小田原さん、そんなに責任感じることなんてない。
レースなんだから、こういうことはつきもの。それよりも、大事なことは走り続けること!
あたしはロビーに出た。
同じように休憩してるチューナーでごった返してるけど、あたしが探してるのは一人だった。さっき、たくみの肩の向こう、ピットの奥に引っ込んでいくのが見えたから、こっちにいるんじゃないかと思って、その姿を探してる。
「小田原さん!」
浴衣姿は華やかだけども消え入りそうで、振り向いてあたしだとわかった瞬間、あたしの胸に倒れ込んできた。
「うええぇん、ごめんなさい……。」
「小田原さん、大丈夫よ」
「でも、私がゆっくり走ってたせいで三位のバトルがこんな風になっちゃって」
「大丈夫だって。こういうのをレーシングアクシデントっていうのよ」
実際、悪質な行為はペナルティの対象になるってレース前の説明でも触れていた。今回のアクシデントについては、何もアナウンスされていない。審議の対象にもなってないってことだ。
「それより、あなたたちのベアホークは?」
「もうダメです……。」
「ダメ? どういうこと?」
「さっきのクラッシュでドライブシャフトが曲がっちゃって。シャーシもダメージがありますし、最後まで走るのは無理、そうです」
「スペアは?」
「ドライブシャフトは今つけてるセットしかないんです……。ちゃんと用意しておかないから……。もう絶対に無理です……。」
「無理じゃない!」
叫んだあたしの声に、辺りが静まり返った。数十人の耳があたしの方を向いて、次に何を言うか、待っているのがリアルにわかる。でもそんな事はどうでもよくて、今は小田原さんにレースを捨ててほしくない、それだけを思っていた。
「まだ時間はあるよ。直せるだけ直してみてよ。最後までマシンが生きていれば、ビリだっていい、チェッカーを受けられる。完走になる。順位がつく」
「涼川さん……」
「でもやめちゃったらリタイヤ、それまでよ。そんなことは絶対にしないで! あたしと小田原さん、みんなで走ってるこの時間が、みんなの中に残ってほしい、そして形にも残ってほしいから!」
「……うん……。」
小田原さんはようやく自分で立ってくれた。軽く肩を叩く。
「ごめんなさい、涼川さん、本当にこんな……。」
「いいのよいいのよ。とにかく、今は走り続けようね!」
「はい」
静かになったロビーを、また話し声がみたしていく。うーん、みんなに聞かれちゃったみたいだけど、まあいいか。
ロビーにあるモニターに、レースのようすが映し出されてる。《ショウナンナンバーズ》のピットから、トップフォースEvo.が現れた。フロントバンパーは根本を残して切り離し、ローラーはプレートで支持する形になっていた。《バーサス》のサーキットに壁はないからローラーは要らないんだけど、コーナリング性能は改造の度合いによって変わってくるから付けないわけにはいかない。
「藤沢さんも……走って。走り続けて!」
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