冒険者ギルドの扉を開けて中に入り、さっさと併設の酒場に向かう。そこでは相変わらずルチアーノ、イレネオ、リーアが飲み物を飲みながら語り合っていた。
そちらのテーブルに歩み寄りながら、俺が口を開く。
「ただいま戻りました」
「ジュリオ、おかえりー」
俺が帰って来たのを見て、リーアがぱっと笑顔になった。空になりつつあるジョッキを手にしながら、ルチアーノも小さく笑う。
「やあ、おかえり。目的のものは持って帰ってこれたかな」
彼の言葉に、俺はアイテムボックスの中に手を突っ込んだ。そこから頼まれたセージ草を10本、彼の前に並べる。
「はい、これでいいですか?」
「お……」
「おぉ」
並べられたそれを見て、ルチアーノとイレネオが目を見開いた。
セージ草は高地にしか生えない薬草だから、冒険者でも結構高ランクでないと収集できる場所までたどり着けない。特にオルネラ山は先程行った通り、中腹より上は切り立った崖になっているから、登るのがとても大変なのだ。
イレネオがセージ草をまじまじと見ながら言う。
「さすが、レッドドラゴンの着ぐるみで空をも飛べるジュリオだぜ。オルネラ山の頂上なんて、人間が登れる場所じゃないからなぁ」
「ねー。あたしも狼化してないと、頂上までは行けないもん」
リーアも尻尾を振りながら話した。たしかに人化転身した状態では、あの崖を登るのはなかなか苦労するだろう。狼化しているならジャンプで登れるのだが。
と、セージ草をつまみ上げてくるくる回しながらそれを見ていたルチアーノが、口角を持ち上げつつ鼻を鳴らした。
「ふっ……」
そのまま、何がおかしいのかくつくつと笑い始める彼だ。嬉しいのか何なのか、涙まで浮かべる始末である。俺も、リーアもイレネオも、呆気にとられて笑う彼を見ていた、
「あ、あの……ルチアーノさん?」
恐る恐る俺が声をかけると、彼は目の端に浮かんだ涙を拭いながら、にこやかに笑った。
「いやぁ、いいね。『天剣の勇者』の仲間ということだから、どんな底意地の悪い男かと思ったら、なかなかどうして、好青年じゃないか」
そう話すルチアーノに、俺は目を見張った。
確かにナタリアはお世辞にも善人とは言えないし、「白き天剣」そのものに悪い噂が無いわけではない。
しかし、だからといって俺まで悪いやつ扱いされるのは、気に食わない。
「旦那、勇者が悪人だからって、勇者の仲間までそうとは限らないですぜ」
「そ、そうですよ。心外です。ナタリアが悪人なのは……否定しないですけど……」
イレネオが肩をすくめて話すのに同調して、俺も不満をあらわにする。それに対してルチアーノは、小さく肩をすくめつつ眉を下げた。
「そうだね……ただ、そうだな」
そこから、しばし考え込み始める彼。何を悩んでいるのか、と疑問に思う俺に、彼は唐突に、びしりと指を突きつけた。
「やはり、許さん!!」
「えぇっ」
その言葉に身をすくめる俺だ。
まさか許可が下りないとは、どうしよう、もうパーティー結成の申請も済んでいるのに。
内心で困惑する俺だが、すぐにルチアーノが表情を崩した。
「……というのは、結婚とかそういうのの話でね。リーアが冒険者になって、君とパーティーを組むことについては、異論はないよ」
「ほっ……」
「もう、パパーッ!」
一転、許可を出す彼に、娘のリーアがぷくーっと頬を膨らませて文句をぶつける。
俺だってそんな、リーアと結婚させてほしいなんて言うつもりはないのだ。お願いする言葉がそんな風になってしまっただけだ。
このフェンリル、茶目っ気に溢れていてものすごく人間臭い。
にっこり笑ったルチアーノが、ぽりぽりと自分の頭を掻いた。
「いやぁ、ごめんごめん。一度言ってみたくて。ただ……うーん」
「ルチアーノさん?」
謝ってきながらも、彼は再び考え込む顔をする。
今度はなんだ、何を考えている。
身構える俺へと、ルチアーノはそっと手を差し出してきた。
「よし、こうしよう。ジュリオ君だったかな、ジョッキを貸してごらん」
「え、はい、どうぞ」
言われるがままに、既に空になった木製のジョッキを、彼に手渡す。
それを受け取ると、ルチアーノは自分が使っていたジョッキと俺から渡されたジョッキを、目の前に二つ並べた。
「よし……ぬんっ!」
と、ジョッキを前にしたルチアーノが、ぐっと両手を組んだ。
全力を込めた両手が震え、握られた皮膚が白く色を変える。何かをしようとしているのは明白だが、何をしようとしているのだ。
俺が疑問を抱いたとき、たぷん、と液体の揺れる音がする。見れば、ジョッキの中に薄く濁った液体が、突然に現れたではないか。
液体はどんどんかさを増していき、ジョッキの半分くらいまで量を増やした。
「あ……あの?」
「これでいい。さぁ、それを飲んで」
何が何やら分からない俺に、ルチアーノはジョッキの片方、俺から受け取った方を差し出してきた。
訳がわからないままにそれを受け取ると、ぷんと甘い香りと酒の匂いが漂ってくる。どうやらこれは酒らしい、が、正体は不明だ。
事態を掴めない俺を余所に、イレネオが小さくため息をついた。
「おいおい旦那、『獣王の契』をするんだったら言ってくれや。新しいジョッキを用意したのに」
「はは、ごめんごめん」
その言葉に、思わず顔を上げる俺だ。
獣王の契。聞いたことがある。確か魔物と人間の間で結ばれる契約の一種だ。内容までは記憶してないけれど。
