私、コーネリア・ディ・ギリアリアは婚約破棄がされたい。
いや、それは語弊があるか。
正確に言うと、私は推しメンであるクラウス王子が、私に婚約拒否を突き付けた後、同じく推しメンであるアリディア嬢に愛の言葉を捧げる場面を特等席で見たいのだ。
私は三歳のころ、階段から転げ落ち、頭を打った際に前世の記憶を思い出した。
それと同時に、この世界は私が泣きに泣き、ディスクが擦り切れそうなほどに遊んだゲーム『五色のペンタグラム』の中の世界だと気づいた。
なぜなら、私はゲームにヒール役として登場する悪役令嬢、コーネリアと全く同じ名前なのに加え、彼女と同じく、その目立つ真っ赤な髪、真っ赤な瞳を持っていたのだから。
それが分かった後、私が考えたことは何か。
それは、どうしてもそのシーンを目の前で見たい、ということだった。
まあ、コーネリアは婚約拒否をされても、四大公爵家の誰かと結婚させられるだけのソフトな展開だと知っていたからというのもあるが。
ゲームの設定は魔力のあるものが必ず入学することになる王立魔法学園、そこで繰り広げられる学園ラブロマンスだ。
ありがちな設定であろう。そして、攻略キャラは四人。
空の魔力を持つ諦観系キャラ、この国唯一の王子、クラウス。私の推しメン。
火の魔力を持つ俺様系キャラ、ゴーレスタ公爵家の嫡男フレイ。
風の魔力を持つ飄々系キャラ、ゲルドレイ公爵家の嫡男ウィリアム。
土の魔力を持つ温厚系キャラ、ゴーレスタ公爵家のアレン。
え?水がいない?そりゃ私だもの。攻略キャラにはいない。
空は王家のみ、火、風、土、水は四大公爵家の者しか持たない。他は基本的に無属性だ。
話が逸れた、とりあえずこれら四人のキャラのうち誰かを入学から一年間で攻略するというのがこのゲームの基本となるのだ。
まず、主人公のアリディア嬢(私はアリアちゃんと心の中で呼んでいる)は貧乏男爵家の出自。それは、両親も領民と一緒に農作業をするほどであり、親に楽をさせたいと思いで熱心に勉強してきたという経歴を持つ。
そして、親に甘えられなかった幼少期を持つために同じ気持ちを抱える孤児院の子供達を想い、手伝いに行くようにもなる。
つまり、めちゃいい子。
ちなみに寂しさを家にあった本で埋めてきたこともあるのか無類の本好きでもある。婚約拒否後のエピソードで出てくるが、彼女の家の本は数冊しかないので、その全てが読み過ぎてボロボロになっているというほどであった。
次に、推しメンのクラウス王子は王太子な上に完璧超人である。何もできないことは無いくらいの。
彼は幼少期の多感な頃に楽しさを得られないまま過ごしてきたことで、どんな物にも心惹かれなくなってしまった。
加えて、多くの人に自分の周りで甘い言葉を囁き、偽りの笑顔で接してくることに嫌気がさしており、軽い人嫌いでもある。
ただ、その明晰な頭脳は悪感情を表に出すメリットよりも出さないメリットの方を選択したようでいつも穏やかな笑顔を仮面のように貼り付け周りに接している。その心の内を隠しながら。
その類まれな能力、当たりの良さそうな雰囲気から既に臣下、国民からの人気は現王を勝っているともゲームでは表現されていた。
この二人が色々ありながらも結ばれていく。そんな二人の門出のシーンが私は大好きで、寝る時間も削るほどにゲームを繰り返しプレイしていた。
故に、生で見れるならどうしても見たい。できることなら瞬きせずに見続けたい。
目標のため、とりあえず、作戦を立て始めた。
まず、登場人物は皆同じ年齢だ。そして、王子が十四歳の誕生日を迎える日、我が家から王家に婚約の打診がされ、十五歳で学園に入学、十六歳の誕生日に正式に婚約を結ぶことになっている。結婚式自体は卒業後、十八歳での予定なのだが。
この不思議なタイムスケジュールはその設定によるものだ。
当然、妃の立場を四つの公爵家全てが狙っている。だが、王家が通常婚姻の相手とする四大公爵家の他の家は男性ばかり、女性は私しかいない。
