瞳と柚子とミウは、三人でコテージの中にいた。
ジェイ君と統島は、別の場所で待機している。
三人は、ミウを真ん中にし、直線に並ぶように手をつないでいだ。
「準備はいい?」
瞳の言葉に、二人はうなずいた。
「ミウ。何があっても、私達はアンタをあきらめないから。あんな人形なんかに、絶対渡してやらない。だからアンタも、絶対にあきらめないで」
「うん!」
ミウは力強く返事をした。
それを確認し、瞳は大きく息を吸って、歌を歌い始めた。
「か~ってうれしいはないちもんめ」
三人で前へと歩き、空(くう)を蹴る。
「まけ~てくやしいはないちもんめ」
今度は後ろへ歩いていき、再び空(くう)を蹴る。
そんなことを延々と繰り返していると、突然辺りが闇に染まった。
気付けば、目の前に市松人形がいた。
それを確認し、瞳は人形を指さした。
「あーの子―が欲―しい」
すると、突然床から髪の毛が這い上がり、ミウを絡めとった。
「この子が欲しい」
これで勝負が成立した。
あとは選ばれた代表者がじゃんけんをして、勝った方が勝者となる。
ミウが髪に拘束されたまま、前に出て行く。
「ミウ、がんばって‼」
「おう!」
ミウは元気にサムアップしてみせた。
「……大丈夫かな」
「こうなったら、ミウを信じるしかない」
作戦はきちんと考えた。
市松人形は攻撃してくる時だけしか身体を動かさない。『遊び』をしている間は、人形の姿を固定している必要があるのだ。つまり、三つの形を手で作らなければならないじゃんけんは、人形にとって最も不得意とする『遊び』なのだ。
ミウと人形は、改めて対面した。
「いっちゃん。悪いけどこの勝負、ミウが勝たせてもらうよ」
人形は何も言わない。
だが、その顔はどこか怒っているように見えた。
「さぁいくよ‼」
早速ミウが構え、片方の腕を振り上げた。
その時、ミウの腕を髪の毛が這い、それは手のひらまで達した。
髪の毛の圧力で、徐々にミウの手のひらが閉まっていく。
人形がほくそ笑んだような気がした、その瞬間だった。
「いっちゃん、パーしかだせないから、さいしょはパーね!」
人形は、はっとした。
慌てて、ミウの拳を固定していた髪が離れていく。
「さいしょはパー! じゃんけんぽん‼」
矢継ぎ早に手を繰り出したことで、髪の毛による拘束を免れた。
そうして出した手は、グーでもチョキでもパーでもない。
ミウの手は、何故か拳銃の形をしていた。
「別名『スナイパー』。グー、チョキ、パーを凌駕する、最強の手だよ」
それを見て、しばし呆然としていた人形が、徐々に身体を大きくしていく。
「反則負け……」
大きな両手が、ミウの肩を掴んだ。
「私の勝ち‼」
ぱかりと、大きな口が開いた。
「いいや、俺達の勝ちだ」
バキンと何かが割れる音がして、人形の胸からマチェットが突き出た。
人形が唖然としている。
ゆっくりと辺りを見回し、そこで初めて、ここが現実の世界だということを認識した。
ミウが、ポケットに突っ込んでいたもう片方の手を出した。
その手は、確かにチョキの形をしていた。
「前にね。『スナイパー』を披露して怒られたんだ。『そんなのなしだ』って。なしってことは、もう片方の手で“あり”な手を作ってたら、そっちが採用されるんじゃないかなって思ったの」
瞳と柚子が、ミウに駆け寄る。
瞳は人形の方を向いて口を開いた。
「領域とは法則。人間が物理法則に縛られるように、呪いも領域に縛られる。あなたが負けを認識していなくても、あなたの領域は、負けを認めてくれたようね」
人形はそのまま倒れ込んだ。
シュウゥと煙をあげて、等身大人形が小さくなっていく。
「三人とも、怪我はないか?」
ジェイ君が人形に背を向け、三人を自分の前へ移動させる。
「……ジェイ君?」
瞳が疑問の声をあげた時、突然ジェイ君の身体に髪の毛が巻き付いた。
その巨体が軽々と宙へ浮き、壁に叩きつけられる。
