無事に討伐が完了したら、その後は素材回収の時間だ。
爪を抜いて、牙を抜いて。この回収した素材がエフメンド討伐の証になるし、俺達の追加報酬にもなる。
ノーラがエフメンドの鋭い爪を引っこ抜きながら、呆れたようにぼやいた。
「全く、本当にやっちゃったわよこいつは」
「すごかったですね……ノーラさんたちの攻撃は殆ど通らなかったのに、ジュリオさんの一撃が入るたびに押し返して……たったの6発で……」
アニータも彼女を手伝いながら、感心するように話している。
今回、後方でモニタリングを行っていたアニータには直接の被害は及んでいないが、それでも激戦の結果と、その合間に俺たちが放った攻撃の威力は伝わっている。
物見鳥がこの場にいれば明細画も出力できるのだろうが、こんな地下ではしょうがない。
人化して、エフメンドの頭に登って頭の角を抜く作業をしていた俺が、額から引っこ抜いた角を真下のノーラに向けて放る。
「仕方ないだろ、ステータスに大きな差があるんだから……ほら、これ」
「わ……!? ちょっ、投げんじゃないわよ!」
慌てて角を受け取ったノーラが、小さくよろけた。文句を言ってくるが、こうするより他にないのだ。いちいち下に降りるのは面倒だし。
足の爪を抜く作業をしているトーマスが、ふと額の汗を拭った。
「これだけ体躯が大きいと、素材の確保も面倒だな」
「これこそしょうがないですよー、こんな地下じゃ、物見鳥の目も届かないでしょうし……討伐実績の証拠は多いほうがいいですから」
ミルカもぼやくが、しかし作業の手を止めない。後ろではロセーラが回収した素材の数を確認している。皆に付与を施しているから、作業の手も早い。
頭の角と、口の中の牙、両手足の爪を抜いて、下に降りた俺はきょろきょろと視線を巡らせた。
「角取って、牙取って、爪取って……あとは、他にあったか?」
「バカあんた、いちばん重要なのがあるじゃないのよ」
厳しい口調で言いながら、ノーラがエフメンドの死体の頭を持ち上げる。胸元の毛皮をかき分けると、そこには深い紫色をした石が埋め込まれていた。
「あったあった、よかったー割れてないわ」
「あー……魔王軍の証である魔石か。忘れてた」
彼女が見つけ出し、肉体から引っこ抜いた魔石を見て、俺はぽんと手を打った。
魔王軍に在籍している魔物には、証として魔石が埋め込まれる。この紫色をした魔石には強い魔力が宿っているため、非常に高値で取引されるのだ。
魔石を覗き込む俺に、ノーラが不満げな声を漏らす。
「ホントよ、もー。あんた達が胸元と首元バッサリ行った時、ちょっと不安だったんだからね」
「この魔石が、回収素材の中でも最重要だからな。俺たちの討伐記録の大きな証明にも出来る」
トーマスも彼女に同意して腕を組んだ。
エフメンドの角や爪でも、勿論討伐したことの証拠には出来る。しかし魔石を回収できれば、間違いなく一発で証明が出来るのだ。
ふ、と少し前のことを思い出しながら、俺は人化したリーアに声をかける。
「魔王軍の魔石……そういえば、ルングマールさんにはなかったよな、あれ」
「うん、パパは後虎院の一員じゃなかったもの」
「神魔王時代に後虎院を務めた魔狼王は、長兄のシグヴァルド殿だぞ。まさか知らなかったわけではあるまいな」
リーアがうなずくと、俺達の中で唯一姿を変えていないアンブロースが顎をしゃくった。
神魔王ギュードリン時代の後虎院の構成員にも、フェンリルは居た。「北の魔狼王」と名高いシグヴァルドがそれだ。彼は今もギュードリン自治領にいて、母親のそばで暮らしているとか。
俺たちの話を聞いていたノーラとロセーラが、感心したように眉を上げた。
「へー、噂には聞いていたけど、ジュリオがルングマールと契を結んで兄弟になったって話、本当だったんだ?」
「なるほど……ということは、そっちの彼女が、ルングマール殿の末の娘か」
