その翌日以降、私の心は常に漲っていた。
そして、フレイルートの分岐条件になるテストの日、私は戦場に立つかの如き気合であっという間に問題を解くと、三回ほど見返し完璧なのを確認した。
ゲームでのテストの結果は王子が満点、アリアちゃんが九十九点、フレイが九十八点と続く。
私が九十九点をとってもフレイのプライドを刺激することはできるだろうが、同じ四大公爵家なら仕方が無いと考えられてしまう可能性もある。
つまり、それではダメだ。アリアちゃんのインパクトを越えるためには王子に対抗心を燃やすフレイの内心を鑑みて、満点を取る必要があるだろう。その上で、喧嘩を売るかの如くチラッと彼の方を流し見れば完璧だと思っている。
テストの終了の合図がされた。同じ部屋にいる王子はいつもの穏やかな顔、フレイはその彼の背中を見ながら自信あり気な顔をしているようだった。
テストの結果発表の日、順位が張り出されまず私達たち上位の貴族組がそれを見に行けるようになる。そして、中位の貴族は翌日、アリアちゃんたち下位の貴族は二日後だ。
フレイがいることを確認しつつ、彼にスピードを合わせてボードの前に来る。
【評価結果】
一位:クラウス・フォン・ロゼッタ、コーネリア・ディ・ギリアリア
三位:アリディア・クローゲン
四位:フレイ・ディ・グレンドス
よし!思った通りの順位ね。フレイの方をチラッと見る。
彼は私の目線に気づいたようで、一瞬怪訝な顔をすると、すぐにその顔を憤怒に染めて近づいてくる。
「くそ!コーネリア・ディ・ギリアリア。調子に乗るなよ?こんなものはまぐれに過ぎない。
勉強ができるだけでは戦には勝てん。お前が図書館の方に向かうことがあるのは知っている。
だが、あそこにある昔の本など読んでも、そんなものはどうせかび臭い知識だ。そんなくだらないことをしている暇があればもっと王国のためになることをするのだな」
彼は勉強で負けた相手に対し、その知識をつけた方法を否定するという謎の論理を展開している。
まあ、彼の家は代々武力で名を馳せてきたし、女性を下に見る傾向が強い。
私に勉強で負けたことがかなり腹に来てるのだろう。
「くだらない?いいえ、昔の本も大事よ。いいものはどれだけ時間が経ってもいいものなのだから。
私が次のテストに向けて図書館をご案内して差し上げましょうか?」
どれだけ時間が経ってもいいものはいい。それは本だけじゃない。
前世の私は合理的に、古くなったら買い替えればいいというタイプだったので特に物の思い出を大事にするというタイプでは無かった。
だが、『五色のペンタグラム』は違った。それを勧めてきた友達すらも記憶を手繰り寄せなければ思い出せないくらいの時間が経っても私はそれをやり続けた。
いいものはいい。それはどれだけ時間が経っても、世界が変わったとしても。
「いらん!次はまぐれは無い。せいぜい今だけの幸運を噛みしめているがいい」
荒い足取りで彼が去っていく。あの様子だと三位のアリアちゃんを探してつっかかりにいくというイベントは発生しないだろう。
ふっ。計画通り。夜神さん家の息子さんのような顔で内心笑いながら立ち去ろうとすると突然声がかかった。
「君はよく図書館に行くのかい?」
婚約者(仮)の王子が、入学後初めてあちらから声をかけてきた。
予想外の出来事に少し動揺する。
「え…ええ。ごく稀にですが」
まあ、本当は毎日アリアちゃんを見に行ってるけど。
「そうか。ちなみにだが、『数字の魅力』という本を知っているか?」
おっと、アリアちゃんの記憶がしっかり残っている。
気になっちゃってるねー。いいぞ王子、もっとやれ。
「まあ、はい」
「読んだことはあるか?どれを読んだことがある?」
「いちおう、一通りは読みましたが。それが何か?」
今日の王子はグイグイ来るな。なんだろう。
「いや、引き止めて悪かった。ありがとう」
彼が去っていく。取り残される私。え?、なに?、なにがしたかったの?