「ジェイ君‼」
ゆっくりと、人形が起き上がった。
その身体は、いつの間にやら二メートル越えの長身になっている。
「最初から……こうしておけばよかった」
ジェイ君の腕や足に絡みついた髪が一気に絞られ、肉に食い込む。
「やめて! ジェイ君がちぎれちゃうよ‼」
「いいえやめない。私と遊んでくれない罰よ」
そう言って、けたけたと人形は笑った。
三人の顔に、絶望の色が見え始めた時だった。
髪に縛られたジェイ君の腕が、ゆっくりと人形の方を向いた。
「ずいぶんと怪力ね。でもそれで精一杯ってところかしら」
ジェイ君はその腕で、人形を指さした。
人形が思わず首を傾げる。
「そっちの方角に、俺の家があるんだ」
突然の告白に、人形は鼻で笑った。
「何を言っているの? あなたの家で私と遊んでくれるのかしら」
「お前には言っていない」
瞳は、はっとした。
壁にはりつけにされた手のひらが、人形の方を向いていた。
その光景を、以前にも見たことがある。
あのオオトカゲを、チェーンソーで切断してみせた時に──
「二人とも伏せて‼」
瞳が二人を押し倒した時、コテージの壁が粉砕した。
「あ?」
人形が背後を振り向く間もなく、その背中に武器の数々が突き刺さる。
それは全て、ジェイ君の家で飾られていたものだった。
「最初から、隙を突いた一撃だけで倒せるとは思っていない」
マチェットで髪を斬り落としながら、ジェイ君は言った。
「今度は俺が遊んでやる。無論、鬼は俺だがな」
ジェイ君のマチェットが、人形の首を斬り落とした。
ぼとりと首は転がり、胴体も倒れ込む。
「ジェイ君‼」
三人がジェイ君に駆け寄った。
「もう! 騙すなら最初に言っておいてよ!」
「そうよ! ジェイ君がやられちゃったかもってビクビクしてたんだから」
「言っただろ。心理的な駆け引きは得意だってな」
珍しく得意げなジェイ君に、三人は笑った。
その時、ぴくりと人形が動いたかと思うと、瞳に向かって髪の毛の束が飛んできた。
咄嗟にジェイ君は瞳を庇い、腕でガードする。
「ま、まだ生きてるの⁉」
首だけになった人形が、鬼のような形相でジェイ君を睨んでいた。
「殺す……! 殺す……!」
コテージの床一面を髪の毛が覆い始める。
もはや逃げ場はない。
万事休すかと思われたその時だった。
「いっちゃん。もうやめようよ」
ミウの言葉に、生き物のように蠢いていた髪の毛が、ぴたりと止まった。
「いっちゃんは正義の味方でしょ? こんなことしちゃダメだよ。みんなのために、『ダサっくま』を倒して、地球の平和を守るのがいっちゃんなんだから」
ミウはゆっくりと、両手を人形の方へ差し出した。
「いっちゃんは、悪い奴しか倒しちゃダメ。だから……いいよ。ミウを食べても」
「ミウ‼」
人形の頭部がにやりと笑い、ミウへと飛び込む。
ジェイ君が慌てて駆け寄ろうとするのを、ミウが制止した。
一瞬の内にミウの身体を髪の毛が包み込む。
巨大な顔が、大きな口を開けてミウを飲み込もうと迫った。
「ごめんね、いっちゃん」
ミウは、その顔に触れて、言った。
「ちゃんと守ってあげられなくてごめんね? 弱いミウで、ごめんね? いっちゃんは何も悪くない。何も悪くないから」
怒りで歪んでいた顔が、徐々に戻っていく。
ミウの頬から流れ落ちた涙が髪の毛に触れると、まるでそこから浄化されていくように光の波紋が広がった。
人形の全身がまばゆく輝いたかと思うと、ぽとりと、小さな市松人形が床に落ちた。
ミウはゆっくりと歩み寄り、市松人形を拾い上げると、ぎゅっと抱きしめてあげた。
「……また遊ぼう、いっちゃん。今度は悪者じゃない。ちゃんと、いっちゃんが正義の味方になれる遊びを」
ミウに頭を撫でられる人形は、心なしか、笑っているような気がした。
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