かくして、俺たちはアルヴァロ、ギュードリンと共に「ピエトリ学舎」の学長室に通されて話をしていた。話の内容は当然、「白き天剣」をクビになる前後からの話である。ちなみに偉い人の前なので、今は着ぐるみは収納している。
この学舎の卒業生であり、ブラマーニ王国の勇者でもあるナタリアは、冒険者に報告した活動報告や、ギルドに提出した申請書類の内容がアルヴァロへと伝えられる。だから「俺がパーティーから解雇された」ことは伝わっても、「どう解雇された」かは知らないわけだ。
そんなものだから、オルネラ山での夜のことを話した時のアルヴァロの驚きようと言ったら。ナタリアに見せてやりたいくらいである。
「……とまあ、そういういきさつで、俺は『白き天剣』を離れ、リーアとパーティーを組んで『双子の狼』として活動している次第です」
「こないだは、後虎院配下のエフメンドもやっつけたんだよー」
「その道中でこやつは、私と、このティルザを従魔にして、現在は二名と二頭で旅をしております」
「チィ!」
俺が事のあらましを説明し、リーアが最近の活躍を話し、最後にアンブロースとティルザが締めたところで、アルヴァロが嬉しそうに微笑みながら何度もうなずいた。
「そうか……直接教えた生徒では無いとはいえ、幼い頃から知っている若者が活躍しているのはいいことじゃ」
彼の返答に、俺も微笑みを返しながら頭を下げる。直接関わりが無くても同じ村で生まれ育ったわけだ。自分の故郷の英雄から褒められるのは気分がいい。
と、アルヴァロの視線が俺の左肩、アンブロースへと向けられる。
「しかしのう、アンブロース、貴様が従魔契約を承諾するとは思わなんだ。あの人間嫌いで有名だった貴様がのう」
「みなまで言うな、『八刀』の。私だってこやつが真っ当な人間だったら、従魔契約など申し出たりせんかったわ」
彼の昔を懐かしむような言葉に、アンブロースが鼻を鳴らしながら答えた。この二名も二名で、かつて剣と爪をぶつけ合い、命のやり取りをした仲だ。それはもう、間違いなく、「こんなところで相見えるとは」の言葉に違いはない。
彼女へと微笑みかけたアルヴァロだが、すぐに肩を落とし、落胆をありありと浮かべながら深くため息をついた。
「はー……しかし、あやつめ。本当に、本っ当にあの傲慢さは治っとらんな」
二度、強調するように言いながらアルヴァロが弟子の不出来を嘆いた。「本っ当に」と言葉を溜めて話すのは彼の昔からの癖、だと聞いている。それだけナタリアの至らなさが嘆かわしいのだろう。ギュードリンも苦笑を見せながら、彼の肩を叩く。
「まあまあ、勇者なんて皆どこかしら傲慢なもんじゃないか。お前だって現役の頃はそうだったろ?」
ギュードリンの軽口を聞いて、アルヴァロはうつむいたまま手をひらひらとさせる。その脱力具合はすさまじい。嘆きのほどがうかがえる。
「わしらが傲慢でいるのは害ある魔物に対してじゃ。苦楽を共にする仲間に対してまで、傲慢であっていいはずはない」
彼の言葉に、俺は少しだけ身を固くした。
人間と魔物がある程度の距離を保ちながら暮らしているこの世界でも、その距離を侵すものは得てしている。魔物が侵してくれば有害な魔物として討伐され、人間が侵していけば魔物に殺される。しかし、冒険者という職業は例外だ。積極的に魔物の領域を侵しては、それを自らの実績として、収入として積み重ねていく。
だから冒険者ギルドには「敵対しない魔物には手を出さない」という絶対的なルールが存在するのだ。魔物から敵意を見せたり、世界に害を及ぼしたりするのを討伐しに行くのなら、魔物の側も「あれは殺されても仕方ない」となるからだ。
「白き天剣」在籍時に殺してきたいろんな魔物のことを思い出しながら、俺は肩をすくめた。
「勇者としての実績は上げてるんですよ。『地底の者』ドリーズにトドメの一太刀を入れたのはあいつですし、ロッセリーニ丘陵の人食い獅子を討伐したのもあいつですし……ただ、先生の仰る通り、わがままだし気分屋だしで……」
後虎院の一人、『血華』のアルビダの部下であるドリーズを討伐したのも俺たちだ。何人もの冒険者を食い殺してきた人食い獅子を遂に殺したのも俺たちだ。
