応接室に案内された俺、リーア、アンブロースは、勧められるがままに三人掛けのソファーへと腰を下ろした。
俺の肩からアンブロースが降りるのを確認してから、着ぐるみを収納して人間の姿をあらわにする。やはり、座る時に着ぐるみを着ていると邪魔だ。
俺の顔を改めて見つめたビオンダが、深々と頭を下げてくる。
「ご足労いただきありがとうございます……すみません、ジャンピエロに到着された早々に、お手数をおかけしてしまって」
「いえ、お気になさらず……ちょうど依頼を探そうとしていたところでしたし」
彼女の言葉に、俺も頭を下げて言葉を返す。
実際、彼女から声をかけられなければ、そのまま掲示板に向かって依頼を探そうとしていたところだったのだ。声をかけてもらったことで探す手間が省けて、むしろありがたい。
「であれば、よかったです。つきましてはジュリオさん……いえ、『双子の狼』の皆さんに、ギルドから依頼をお願いしたいのです」
俺の言葉を聞いてほっとしたのか、ビオンダは真剣な面持ちの中に穏やかな笑みを浮かべて、それを告げた。
実力のある冒険者に対して、ギルドの側から依頼を持ち掛けてくることは珍しくない。俺も「白き天剣」在籍時、何度かその場面に出くわしたものだ……ナタリアが提示された依頼を受注したかは置いておくとして。
ギルドの側としても危険な依頼は、一般の目に触れる掲示板に出したくないものだ。冒険者パーティーの側も、直接ギルドから依頼を提示されることはステータスにもなる。
俺が表情を硬くし、リーアが瞳を輝かせる中で、アンブロースがソファーの上から声を発する。
「……依頼の内容を聞く権利は、当然あるのだろう?」
彼女の念を押すような言葉に、ビオンダがこくりとうなずく。さすがは冒険者ギルド本部の本部長代理、神獣を目の前にしても怖れを抱いた様子はない。
「勿論です、説明させていただきます……こちらをご覧ください」
そう言って彼女が差し出してきたのは、一枚の明細画だった。
現実にある風景を魔法で紙に写し取った明細画は、冒険者ギルドの本部のみが扱える高等技術だ。魔物探査に用いられる物見鳥の目を通して送られてくる現地の映像は、冒険者にとっても重要な情報源になっている。
その明細画を見て、俺は目を見張った。
「これは……」
映し出されているのは、一羽の巨大な鳥の魔物だった。
崖の途中に張り出した岩の上に、緋色の大きな鳥がうずくまるように止まっている。翼を折りたたみ、身を縮こませるその鳥の周囲には、ちらちらと火が舞っていた。
顔を上げて、俺は確認するようにビオンダへと問いかける。
「不死鳥ですか?」
「そうです、ザンドナーイ峡谷に飛ばしている一羽からのものです。映っている魔物は、Xランクの神獣、不死鳥。彼女に明らかな異常が起こっているのです」
俺の言葉にうなずきながら、ビオンダは明細画に映った魔物を指さした。
神獣の一種、不死鳥。その名の通り不死身とまで言われる旺盛なHPとVIT、第十位階の治癒魔法である死者蘇生まで使いこなす、治癒魔法のエキスパートだ。
身体から生命の炎を常にあふれさせていることも特徴なのだが、この明細画に映っているフェニックスは、明らかに炎の勢いが弱い。リーアとアンブロースも、その点がまず目についたようだった。
「なんか、具合が悪そうだね」
「身体から発する炎の、この弱さ……魔力異常か、怪我でもしたか……いや、あやつは怪我など自力で治せるか」
アンブロースの発した言葉に、ビオンダがもう一度うなずく。そして真剣な表情をしながら、もう一枚の明細画を取り出した。
「はい。フェニックスはいかなる治癒士をも凌駕する、治癒魔法の名手です。怪我をしたくらいでここまで弱ることは無いはず……何羽か物見鳥を飛ばし、冒険者を派遣して調査した結果、峡谷一帯に深刻な魔力枯渇が発生していることが分かったんです」
そう言いながら彼女が見せてきたのは、ザンドナーイ峡谷の全域を映した広域の明細画だ。ただし、風景をそのまま映したものではない。土地の魔力量を色で表す魔力フィルターを通して映されたものだ。
