フェンリルの着ぐるみを得てから数日後のこと。
オルニの町周辺での細々した依頼をこなしながら互いの動き方、戦い方を掴んでいって、だいぶお互いに連携が取れるようになった頃。
俺とリーアは毎度のようにヤコビニ王国立冒険者ギルド 南クザーロ郡支部の扉を開けたところで、スタッフに呼び止められた。
「あっ、ジュリオさん、リーアちゃん、ちょっとカウンターまでいいですか?」
「はい、今行きます」
「はーい」
呼びかけられて、指し示されるのは依頼受付カウンター、ではない。事務手続き用の方だ。
着ぐるみを換装でしまって、そちらにリーアを連れて足を運べば、いつも応対してくれて俺もすっかり名前を覚えた、事務受付のアーシアがにっこりと笑う。
「先日のブラッドグリズリー襲来について、突発クエスト認定が降りました。『双子の狼』の討伐として、依頼履歴にも記載されます。報酬は依頼受付カウンターに預けてありますので、受け取り手続きをしてください」
「あぁ、了解しました。よかった」
彼女が書類を差し出しながら話す言葉に、俺は内心でほっと胸を撫で下ろした。
俺の隣で、まだギルドの仕組みに明るくないリーアが首を傾げる。
「後から『討伐しましたよー』って言うことが出来るの?」
「立会人として、冒険者登録をしている誰かか、冒険者ギルドのスタッフがいればな。突発クエストになるような案件は大概、複数のパーティーが居合わせるものだから、承認されるのはそう難しいことじゃない」
彼女の問いかけに、俺は笑って言葉を返す。
あの日の夜にオルニの町まで降りてきたブラッドグリズリーの討伐は、対応に急を要する話だったために依頼発注をする余裕がなかった。だから俺の手による討伐はここ数日、「仕事外の慈善活動」扱いだったわけだ。
手に入れた素材は『地を這う熊』の面々に少し分けて、残りはギルドに引き渡して換金してもらったのだが、それではとてもじゃないが割に合わない。
なので、討伐が行われた後にその魔物の討伐依頼達成を後付けで認可する『突発クエスト制度』が定められているのだ。突発クエストとして認定されれば、達成報酬も出るし、パーティーの成果として報告できる。
「へー。ってことはあれ? もし周りに他の人がいない状況で、魔物を倒したらどうなるの?」
「確か、その国の冒険者ギルドの本部で、常時探査を行っているんじゃなかったっけな……本部に照会して、情報を照合してもらって、承認が降りるのを待つ形になる」
彼女のもっともらしい疑問に眉根を寄せながら、俺はアーシアから差し出された書類に目を通した。
突発クエスト認定書。そこには南クザーロ支部の支部長、だけではない。ヤコビニ王国立冒険者ギルド本部の、依頼管轄者のサインも書かれていた。ご丁寧に魔法印まで捺されている。
これらが示すものは明白だ。そもそも突発クエストの認定自体、ここまで時間がかかることは異例なのだ。俺が顔を上げれば、アーシアが申し訳なさそうな笑みを向ける。
「そうですね。今回は『地を這う熊』の皆さんがいらしたので、支部内で済むかと思ったんですけど……すみません、本部から説明を求められてしまって」
「いや、しょうがないです。俺だって正直、すんなり認定が降りると思っていませんでしたし」
彼女の言葉に、俺はゆるゆると頭を振った。
本来だったら彼女の言葉通り、南クザーロ支部の中で書類を回して仕舞いだ。認定までには二日とかからなかっただろう。討伐の証人は一パーティーのみだが、立派にいた。
それがここまで時間がかかったのは、認定にあたって王都ジャンピエロにあるギルド本部まで書類を回していたからだ。
しかしそれも当然と言えば当然だ。A級の冒険者一人が、Aランクのブラッドグリズリー三頭を、一撃のもとに葬り去る。そんな報告、誰だって一笑に付すに違いないのだ。
先に俺が話した通り、冒険者ギルドの本部には国内の冒険者と魔物に目を光らせ、必要に応じて探査、情報を収集する機関が存在する。恐らくは、そこで集めた情報とこの支部からもたらされた情報を照合し、事実だと判断したに違いない。
俺が書類をアーシアへ返すと、彼女は満面の笑みを浮かべながらリーアの頭を撫でつつ言った。
「まぁ、何はともあれ、です。『双子の狼』のDランク認可、降りましたよ」
「えへへー」
「よし……これでもう少し頑張れば、Cランクも夢じゃない」
彼女の言葉に、リーアが嬉しそうに笑い、俺も笑みを零した。
パーティー結成からたったの数日でDランク昇格。なかなか聞く話ではないが、挙げている成果が成果だ。支部としても、認めないわけにはいかないのだろう。
これなら、Cランクに上がって国外に出られる日も遠くないかもしれない、そう、俺が思っていたところである。
「なーに言ってるんですかジュリオさんってば」
アーシアが、何をいわんやと言うように俺の肩を叩いた。
突然のことにリーアが目を見開く。無論、俺もだ。
「んえ?」
「アーシアさん、それってどういう――」
二人そろって首を傾げていると、アーシアはカウンターの内側から何かを取り出し、俺の方に差し出してきた。