そして、この世界では十三と言うのは良くない数字として考えられているので、その年を越えた時に、婚約を打診、その間に諸々の手続きや相手の見極めが終わり、この世界で成人となる十六歳の誕生日の日に婚約が正式に結ばれる形となっている。
学院にいる間は結婚式をあげることはしないが、正式な婚約後に相手が変わることは無い。
そのために打診から婚約の期間を開けているという建前もある。まあ、打診=婚約というのが貴族の中では基本なのだが。
よって、クラウスが私の婚約拒否をするのも正式に確定してしまう十六歳よりも前、初学年を終えた十五歳の時のパーティで行われている。
最低条件として、このパーティに私が仮婚約者として立っていることが必要だが、特に障害は無い。
他に資格を持つものがいないのだから切符は既に持っているようなものだ。
それ以外にしなくてはならないのは他三人の攻略キャラとアリアちゃんを近づけないことだ。ルートに入ってしまう最初のイベントは断固阻止。
クラウス王子以外のスチルはノーセンキューだ。
ルート開始のイベントはそれぞれ決められている。
まず、フレイは最初の学力テストの結果発表の時。
彼の性格は俺様気質でプライドが高い。彼はクラウス王子に対抗心を燃やしている。だが、何故か自分より上、クラウスの次にアリアちゃんがいることに対してつっかかっていくのだ。
次に、ウィリアムはイジメへの参加を拒否した時。
彼の性格は飄々としていて自分の意志を何よりも尊重する。
珍しく魔力を持って産まれた平民の入学生をイジメようという貴族グループからの誘いを、アリアちゃんがはっきり断ったことで、周りの考えに流されない彼女に興味を持つようになるのだ。
最後にアレンは孤児院の手伝いの時。
彼の性格は穏やかで誠実。急な怪我により孤児院の大人が倒れたことで、アリアちゃんが募集していた手伝いに名乗りを上げる。そして、そこで彼女の優しさに触れ好意を覚えるようになるのだ。
とりあえず、フレイ対策に勉強は必要。後は入学後にしか対策できないから放置かな。
孤児院に資金を入れてもいいけどそれをするとクラウスのイベントで成り立たなくなるものがあるし。
まあ、特に変なことをしなければ仮婚約まで障害は無いし、勉強しつつ、入学するまでは適当に過ごそう。
◆
彼の十四歳の誕生日の後、婚約の打診が行われた。
一応今日はその挨拶に行くことになっている。
だが、これは正直さらっと流すだけでいいかなとも思う。入学後が本番だから前座に過ぎないし。
それに、私はクラウス王子が好きと言うよりクラウス王子とアリアちゃんのカップリングが好きなのだ。
前世の時は典型的な理系女子として生活してきたこともあって出会いもない上、それほど恋愛に興味があるわけでも無かった。
だが、友達がゴリ押ししてきた乙女ゲーを暇すぎてやり始めた瞬間。私は生まれ変わったのだ。
クラウス、アリディアのカップリング厨。通称クラリア派として。
貴族的なマナーを強いられる王宮にはできる限りいたくないし、今日は挨拶だけして帰るつもり満々だ。
あっ、ちゃんと人がいるところでは令嬢らしい振る舞いはしていますよ。やりたくないだけでやれる子なんです。
城に到着し、案内役に付いていく。ノックの音の後に王子が入室を許可する。
部屋に入るとクラウス王子が椅子に座っている。流石攻略キャラ、座っているだけで既にスチルとして採用できそうなほどだ。
当然、王子には挨拶したことがある。今日は、婚約を打診したことで改めて挨拶をしに来ただけなのだ。
「ご機嫌麗しゅう殿下。この度は殿下に婚約を申し込ませて頂きました。今後はより深い関係を築いていけると幸いです」
とりあえず、それっぽいことを言っておこう。
「いや、こちらこそ君に請われ、それこそ誇らしい気分だ。噂は聞いているよ、令嬢の中の令嬢だと皆が話している」
彼は笑顔で言う。いやーこれは設定知らなきゃ偽りの笑顔だと全くわかりませんわ。
まあ、彼は人と接するのがあんまり好きじゃないだろうし、私も別に長くいるつもりもない。
義務は果たした。ウィンウィンの関係だし帰宅に面舵一杯をとらせてもらおう。
「いえ、そのような噂、身の丈に合わずお恥ずかしい限りですわ。ところで、本日殿下は政務をされておられたのですか。」
