俺の顔を見るなり、四人は喉から引きつったような音を出して目を剥いた。
「ジュリオ……と、女の子と……あ、アンブロース!? 『雷獣王』の!?」
「バカな……Xランクの神獣が、従魔になっているだと!?」
「いや、それだけじゃない……ちょっと待ってください、情報量が多すぎて」
レティシアがアンブロースの存在に目を見張り、イバンが彼女の喉に刻まれた従魔の契約印を見て驚きの声を上げる。ベニアミンはそれ以上に驚愕する情報が一気に目に入ってきたようで、目元を押さえながら困惑していた。ナタリアに至っては口をパクパクさせたまま、声も出ない。
まあ、そうなる気持ちも分かる。俺はため息をつきながら肩をすくめた。
「驚くよな。別れて一週間もしないうちに、俺は着ぐるみ士と調教士の、二重職業のX級冒険者になり、レベル三桁の狼人とパーティーを組み、従魔として神獣を従えているんだから」
着ぐるみの内側で笑みを浮かべながら話す様子に、四人の……いや、新入りらしきもう一人も含めて五人の目が、ますます大きく見開かれた。
傍から見れば、なかなかとんでもない状況なのだ。X級であり二重職業でもある冒険者など、多分俺の他には誰もいない。リーアのレベルも普通の冒険者からしたらとてつもなく高い。そして、『雷獣王』のテイムに成功している。
これでさらに、パーティーランクがDだということを話したら、ひっくり返るんじゃないだろうか、彼ら。
「なんだ、ジュリオ。知り合いか?」
「うん、ジュリオがついこの間までパーティー組んでた冒険者よ」
状況が飲み込めていないアンブロースが俺の着ぐるみをつつくと、リーアが笑いながら答える。
それを耳にして「白き天剣」の面々が目を見開く中、ようやく言葉を取り戻したらしいナタリアが、俺を呼んだ。
「ジュリオ」
「うん?」
信じられないものを見るかのように、指をプルプルと震わせながら、彼女はその指を俺へと突き付けてくる。
「あんた……何やったの?」
震えながら発せられたその言葉に、俺は小さく目を見開いた。
何をやった。
そう言われたら、俺は何をやったと言えるだろうか。
リーアに仲間になってもらい、着ぐるみを作らせてもらったのも、ルチアーノことルングマールと出会い、血族に加えてもらったのも、アンブロースと従魔の契約を結ばせてもらったのも、俺が能動的にやったというよりは、申し出てもらったものだ。
だから、俺は敢えて煽るように、大きく肩をすくめながらナタリアに返す。
「もう少し具体的な質問を聞きたいな、ナタリア・デ・サンクトゥス」
「とぼけんじゃないわよ!!」
その返答に、ナタリアの足が強く地面を踏んだ。
これだ。不満を表明する時、彼女は決まって地面を強く踏む。彼女の後ろに立つ仲間たちがわずかに身を強張らせる中、ナタリアは叫んだ。
「そのレベル!! あたし達と別れた頃は36だったでしょ!? なんでそれが258まで上がってるのよ!?」
そう言いながら彼女が指を突き付けるのは、俺の頭上に見えているであろう、俺の情報だ。
アンブロースとの死闘を経て、俺のレベルはさらに2上がり、レベル258にまで到達した。あんなレベルになったら、もう上がることなどないと思っていたが、存外上がるものである。
うっすら目を細める俺に、ナタリアはさらにがなり立てる。
「おまけに、S級どころかX級って!! あり得ないじゃない、アルヴァロ先生ですら引退してからも血のにじむような努力を続けられて、それでX級になったのよ!! なんでたったの三日でX級になってるのよ!?」
自分の師匠をも引き合いに出しながら、ナタリアは子犬のようにぎゃんぎゃんと吠えていた。ああ、うるさい。
あまりに激高している様子に、イバンが彼女の肩を強くつかむ。
「ナタリア、落ち着け」
「イバンあんた、むしろなんでそんなに落ち着いていられるのよ!? あり得ないじゃない、絶対なんか不正を――」
「ナタリアさん、違いますわ」
なおも俺に噛みつこうとするナタリアに、ゆるゆると頭を振りながら前に進み出たのは、今まで静かに状況を見ていた、新入りの女性冒険者だった。
「そちらは……新入りですか」
「はい、付与術士A級、グラツィアーノ帝国冒険者ギルド所属、マリサ・ダミアーノと申します。よろしくお見知りおきくださいませね」
自己紹介しながら、ゆるりと頭を下げるマリサ。礼儀正しい人物だ。その腰の低さ、ナタリアの相手をするにはちょうどいいんだろう。
そのマリサへと、ナタリアがいぶかしむ視線を投げかける。
「マリサ、あんた何を根拠にそれを言うわけ?」
「ナタリアさん、気が付きませんでしたか? 先程私どもが調査した、ジェミト森林の魔力」
そう話しながらマリサが手を向けるのは、彼女らの後方、ピスコボ森林と境を接するジェミト森林だ。