「実はですね、ジュリオさんにだけもう一つ、本部から届いたものがあるんですよ。はいこれ」
「え、なになに!?」
「これは……」
リーアがカウンターに身を乗り出して覗き込んだそれは、小さな木箱だった。
表面にはヤコビニ王国立冒険者ギルドの印章が刻まれ、その下には俺の名前が印字されている。
間違いなく俺自身に対して、冒険者ギルドが贈る代物だ。そして、こうして贈られるものなど、俺は一つしか知らない。
「……えぇ、ちょっと待てよ、これってまさか」
「ねえねえジュリオ、開けて開けて!」
「あっ、ちょっ」
俺が手を伸ばすより先に、リーアが箱に手を伸ばした。慌ててそれを止める俺だが、その拍子に手がぶつかり箱のふたがずれる。
そして、俺に贈られたそれが、箱の中に鎮座する様が顕わになった。
「わぁ、きれーい!」
「これって……え、マジですか」
リーアが目を輝かせる横で、俺は箱の中から恐る恐るそれを取り出す。
楕円形の薄い金属板だ。鈍い黄金色をして、表面には俺の名前と年齢、「ブラマーニ王国冒険者ギルド所属」の文字が印字されている。
だが、それだけではない。その金属板を傾ければ、光沢が七色に煌めくのだ。
これは間違いない、伝説と伝えられる金属、ディアマンタイトの薄板だ。この素材のタグを手に出来るのは、冒険者の中でも最高の高みにいる者のみ。
つまりだ。
「マジもマジ、大マジです。X級認定おめでとうございます、ジュリオさん」
アーシアがこれ以上ないほどの笑みで、呆気に取られる俺にその事実を告げた。
まさかの、S級を飛び越えてX級認定。確かにS級と違い、X級はその能力の絶大な高さがあってこそ認定されるものだが、それにしたって、俺がそれを手にすることになるとは。
慌てて今まで所持していたA級の明るい黄金色のタグをベルトのポケットから取り出しながら、俺はアーシアに問いかけた。
「発注したの、いつです?」
「ジュリオさんがブラッドグリズリーを瞬殺して、二度目の能力鑑定を行ってからすぐです。久しぶりに伝書鷹飛ばしましたよー、突発クエスト認定のこともあるから、二羽飛ばす羽目になりましたけど」
その言葉を聞いて、俺の動きが止まる。
つまり、ルチアーノから力をもたらされた、後のことだ。
それを聞いて俺は脱力した。それは、S級を飛び越えても、おかしくはない。
「ジュリオ、これってそんなにすごいの?」
うなだれながらA級のタグをカウンターに置く俺に、リーアが不思議そうな顔をしながら声をかけてくる。
そんな彼女に、ベルトにしまおうとした鈍い黄金色のそれを見せながら笑う。
「すごいなんて話じゃないぞ、冒険者としてこれ以上ない、最高の位置にいることの証だ。これを出せば、間違いなく、どこにだって行ける」
「えーっ、すごーい!!」
どこにだって行ける、その言葉に力を籠めて話せば、リーアの表情が一気にぱっと華やいだ。
嘘を言っているつもりはない。このタグがあれば、王宮の兵士だって門を開けるだろう。今はパーティーランクがDだから国境を超えることは出来ないが、国内だったら間違いなく、踏み込めない場所はないはずだ。
俺の前で、アーシアがほくほく笑顔で返却された俺のタグを磨いている。
「いやー、まさか私が現役の内に、ディアマンタイト製のタグを手渡す日が来るなんて。真面目に働くものですねぇ」
実に嬉しそうな彼女に、俺は脱力した表情のままで声を投げた。
「えーと……確かヤコビニ王国のギルドに所属する、X級の冒険者は……」
「ジュリオさんを除くと、『神魔王』ギュードリンさん、『八刀』のアルヴァロさん、『竜の使徒』カーミラさん、『魔剣』のペレグリノさん、『獣王』ガウディーノさん……あ、この五人だけですね、世界全体で。
ジュリオさんはうちじゃなくてブラマーニ王国の所属ですし、ヤコビニにX級はいません」
「はいっ!?」
そして彼女から返って来た言葉に、俺は顎が文字通り、すとんと落ちた。
先代魔王のギュードリンは、世界各国の諸王からの友好の証として冒険者ギルドのタグを送られ、名目上は「世界最強の冒険者」の地位にいる。しかしもちろん形式上のもので、実際に冒険者として活動することはない。
残り四名については普通にギルドに籍を置く冒険者だが、いずれも能力研鑽の極致にいるが故に高齢だ。冒険者としては引退して、後進の指導に当たっている者ばかり。『八刀の勇者』アルヴァロ・ピエトリは、ナタリアのお師匠様だから俺もよく顔を知っている。
つまり、現役の冒険者でX級にいるのは、俺くらいだ。
「ちなみに、俺の能力の程度は……」
「ギュードリンさんと並び立つくらいにはいるんじゃないでしょうかー? 『勇者』の中でも最強と謳われたアルヴァロさんも、軽く凌駕しているはずですよ」
ギルドに保存された能力鑑定の記録を確認しながら話すアーシアに、俺はまたしてもがっくりと項垂れた。
これで俺は、名実ともに最強になってしまったわけだ。
王国を出るまでにも、大変なことになりそうだ。そんな気がしてならないのだった。
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