後ろにある書類をチラッと見ながら聞く。
「ああ、そうだ。父の手伝いをそろそろしないといけないからね」
それほど書類は残っていない。完璧超人だし処理速度が尋常じゃないのだろう。
だが、残っているというのが今回は重要なのだ。
「そうでしたか。それでは、お邪魔しても悪いのでこれで失礼させて頂きますわ。御機嫌よう」
体に刷り込んできたカーテシーをすると速やかに退室する。
「……は?」
王子の声が聞こえたような気がするが既に扉は閉まっている。
まあいいや、帰ろう。あんまり仲良くしてもどうせ婚約しないしね。
◆
ついに……ついにこの日まで来た。今日は学園入学の日だ。
打倒フレイのための頭の出来もばっちりだ。というか数学は前の世界より簡単だし、国語も幼少期から言葉に順応してきたから問題は無い。それに、設定集を読み込んだ私には歴史学もすんなり入ってきた。
もしかしたら、コーネリアのハイスペックさなのかもしれないが、よくわからない。
彼女の最初の出番は中盤からだ。そして、それもほとんどが直接出てくるわけではないのでいまいちスペックはわからない。
性格は四大公爵家の令嬢としての自負もあり、プライドが高い。
それに、その中でもたった一人の王子の年齢に釣り合う女性として育てられたため、まるで将来の妃のように丁重に、大事に扱われることも多かった。
それ故、彼女は正式な婚約はしていないとはいえ、それをほぼ決まったことと考えていた。
だが、クラウスは優しくしてはくれるものの常に一歩距離を取り続けており、今までの周りの男性達のように自分に傅くわけではない。
なのに、だんだんとクラウス王子はアリアちゃんを気にかけていき、その表情も豊かになっていく。
その様子にプライドを傷つけられたのだろう。
直接かかわることは無いが、アリアちゃんを目障りに思っていく。
そして、それが周りの者にも伝わり、イジメもエスカレートしていくのだ。
それがいけなかったのだろう。
クラウス王子はコーネリアを厭う。隣に立つものとして相応しくないと。
そして、その逆に努力を続け、それを人に伝えるでもなく、その裏では孤児院の子供達や両親を常に気にかけているアリアちゃんに惹かれていくのだ。
学院の中に向かう馬車の中でいろいろと考え込んでしまったらしい。気づいたら馬車は止まっていてノックの音が響いていた。
今日は学園長の挨拶くらいでやることが無い。
だが、私はこれから忙しくなるだろう。どれくらいの時期にイベントが発生するかは知っていても何日目の何時という記述はゲームでは無かった。
だから、これから私は王子以外の不埒な輩がアリアちゃんに近づかないよう、陰ながら見守る役目を果たさなければならない。
女同士ならばれても大丈夫!警備のご厄介になっても何とか言い訳できるし。それに最悪は実家の権力でもみ消そう。
あのシーンを見るためにならこれまでほとんど使ってこなかった金と権力を使うことも吝かではない。
◆
それから私は取り巻きになろうと近づいてくる者達を適当にあしらいつつ、密かにアリアちゃんのSPとして活動を始めた。
まず最初は王子の出会いイベント。場所は図書館と分かっているので、最近の私は、毎日アリアちゃんが来る前にはそこに行き隠れ見るということを続けている。
しかも、イベント発生時の音を集められるよう高価な風の魔道具をそこかしこに配置した上、中から一方的に覗き見れる様な持ち運び型の個室を運び込むという行為も躊躇なくやり終わっていた。
カップリング厨を舐めて貰っては困る。それこそ人生をかけているのだから。
この王立学園は改築が重ねられてきたとはいえ、建国時から続く歴史ある施設である。
そして、古いものが多いものの貴重な本が山のように保管されている。
本好きのアリアちゃんはここを天国のように感じているだろう。無表情ではあるものの、その足取りはいつもより軽やかで授業が終わるとだいたいすぐにここに来る。
王家、公爵、侯爵といった上位貴族の子供とはクラスが違うので普段の様子を常に見れているわけでは無いが、彼女は学園の中で事務的な話をする人はいても親しくしている人はいないようだった。