「白き天剣」はこれまで幾つもの実績を上げてきた。その実績の中心には、いつもナタリアがいたのだ。それは事実だ。
ただ、ただそれでも。その実績が霞んでしまうくらいにあいつはイヤな奴だ。
アルヴァロも力なく頭を振りながら、何度目かのため息とともにこぼす。
「わしは常から言い聞かせておったのだがな、『仲間を軽んじてはならん』と……それがどうじゃ、これで仲間がパーティーを離れたのが六人目じゃと? 我が弟子ながら本っ当情けない話じゃ」
「アルヴァロは特にそう思うよねぇ。旅立ってから私のところに来るまで、ずっとブルーノ、アウローラ、ミケーラと一緒だっただろ? なんで弟子がそんな子に育っちゃったんだか」
アルヴァロに同調しながら、ギュードリンも大きく肩をすくめる。
アルヴァロのパーティー「赤い神槍」は引退による解散まで、一度たりともメンバーを変えなかった。重装兵の『鉄岩』ブルーノ、魔法使いの『氷槍』アウローラ、治癒士の『天神の徒』ミケーラ。いずれも冒険者として名が知られており、現在は故郷で余生を送っている彼らは互いを尊重し合い、互いを思い合って旅を続けていた。
その勇者の愛弟子がこんな有り様となったら、それは情けないにも程があるだろう。さんざんアンブロースが彼を「見る目がない」と放言しているが、否定の余地がない。
と、うなだれるアルヴァロの後ろから俺の方に歩み寄ってきたギュードリンが、面白そうに表情を緩めながら俺に声をかけてきた。
「しかし……しかしねぇ、その勇者ちゃんとずっと組んでいた着ぐるみ士の子が君で、うちの息子が契を結んで孫を託した『着ぐるみの魔狼王』か。いやぁ、どこで縁が繋がるか分からないもんだ」
「は、はい……まったく、同感です」
その言葉に、背筋を伸ばしながら答える俺だ。こんなに気安く話しかけては来るが、文句なしの世界最強、今もなお絶対的な影響力を持つ元魔王だ。そんな人にここまで近づかれて、緊張するなという方が無理だろう。
と、俺の目をのぞき込んできたギュードリンが一層表情を柔らかくする。
「いやね、こないだ私の孫のサーラがオルネラ山に里帰りしただろう? そっから帰って来た時にあの子が『着ぐるみの叔父が出来た』なんて言うもんだから、何が起こったのかと思ったけれど……そうかそうか、そういう理屈なら納得がいく。あの子は何だかんだ、人間が好きな子だからねぇ」
そう話しながら、ギュードリンが「あの子」と挙げるのは間違いなくルングマールのことだ。
ルングマールの人好きは今更語るまでもないことだ。山の麓に人化して降りては酒場に顔を出したり、市場に顔を出したり。町に溶け込み過ぎていて、初めてオルニの町を訪れた俺達が見破れなかったのも仕方がない。
「やっぱり、そうなんですか?」
「ルングマールは昔からああだったぞ。ピスコボ森林を訪れて私と知り合った後も、あやつはピスコの村の酒場を覗きに行っていた」
俺が目を見開きながら返すと、肩の上からアンブロースが口を挟んできた。彼女がルングマールと知り合ったのはリーアが生まれるよりもだいぶ前と聞いているが、その時も村の酒場に行ったとは。筋金入りだ。
ギュードリンも俺の顔から距離を取りながら、腕組みをしてうなずいた。
「そうなんだよねぇ、他人と話すのが好きだし、お酒を飲むのも好きだし。うちの子の中でも特に人魔共存に積極的な子でねー、君も『獣王の契』やっただろ? あれやったの君が初めてじゃないし……三人目くらいじゃなかったかな。だから私と血の繋がらない息子や娘はたくさんいてね」
「俺の他にもいるんですか……うわぁ……」
彼女の明らかにした事実に、俺は恐ろしいものを見たかのような表情になる。
「獣王の契」は人間と魔物が同じ血族になる強力な契約だ。それを三度も。そしてギュードリンの子供たちのことだから、ルングマール以外も契りを結んでいる者はいるのだろうし。
ギュードリンの一族の幅広さを思って、驚きを隠せないでいる俺だった。
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