お久しぶりです。GA小説大賞の結果が出たので、連載を再開いたします。
はい、つまりはそういうことです。
改めまして、よろしくお願いします。
ヤコビニ王国を発ってから、およそ二日後の朝。昼も夜も駆け通しで、マジョラーニ公国を素通りする勢いで走り続けて、俺達はブラマーニ王国の南西部に位置する、西アッカルド郡に足を踏み入れていた。
郡内に入ってからもしばらく走って、太陽が山の上に登るくらいになった頃。俺達三頭はようやく足を止める。
「よし、着いたな」
俺が魔獣語で声を発すれば、隣に立つアンブロースがふんと鼻を鳴らしながら言った。
「特に面白みもない道中だったな、いくらか国境をまたいだはずだが」
「面白みがあるわけ無いだろ……あれだけの速度で駆け抜けたんだぞ」
「久しぶりに沢山走ったね!」
「チィ!」
小さく首をすくめる俺の反対側で、俺と同じく魔狼姿に戻ったリーアが楽しげに息を吐いた。彼女の背中からティルザも顔を出して、嬉しそうに鳴いている。この一頭と一羽は道中も気楽なものだった。なんというか、その性根が羨ましい。
ともあれ、俺たちは目的地に到着した。アンブロースが村を囲う木製の柵にくくりつけられた、村の名前を記した看板に目を向ける。
「で、ここがブラマーニ王国のバンニステール村か」
「ここに、その引退した勇者様が住んでるってこと?」
リーアも一緒になって、看板に書かれた共通文字を覗き込んだ。
ブラマーニ王国西アッカルド郡バンニステール村。ここが今回の旅の、目的地の一つだ。
『八刀の勇者』アルヴァロの故郷でもあるこの村は、村と名が付いていながらもそこそこ規模の大きい村だ。西アッカルド郡の中でも有数の、裕福な村として知られている。ちなみに俺はこの村の、ナタリアは隣のインシンナ村の出身だ。
「そうだ。ここにアルヴァロ先生が住んでいらして、学校を――」
人化転身して着ぐるみを身にまといながら、俺が説明を始めようとしたその瞬間だ。轟音が辺り一帯に響き渡った。同時にものすごい勢いの爆風が身体に吹き付ける。
「わっ!?」
「チッ!?」
「何事だ!?」
「すごい音がしたよ!?」
ティルザも、アンブロースも、リーアも、揃いも揃って困惑の表情を見せる。
まぁ、そうだろう。こんな音がいきなりして、同時に強烈な爆風も叩きつけるのだから。リーアの豊かな毛が風に流され、身体に貼り付いたみたいになっている。
俺は深くため息をついた。この現象、この村ではさして珍しいことでもない。
「あー……またか」
「またって?」
この村出身で事情をよく知っている俺が言葉をこぼすと、リーアが大きく首を傾げた。
「時々、この爆発音とか、魔力の反応とか、あるんだよな……アルヴァロ先生がなんか鍛錬されてるんだって聞いてたから、特に気にしたことなかったけど。見に行ってみるか?」
「うむ、この魔力はただごとではないぞ」
俺がくいと親指を村の中に向ければ、アンブロースも興味深そうに中を覗き込んで言った。気持ちは分かる。
かくしてリーアが人化転身し、ティルザを肩に乗せてから、俺達は村の中に入った。昔なじみの人々に軽く挨拶をし、驚いた顔をされながら村の中を進んで、俺が覗き込んだのは村でも有数の大きな建物、「ピエトリ学舎」の裏庭だ。
この学舎は勇者アルヴァロの名のもとに、国内の優秀な若者を集めて優れた冒険者を育てるべく指導している学校だ。この村が栄えているのも、学舎の存在が大きい。
その裏庭、戦闘訓練なんかを行うのに使っている広場を覗き込もうと、足を踏み入れた時だ。
「魔力を辿った感じ、発生源はこの辺り……」
「むっ、おいジュリオ、あれを見ろ」
俺の隣を歩くアンブロースが、俺を制しながら足を止める。建物の影からこっそりと歩みだし、ある程度開けた位置で中の様子を見ようとすると、地面に魔力が走っているのが見えた。
結界だ。それもかなり強固なものが。そしてその結界の中に、二人の人間がいた。
「はっはははははは!! どうしたアルヴァロ、いつもより調子がいいではないか!!」
「たわけ、貴様の方こそ手を抜きおって!!」
一人は、齢五十ほどの女性だ。緋色の髪を長く伸ばして、簡素な衣服に身を包みながらとんでもない威力の魔法を次々ぶっ放している。
もう一人、齢七十を越える頃合いの老人。真っ白な髪を短く刈り込んだその姿は、老人とは思えないほどの身体つきをしていた。今もまた、両手持ちの大剣を鋭く振るって女性に斬り込み、服の布地一枚を切り裂いている。
年齢からすれば高齢者同士の戦いだ。だがどう考えても、並の人間同士の戦いではない。ないのだが、それも当然だろう。なにせ老人の方、大剣を力強く振るって女性を攻め立てているこの人物こそが、『八刀の勇者』アルヴァロ・ピエトリなのだから。
「うっわ……なんだ、あれ」
「とてつもないな……何者だ、あれだけの魔力を湯水のように垂れ流しにするなど」