そういえばそうだ、彼らが何故、こんなところまで来ているのか、俺は知らない。
「ジェミト森林の魔力?」
「ああ、森の魔力値が急上昇したからと、調査依頼がギルドに入ってな。それで、調査しに来たんだ」
俺が首を傾げると、ナタリアの肩を掴んだままのイバンがこくりとうなずいた。
レティシアが両手を組み、視線を落としながら話を続ける。
「確かに、風属性の魔力があふれんばかりになっていました。土地の魔力値が大きく高まったことで、魔物の発生数も、それ相応に」
「風属性に親和の高い、風イタチが大量発生していましたね。あとは魔狼も数頭」
「ウルフが?」
その後を継いだベニアミンの言葉に、俺は目を見張った。
ウルフが自然発生するとは、確かにただ事ではない。基本的に人間に敵対するような魔物ではないけれど、その能力の高さはどうしたって危険視される。
俺の発した言葉にうなずきながら、マリサが息を吐く。
「そうですわ。それもただのウルフではない、Sランク相当の強力な個体がです。何も予兆なく、自然発生していい個体ではありませんわ」
彼女の説明を聞いて、俺はすっと目を細めた。
風の魔力の高まり。能力の高いウルフの自然発生。その数日前に、俺は第十位階の風魔法を、この森で放っているわけで。
「ああ、なるほど。それで合点がいった」
ぽんと手を打ちながら口を開く俺に、視線が集まる。そうして全員の視線を集めてから、あっけらかんと俺は言った。
「それ、俺のせいだな」
「は?」
その言葉に、ぽかんとするナタリア。しかし残りの四人は違う。顔からさっと血の気が引いたのが分かった。
俺の言葉に納得したように、アンブロースがにやりと笑う。
「ああ、なるほど。こちらの森よりあちらの森は、風の魔力が強く作用する。ジュリオの発した魔力があちらに集中しても、何もおかしなことはない」
「あ、そうかー。ジュリオの魔力由来で魔物が発生するなら、ウルフも生まれるよね」
リーアもにこにこ笑いながら、後頭部に手を組みながら声を発した。
その反応に、ナタリアが小さく震えながら悲痛な声を上げる。
「何を……何を言ってるのよ、あんた達!?」
その言葉に、他の四人の視線がナタリアに集まるのが分かった。
どうやら、ナタリア以外の四人はある程度察しがついているようだ。いや、ナタリアだけが、察しがついていないと言えばいいのか。
随分と鈍感なことだ。パーティーを組んでいた時から思っていたが、これが勇者の一人とは、お笑い草だ。
「これだけ皆が説明して、それでも分からないのか? ナタリア」
「『天剣の勇者』ともあろうものが、存外に物分かりが悪いのだな?」
だから、俺は明確に煽った。嘲るように、アンブロースと一緒になって彼女を馬鹿にしにかかる。
それを聞いて、ナタリアが自身を顧みるならいいが、しかし。
「あんた達――!!」
彼女は激高しながら、腰にさした剣の柄に手をかけた。怒りのままに抜こうというつもりらしい。
その行動に、イバンが、ベニアミンが、ナタリアを力づくで抑えにかかる。
「駄目です!」
「よせ、ナタリア。最早お前が敵う相手じゃない」
「は??」
イバンの発した明確な言葉に、ナタリアの動きが止まった。
敵う相手じゃない。
それはそうだ。こんな勇者くずれになど、どうこうできるような俺じゃない。
着ぐるみを収納しながら、隣に立つリーアに視線を投げる。くい、と顎をしゃくりながら、俺は言った。
「分からないようだから教えてやるよ。リーア、解いていいぞ」
「はーい」
明るく返事を返すリーアが、ぐっと身体に力を籠める。それと同時に、俺も自分の身体に力を流していった。
「刮目しろよ、無知な勇者。おのれの捨て去った者が、今は何者であるのかを、その目に焼き付けるがいい!」
アンブロースが嬉しそうに、楽しそうに声を発しながら俺から距離を取った。今の立ち位置では、ぶつかってしまうからだ。
そして、俺とリーアの全身が弾けるようにふくれあがる。
「ヒッ!?」
「あ……!!」
「うっ……!?」
次の瞬間、レティシアの悲鳴が聞こえた。ベニアミンとイバンも、俺達の放つ圧力に言葉が詰まる。
そして、ナタリアは文字通り声が出ない様子だった。
「な……!?」
「ああ……そういうことでしたの」
彼女の傍で、マリサが平静な声色で俺を見上げる。どうやらこの女性、随分と肝が据わっているらしい。
俺はアンブロースよりも大きくなった身体を見せつけ、鋭い牙を見せつけて笑いながら、ナタリアをはるか上から見下ろして、言った。
「……俺は、魔狼王になったんだよ、ナタリア」
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