まずここに来ると本を両手いっぱいに抱え、もはや定位置となった席に腰かける。そこに根を張り、日が落ち文字が読めなくなってくると寮に帰るという生活を続けていた。
今日も彼女が来た。既にかなりの本を読み切っており、その内容もだんだんと高度なものになってきているようだ。
今読んでいる本のタイトルを遠視の魔道具で見てみると、私が以前読んだことのある本であった。
題名は『数字の魅力:上巻』
あの本は正直、大学までぶっ通しで理系女子を勤め上げた私でも難解に感じる部分が少しあった。
そして、下巻で終わるかと思いきや謎の終巻と言う巻まで密かに発行されている。
普通は下巻の先を探す人なんていないから、完全にマニア本だったのだろう。
本は巻が進むにつれてその内容は濃くなっていく。
特に終巻はそれまでの上下巻とは違い、ついてこれる人だけでいいというスタンスで教える気が無い。もう頭が良いという範疇を越え変態と言っていいレベルだった。
まあ、作者の突飛な思考で逆に楽しめたけども。
読む速度はかなりゆっくりではあるが、あれを理解しながら読めるアリアちゃんは流石ね!と我が子を見守るように誇らしい気持ちになってきた。
そうしていると、どうやら今日がイベントの日のようだ。纏わりつく取り巻きから逃げ出して来たらしいクラウス王子が図書館に入ってくる。
学園が始まってすぐ、その人間関係の構築に勤しむ人が多いということもあって今この部屋には私を除くと王子とアリアちゃんしかいない。
誰もいないと思っていたここに人がいることが少し気になったようで王子がアリアちゃんに近づいていく。その瞬間、私は風の魔道具を最大出力で作動させ耳を澄ませた。
◆
「何を読んでいるんだい?」
王子がアリアちゃんに話しかける。その甘い笑顔は普通の女子なら昇天ものだろう。
「…………どなたですか?」
しかし、アリアちゃんには効果が無いようだ。その上この国の王子の名前すら知らない。
まあ、貴族の端の端、ギリギリ乗っかっているくらいのアリアちゃんはもちろん社交界になど出たことが無い。領地がご近所の貴族くらいしか彼女は知らないのだ。
「……そうだね。突然すまない。私はクラウス・フォン・ロゼッタだ」
普通ならかなり無礼な態度だが、彼女の服装や髪等を王子はチラッと見ると、平民よりは上等程度の格好のアリアちゃんから実情をだいたい理解したのだろう。
特にそれを指摘することは無かった。
「ロゼッタ?……王家の方ですか!?申し訳ありません」
流石に、この国の名前が名前についていれば彼女も気づく
椅子から降りて謝罪しようとするのをクラウス王子は肩を抑えて止めた。
ちなみに、その微かなボディタッチに私のワクワク度が益々上がっていっている。
「いや、謝罪は必要ない。名乗りもせずに尋ねた私が無礼だったんだ。それで、君は何を読んでいるんだい?」
アリアちゃんは本に視線を落とすとおずおずとその本を差し出した。
「これです」
王子がページをさらっとめくる。あれで読んじゃうとか王子はほんと半端ないな。
「……ふむ。こんな高度な本をいつも読んでいるのかい?」
「いつもではないです。でも、本が好きなので」
彼女の側にある机に積まれた中に、王子が知ったものがあるのかもしれない。そちらを見て頷くと彼はすぐに手に持った本をアリアちゃんに返した。
「ありがとう。君はとても頭がいいようだ。私もその本に興味を覚えるほどの高度な内容だった。では、邪魔をしても悪いし私は立ち去るよ。ではな」
「はい」
颯爽と歩きだす王子、この最初のイベントではまだ彼はアリアちゃんを少し気に留めるだけなのだ。
毎度のテストの結果や孤児院で働く姿、いろんな彼女を今後見ていくことでその想いは徐々に育っていく。
これよこれ!これを待ってたのよ。ああ、ついに始まる。
私は余韻に浸るようにソファに深く腰掛け目を瞑った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!