魔力の濃い場所は白く、薄い場所は黒く、色の濃淡で魔力量を表現するのだが、これを見る限り、峡谷の全域、特に谷の底側の枯渇が著しい。殆ど黒に近い色をしていた。
俺達の目が、一斉に見開かれる。
「魔力枯渇……!?」
「それは一大事ではないか。魔法も満足に使えなくなる。不死鳥は体温上昇の為に常から魔法を働かせるから……」
「魔法が使えなかったら、寒くなっちゃうよね。飛んで逃げることもできないよ」
最も驚愕の色を濃くするアンブロースに、リーアも耳を伏せながら答えた。
事実、神獣にとって土地の魔力枯渇は生死に関わる一大事だ。生命維持を魔法で担っているようなフェニックスにとっては、文字通り命の灯を消されるに等しい。
事態の深刻さを把握した俺達に、ビオンダが両手を組みながら視線を向けてくる。
「はい、このままでは彼女自身も、雛たちも、命に関わります。ジュリオさん達には、彼らの救出と、魔力枯渇の原因調査をお願いしたいんです」
彼女の懇願に、俺達三頭ともがすぐさまうなずいた。
こんな異常事態を見せられて、放置しておくなんてことは出来ない。魔物の立場にいる俺達には、余計に放置出来ない現象だ。
「分かりました、お受けします」
「神獣の力を見せつけてやろうではないか、なあ?」
「うん、頑張ろー!」
真剣な面持ちで承諾の返事を返す俺に、アンブロースがにやりと口角を持ち上げながら話しかけてきた。彼女の自信に満ちた言葉を後押しするかのように、リーアもぐっと右手をつき上げる。
俺達の反応にホッとした表情で身体の力を抜くビオンダだ。そんな彼女へと、俺は静かに声をかける。
「一ついいですか」
「はい、何か?」
俺の言葉に、再びビオンダが表情を硬くする。真剣な顔になった彼女へと、首を小さく傾げながら俺は問いかけた。
「ザンドナーイ峡谷に冒険者を派遣して調査されたとのことでしたが、その冒険者はまだ現地におりますか?」
俺の言葉に、彼女は小さく目を見開く。ハッとしたような顔をしてから、ビオンダが両手を合わせた。
「あ、そうですね、そのこともお伝えするべきでした。Sランクパーティーの『踊る虎』とAランクパーティーの『七色の天弓』が現地で待機しています。多分、皆さんにはお力添えは不要かとは思いますが、何かあったら協力してくれるはずです」
「うっ」
彼女の挙げたパーティー名に、俺は一気に苦々しい顔になる。
なんてこった、あんまり会いたくない連中と会わなければならなくなるなんて。
俺の漏らした声に、リーアが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「ジュリオ、どうしたの?」
「いや、ちょっと、『踊る虎』とは前に揉めたことがあって……気まずいというか……」
そう、俺が若干難色を示したのは、「踊る虎」の方だ。
リーダーの戦士、『虎牙』ノーラ・マンノーイアとナタリアは、『八刀』のアルヴァロの門下として互いに競い合った同期なのだ。ライバル関係にあった、と言ってもいい。
冒険者としての実力は互いに伯仲しているが、ナタリアはブラマーニ王国の勇者として選ばれ、ノーラは称号こそ得たものの一介の冒険者に留まった。それ故、彼女はナタリアを敵視し、顔を合わせるたびに食って掛かってきていたのだ。
獣人であってもそこまで牙を剥き出しにしない、とまで言われるほどに敵意を向けてくるノーラの顔を思い浮かべてげっそりする俺に、アンブロースが小さく鼻を鳴らす。
「なんだそんな事か。どうせ先日の勇者くずれがトラブルの原因なのだろう、貴様が気にすることは無い」
「いやまぁ、そうっちゃそうなんだけどさ……」
彼女の言葉にそう返しながらも、俺は力なく顔を覆うばかりだ。先程とは打って変わって意気消沈する俺に、戸惑いながらもビオンダが頭を下げる。
「……えぇと、と、とにかくよろしくお願いします、皆さん」
彼女の言葉に、俺は小さくうめくばかり。今から気が重くて仕方なかった。
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