前戸のおじ様が作るノンアルコールカクテルは最高……。
!?
この気配は!?
黄色いビルを背にした雑居ビル。その地下にもぐれば、アルコールの匂いとタバコの煙が立ち込めるオトナの世界。
私は、並ぶ扉のひとつに手をかけた。反対の手には、スーパーで買ってきた食材、それに何種類かの100%果汁ジュース。
「おじ様、買ってきたよ」
「お、サンキュ」
扉を開けた先に広がるのは、仄かな明かりの中に並ぶプラモデルとフィギュアたち。特撮テレビの異形のヒーロー、宇宙をかけるロボット、それらに肩を並べて、ミニ四駆の箱も積み重ねられている。
カクテルバー『ホーネット』。
私の叔父にあたる前戸さんがオーナーをつとめるこのバーは、おじ様のこだわりが詰まった秘密基地だ。
もとは純粋なカクテルバーだったのだが、前戸のおじ様が趣味のものを店内に置くようになってから、そうした話題が好きなお客さんが増えてきたという。
半分は善意から、そしてもう半分はここにくる理由がほしいという不純な動機から、週に一度買い物の手伝いをさせてもらっている。
お店のドアを開ける度に店のようすは少しずつ変わっている。この半年でミニ四駆の占める割合がかなり増え、先週、その極めつけが現れたのだ。
「『バーサス』は使えるようになったの?」
「ああ、もう何人かのお客さんにも試してもらってる」
「そう……」
並ぶグラスの中に、軽金属の筐体が隠れもせずにおさまっていた。
前戸さんは荷物をしまい終えると、シェイカーを手に取った。私が手伝いをすると小遣いがわりにノンアルコールカクテルを一杯作ってくれる。そのアクションと、出来上がったドリンクを飲みたい、というのが本当の目的であった。
オレンジ、レモン、パイナップル。それぞれ均等に注ぎ入れ、シェイク。1+1を2以上にするための魔法……前戸さんの目は遠くを見つめて、何かをつかみとろうとしている。そういう姿が私にはまぶしい。そう、涼川さんもそんな風に見えた。
「奏ちゃんの忘れ物をもって、持ち主をさがしているひとがいる」
「……シンデレラ、ですか」
「王子さまの執念は大したものだよ。姫様は、忘れ物が届くまで待ってるのかな?」
そんなオシャレ風な言葉を添えて、カクテルグラスが差し出される。
水面を覆うフレークの下、トロピカルな味がぎゅっ、と詰まっている。
一口飲んで、気持ちは決まった。
「前戸さん、『バーサス』使わせてもらっていい?」
「お、いいよ」
床に置いたトートバッグに手を伸ばす。3年ぶりに触れるその感触。流麗なラインが指先から伝わってくる。
その時、私の手首がつかまれた。
「つかんだ!」
カウンターの下に潜んでいた影がゆっくりと立ち上がり、人のかたちをととのえていく。その笑顔。
「涼川さん!?」
私の手から、エアロアバンテが転がり落ちた。
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