まあいいや。一仕事終えた私は達成感とともにいつも通り図書館へと向かった。
◆
テストの結果が発表された二日後、下位の貴族達も結果を見たのでそろそろ次のイベントが始まるだろう。攻略サイトでのイベントの呼び名は『悪意①』、悪意と言っても言葉だけのソフトなやつだ。
テストで上位貴族と並んだからといって調子に乗るなといったものなので直接害はない。そして、今後のクラウス王子ルートが始まるには必須なイベントなので心を鬼にして見守る必要がある。
アリアちゃんの後をこっそりつけていると、彼女は図書館に行く途中で他の女生徒に呼び止められる。そして、あまり人の来ない校舎の陰に連れて行かれた。
近づきすぎるとばれてしまうので離れた草の陰から見守る。
中位の貴族らしい女の子がアリアちゃんを取り囲んでいる。
ハラハラしつつ見守っていると、すぐに取り囲んでいた子達は去っていった。
くっ。何もないとは言っても見ているだけなのは辛い。ごめんね、アリアちゃん。
アリアちゃんは少しの間そこに留まると図書館とは違う方向に足を向けた。
シナリオ通り、彼女は息抜きに外へ出ていくようだ。
私も少し離れて後を追いかけていく。この日のために既に平民の服に加え、髪や瞳の色を一時的に変える魔道具を手に入れている。そして、周囲の色を真似て色を変えるカモフラージュ用のマントも。
これなら街でも目立つことなく追いかけられるだろう。
この学園から出るには正面の門を使う必要がある。そして、外出する前には警備の兵に、目的や帰宅時間等を伝えておかなければならない。
私は全速力で走り、外に出る。もちろん既に上には話をつけてある。大貴族、万歳!
そして、外に止めていた馬車に乗り込むとすぐに目立たないように姿を変えた。そして、馬車を出ると警備の兵に合図を送る。
すると、アリアちゃんの外出が許可され門を出てきた。後をつける私。馬車を用意した使用人や警備の兵は奇妙に思っているようだが、知ったことじゃない。
誰にも言うなよと脅しはかけておいたし。
彼女は特に何を買うでもなく街を歩いている。
彼女はテストの結果から成績優秀者として認められているので学園に通う諸費用はかかっていないはずだが、両親の送ってくれるなけなしのお金にはあまり手を付ける気が無いのだろう。
ただ街を散歩しているだけのようでその内、狭い路地に入っていった。
この路地が孤児院関連の最初のイベントが発生する場所だろう。
路地に入り、誰も周りにいなくなったところでマントを頭まで被り、壁に引っ付きながら歩いていく。
すると、アリアちゃんの前に三人の子供達が錆びた包丁を手に立ちはだかった。
「か、金目のものを置いていけ!」
声が少し震えている。それに、包丁もぶれているし。
「……何故それを欲しがるの?」
一目で何か理由がありそうだからだろう。アリアちゃんは優しい声で問いかける。
「う、うるさい!!早く置いていけ」
「いいわよ。でも理由を話すって約束して」
子供達が顔を見合わせる。どうする?といったような顔持ちだ。
だが、結論が出たのだろう。
「いいから黙ってこっちに寄こせ!」
彼女は財布を前に投げ置く、そして、それを子供達が取ろうとした時、魔力を使って彼らの武器を引き寄せた。
「お前、貴族か!?」
それほど、大きな力は使えないが学院にいる以上彼女も魔力を持っている。
そして、多くの平民は貴族の魔法をとても怖いものだと思っているため、子供達が怯える。
「大丈夫。何もしないわ。だから、理由を教えて?」
観念したようで彼らは理由を話し出す。
彼らは近くの孤児院で生活している。だが、そこを取り仕切っている院長先生が風邪で寝込んでしまったらしい。少し高齢ということもあって心配するが、医者に通うお金は孤児院には無い。
だから、せめて栄養になるものを買おうと今回の騒動を起こした。
まとめるとこんな内容だ。
そして、それを聞いたアリアちゃんは子供達に案内をさせて孤児院に向かった。
流石に人の多いところではマントの偽装もバレるだろうし、イベントの発生は分かったのでこれで帰ろうと学院に戻った。この後の展開は知っているし。
孤児院に着くと、彼女は院長の様子を見て、軽症だと判断すると自信の体力を分け与える魔法を使って院長を無事回復させる。