「あの、ルチアーノさん、これは……」
「うん、すまない、ジュリオ君にはちゃんと説明しようか」
戸惑いを隠せない俺に、改めてうなずいたルチアーノが彼の手元のジョッキを指し示す。俺のものと同様、甘い香を発する酒が、半分ほど中に入っていた。
「そのジョッキには酒が入っている。魔狼王たる私の血と、魔力、魂で作られた酒だ。これを飲めば、君はフェンリルの力を手にすることになる。それが魔獣が人間に力を譲り渡す儀式、『獣王の契』だ」
ルチアーノの説明に、俺の喉が奇妙な音を立てた。
獣王の契は、魔物が自らの力の一部を取り出し、認めた人間に譲り渡す契約なのだ。二つの器にそれぞれ注がれた魔物の力を共に飲むことで、その力を取り込み、繋がりを作る。
ということは。
「つ、つまり……その、リーアの力だけじゃなく、ルチアーノさんの力も、俺に?」
「つまりはね。そうでもしないと、私も娘を安心して預けられない。まぁ、正式に『群れ』の長として認める儀式は別にあるし、私の弟にでもなると思えばいいよ」
軽い調子で話すルチアーノだが、そんな軽々しく言われても困る。
リーアの着ぐるみで人外のステータスを得たそこに、ルチアーノの力を上乗せするというのだ。まごうことなき、魔狼王の力を、である。
恐れを隠せない俺の方を、イレネオがぽんぽんと叩いてきた。
「ま、ジュリオ、気にするな。ガーッと行け、それを飲んだところで、最悪種族が変わるだけだ」
「えぇ……いやでも、なぁ……」
外野の気軽さに反して、俺はどうしても勇気が出なかった。
既にステータスが突き抜けている現状、さらに突き抜けさせたとして状況は変わらないかもしれない。
しかし、これを飲んだらいよいよ俺は、人間ではない生き物になってしまうかもしれない。
ちら、と前方に目を向けると、ルチアーノが既にジョッキに口をつけて酒を飲んでいた。彼はいいだろう、自分の力なのだから。
もう一度、手元のジョッキの中で揺れる白い液体を見る。力の塊が、そこにはある。
俺は意を決した。
「……分かりました。いただきます」
「うん」
気合を入れて、俺はジョッキに口をつけた。
喉の奥に流し込むように、その酒を飲み込んでいく。香りは甘かったが、味わいは苦いというか、辛い。だいぶ酒精の強い酒らしい。
少しつっかえながらも、俺はジョッキに満ちていた白い液体を、全て飲みきった。
「うっ……ふぅ」
「ジュリオ、大丈夫?」
深く息を吐く俺に、リーアが心配そうに手を添えてくる。
彼女の方に視線を向けた次の瞬間だ。
どくんと心臓が脈を打つと同時に、俺の全身を変化が襲った。
「っっ!?」
脳内を高速で流れていく、レベルアップのメッセージ。
ものすごい、なんてものじゃない。凄まじい勢いで俺の身体が、能力値が成長している。身体全体にとてつもない力がみなぎるのが分かる。
「『獣王の契』はここに結ばれた。君はこれで、フェンリルの血族の一員だ、ジュリオ・ビアジーニ」
レベルアップの衝撃に身動きが出来ない俺に、ルチアーノが厳かな声でそう告げた。
して程なくして、レベルアップの通知が停止した俺はようやく動きを取り戻した。かれこれ五分くらいは通知が鳴りっぱなしだったと思う。
「ちょ、ちょっと待ってください……『ステータス』」
戸惑いながら、俺は自分のステータスを呼び出した。
そこには。
=====
ジュリオ・ビアジーニ(着ぐるみ士)
年齢:21
種族:狼人/魔狼王
性別:男
レベル:256
HP:68900/68900
MP:27400/27400
ATK:19950(+4950)
DEF:15680
STR:18102(+5170)(+1500)
VIT:21405(+5980)
DEX:9324(+1745)
AGI:23856(+6530)(+850)
INT:13886(+5210)
RES:17520(+5770)
LUK:7952(+2900)
スキル:
魔獣語5、竜語4、魔族語4、精霊親和5、神霊親和5、炎魔法10、風魔法10、大地魔法10、光魔法10、毒無効5、麻痺無効5、混乱無効5、調教(魔獣)5、調教(神獣)5、多重契約3、魔狼王の威厳、魔王の血脈(獣)、魔狼転身、人化転身、獣神憑依、対人融和、環境遮断3、魔物鑑定3、人間鑑定3、道具収納5、着ぐるみ換装5、着ぐるみ洗浄
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俺は目が点になる思いがした。
レベルの上がり幅がとてつもないことは判りきっているとして、このステータス。
リーアから力を受け取った時とは、比べ物にならないくらいのとんでもないステータスが、そこにはあった。
「……うわ」
「はー、こりゃすげぇ。フェンリルはこんな世界の中で生きてんのか」
「やったねジュリオ、これでほんとのほんとに最強だよ!」
イレネオが感心を通り越して呆気に取られ、リーアが尻尾をぱたぱた振りながら俺にくっつく中、俺は思わず自分の頭の上に手を持って行く。
手を持って行ったそこには、髪の毛の感触とは明らかに違う、ピンと立っているであろう三角耳が、確かにあった。
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