ズバッと正解を言い当ててくる二人に、俺は思わずリーアと顔を見合わせた。
俺のことが冒険者に伝わっているのは仕方ない。話題性も大きいだろうから。しかし、リーアはなかなかそうは行かないだろう。
それが、ここまで情報が、周知のものとして伝わっているのは予想外だった。
「そんなに、俺とリーアの噂は世の中に広まっているのか……」
「すごいね、人間の情報網」
俺の言葉にリーアも、感心したように尻尾を振った。アルフィオが素材を、大きな麻袋の中にまとめながらうなずく。
「ヤコビニ王国の冒険者は、もう皆知っていると思いますよ。ジュリオさんがフェンリルの資格を持っていること。『白き天剣』を離れたことも」
「冒険者ギルドにもXランクの魔物として認知されているしな。魔法看板にも所在の印がついていただろう」
トーマスも一緒になって指を振ると、それに反応をしたのはノーラだった。俺の肩を掴みながら、ぐいと顔を寄せてくる。近い。
「そうそう、それよ。あのクソ勇者のパーティーを離れたことは知っているけれど、何があったの? あんた、あいつに何を言われてもめげずにくっついて行ってたじゃない」
「あー……実はな……」
思わず視線を逸らしながら、俺はオルニの町を出立した翌日のことを話した。
山の中で突如クビを告げられ、パーティーを離脱したこと。その日の夜にリーアと出会い、更にはルングマールとも出会ってフェンリルの力を得たこと。
それらの話に、冒険者六人は揃ってため息を付いていた。
「あぁ、そういうことですか……」
「グラツィアーノ帝国はたしかに、国の中心に砂漠の広がる暑い国ですけれど……随分、身勝手な放り出し方ですね」
アルフィオが肩を落とすと、アニータも口をへの字に曲げながら零した。
やはり、誰がどう聞いてもあの解雇の仕方はよろしくないと思うようで。よかった、俺が間違っているわけでは、いよいよ無さそうだ。
肩を小さくすくめて、俺は話を続ける。
「俺を解雇してから、すぐに子供の相手に慣れている冒険者を雇用していたけどな。ま、俺の力が必要じゃなくなったって言うなら、いいんだよそれで」
「ふーん……?」
あっけらかんと話す俺に、ノーラが小さく首を傾げる。少し意地悪な笑みを浮かべながら、彼女が言葉を重ねてきた。
「誰よ、あの悪名高いクソ勇者についていこうって決めた物好きは」
「A級の付与術士の女性だったな。マリサっていう――」
「は!?」
俺がマリサの名前を出した途端だ。俺の肩を掴むノーラの手に、ぐっと力が入る。
目を白黒させる俺に、彼女は大きな声を上げてきた。
「ちょっと待ってあんた、マリサってあの!? 『夜明けの星』のマリサ・ダミアーノ!?」
「え……」
「夜明けの星」。マリサ・ダミアーノ。
そのパーティー名を聞いて、俺は大きく目を見開いた。
そうだ、なんであの時は気が付かなかったんだ。超有名なパーティーではないか、あそこは。
「あぁっ!?」
「何だ、急に大声を上げて」
俺が声を上げるのを聞いて、アンブロースが眉間にしわを寄せる。リーアも不思議そうに俺の方を見てきた。
「思い出した……そうだ、あの顔どこかで見た気がしたんだ」
「えー、なになに、どうしたの?」
額を抑える俺に、リーアが小首を傾げる。
二人に対し、俺は俺の知る限りの、結構重大な情報を口にした。
「後虎院の一人……『闇の奏者』ドロテーアを撃破したパーティー、『夜明けの星』の一員だった冒険者だよ」
「えぇっ!?」
「何だと……!?」
後虎院の一人を倒したパーティー、その構成員。それが今、「白き天剣」に所属しているという現実。
何故、そんな事になったのか。前のパーティーはどうなったのか。
俺とノーラが、ふと視線を合わせる。彼女の瞳にも、間違いなく疑念の色が浮かんでいた。
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