そして、院長は子供達にげんこつを食らわせ、憲兵へ突き出すことだけはどうか勘弁してほしいとアリアちゃんに土下座して頼むのだ。
もちろん、彼女はそれを快諾し、さらに今後の手伝いまで申し出る。
いや、ほんと天使。直接見たわけではないが、その光景ははっきりと脳裏に映し出され、感動で涙がホロリとこぼれる。
◆
あれからアリアちゃんは図書館では本を借りれることも知ったので孤児院と図書館を定期的に行き来している。
進展と言えば、王子が稀に図書館に行くようになり、彼女を見かけると二、三言は為すようになったことだろう。次のイベントはまだ先だが、これを見ているだけで少しキュンキュンする。いやー、ごちそうさまです。
ちなみに、余談ではあるが私は孤児院すぐそばの建物を買い上げたので、彼女が孤児院にいる時はそこから見守るようになった。少しずつ子供達と仲良くなっているようで大変よろしい。
他に特筆すべきことは無いが、そろそろ二か月に一度のテストも近づいてきている。
彼のルートに入る可能性を微塵も残したくないので念のため今回も本気で行かせてもらおうと再び勉強に力を入れた。
そして、第二回目のテストの日。
フレイがこちらへ近づいてきた。
「コーネリア・ディ・ギリアリア。これで本当の立ち位置がわかるだろう。あと少しの間だけの栄光に別れを惜しんでいるといい。はっはっはっは」
彼はこちらに一方的にそう言うと、こちらの返事も聞かずに去っていった。
ごめんなさい、貴方に興味は無いけど順位だけは譲ってあげれないの。アリアちゃんは私が守る!
それぞれの想いは噛み合わないままテストは進んでいった。
今日は結果の発表日、目の前には石像のように固まっているフレイ。
そして、私の方に首を少しずつ向ける。以前の焼き直しのように彼の顔は憤怒に染まっていく。
恐らく、そこにはドヤ顔の私がいたからだろう。
【評価結果】
一位:クラウス・フォン・ロゼッタ、コーネリア・ディ・ギリアリア、アリディア・クローゲン
四位:フレイ・ディ・グレンドス
確かに貴方は強いわ。でも、私の方がそれより強かっただけ。ごめんあそばせ。と内心思っていた。
前の世界も含めてあまりテストで負けたことは無いのだ。
「クソっ!何故だ。何故勝てない!!次こそ決める。首を洗って待っていろ!!」
負けるお決まりパターンのようなセリフを吐くと、彼は去っていく。
その嵐のような激怒が周りに伝わっているようで彼の歩く先はモーセの十戒のように道が開けられていた。
それを見届けていると前回と同じように王子が声をかけてきたようだ。
「また並ばれてしまったかな。君も周りに天才と呼ばれているのかい?」
君も、と普通の人が言えばちょっと勘違い男風になってしまうが、クラウス王子はそんな感じは全くしない。
「頭は悪くないと自分でも思いますよ。天才というほどではないと思いますが。
ただ、努力は重ねてきましたし、その自負もあります。だから、結果もそれに伴っただけですよ。
殿下も同じでしょう?ほら、この隣に載っている子も今回は順位を上げて並んでいますし」
アリアちゃんはスポンジのようにみるみる知識を習得している。結果しか見ない人は天才というだろう。もちろん、彼女は頭が良い。でも、何もないところからはさすがに何も生み出せない。
個人差はあるが、それでも努力をしてきたことだけは確かなのだから。
「…………そうだな。ありがとう。天才と軽々しく片付けるべきでは無かったかもしれないな」
何か思うところがあったのだろうか。少し歯切れ悪く彼は言う。
「そうですね。結果だけじゃなく努力を褒めることは女性には大事だと思いますよ。
次に誰かに言う時があればそうした方がいいかと思います」
後で出てくるが、アリアちゃんは親の手がかからないように頑張ってきた。その過程を褒められた経験が少ないのだ。だからこそ、それを見て、認めてくれる王子に彼女も惹かれていく。
王子は何も言わなくてもシナリオの過程でそれができるようになるが、まあ、これくらいの助言はいいだろう。
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