さんは、死に様をただ単に見守っているだけで、人の命はこんな容易く終わっていくのが身を持って感じてしまいそう。
怖い。嫌だ。身体全身が麻痺していて、もう感覚なくなってるから何とかして。
――誰か直して下さい!
でも、もう遅い……。
早くも死ぬ運命を選んでしまったのだから。
心臓付近に埋められている、鍵の存在とやらが気になりつつ。
私の意識は、闇の中に消えていったのである。
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