「すごーい……」
俺も、アンブロースも、リーアも、揃いも揃ってそのとんでもないレベルの戦いに目を奪われていた。特にアルヴァロと相対する女性の方、彼女がとんでもない。
アンブロースの話した通り、結界越しにでもその魔力の膨大さが分かる。先程から彼女は、第八位階、第九位階クラスの魔法をバンバン撃っているのだ。詠唱省略をしているにしてもこの威力。アルヴァロは的確に回避しているが、並の冒険者どころかA級の冒険者でも、下手をすれば一撃死しかねないだろう。
何者だ、一体誰が、そんなとんでもないことをやってのけているんだ。俺が疑問を抱くより先に、その女性が力強く声を張る。
「本気を出せと言うならくれてやる!! 山よ谷よ、全て震え崩れ落ちろ! 世界の全てを一と成し、無と帰す力、暗黒と破滅の時をここにもたらす!!」
「よかろう!! 聖なる裁き、大神の御力をここに顕す! 世界は遍く包まれ、全ての悪意は去り、一切の闇はこの時を以て拒絶される!!」
「げっ」
女性の詠唱に、それに呼応して行われたアルヴァロの詠唱に、俺は心臓が縮み上がった。文字通り縮み上がった。
第十位階の魔法だ。それも詠唱省略をしていない。結界が張られているとはいえ、第十位階の魔法同士のぶつかり合いとかしゃれにならない。実際にアンブロースとぶつけ合った俺自身がよく分かっている。
事実、隣の彼女が大慌てしていた。結界に背を向けるようにしながら身を低くして、頭を抱えている。
「ジュリオ、まずいぞ!」
「分かってる! リーア、こっち向け! ティルザは胸に抱えろ!」
「えっ何!?」
「チィッ!?」
俺ももう迷っている暇はない。彼女同様に頭を低くし、結界に背を向けるようにしてかがみ込んだ。リーアの腕も引っ張るようにしてかがませる。そしてリーアが困惑しながらもかがみ込んだ瞬間だ。
「万象一切を砕くその名を称えてひれ伏せ!! 地帝の平定!!」
「万象一切を覆うその名を称えてひれ伏せ!! 光帝の恩寵!!」
強烈な、強大な魔力が炸裂した。現象は背を向けているから分からないが、地面がガクガクと鳴動している上に視界が真っ白に染まっている辺り、強烈な光が放たれつつ地面が大きく揺れているのだろう。
それと同時に身体に叩きつけられる、とてつもない量の魔力。尻尾の付け根がビリビリとしびれている。下手をしたら尻尾がもがれてしまいそうだ。
「うわっ――」
「きゃ――!」
「くっ――!」
俺達三人があまりの威力に声を漏らし、身を固くする。そして光が収まり、地面の振動が収まる頃。風の吹く音とともに小さなうめき声が聞こえた。
「くっ……」
アルヴァロの声だ。負傷でもしたのか、苦しげな声を漏らしている。
後ろを振り向けないままに、俺は信じられない思いでいっぱいだった。アルヴァロ・ピエトリは現役を退いてもなお鍛錬を欠かさず、人間の中で最強に位置する人物だ。その彼が、膝をつくなど。
そしてその彼に膝をつかせた女性が、高らかに笑う。
「はははははは!! 遂に第十位階を完璧に使いこなす高みに達したか、アルヴァロ!! 私は嬉しいぞ、とうとう人間でそこまで辿り着くものが現れてくれた!!」
「何を言うか……結局、また負けてしまった……む?」
豪快な笑い声を発する女性に、苦しげな声でアルヴァロが返す。と、彼はどうやら俺達に気がついたらしい。結界が解除される音とともに、彼がこちらに声をかけてくる。
「そこで頭を抱えて震えている者。顔を上げなさい」
「……はいっ」
アルヴァロから声をかけられて、俺はすっくと立ち上がった。そしてすぐさまに振り返る。フェンリルの着ぐるみを身にまとっている状態だが、一目瞭然だろう。アルヴァロが目を見開く。
「ん……お主、ひょっとしてジュリオか?」
「はい。お久しぶりです、アルヴァロ先生」
彼の呼びかけに、俺は大きく頭を下げた。
何年ぶりだろう、アルヴァロとこうして言葉を交わすのは。「白き天剣」として旅立つ時には、俺に声はかけられなかった。だからそれよりも前に話したきりだ。
しかしそんな俺へと、彼は嬉しそうに笑顔を見せながらこちらに近寄ってくる。
「ほう、ほうほう、そうかそうか。久しぶりにその姿を見た。未だ命を保っているようで何よりじゃ。さ、楽にしなさい。そこの少女も」
「はーい」
「んんっ?」
俺が緊張を解き、同時にリーアとアンブロースが俺を挟むようにして立ち上がった時だ。アルヴァロの後ろから付いてきた女性が、小走りにこちらに駆け寄ってきた。
俺に、ではない。リーアに近づいて、その顔をまじまじと見つめている。
「ありがとうございます……あの、先生、早速で申し訳ないのですが」
アルヴァロに小さく頭を下げつつ、俺が視線を右隣に向けると。
「この方は、一体?」
俺が話を向けたその女性は、ティルザを腕に抱いたリーアの頬を、両手でむにっと挟みながら、ぐっと顔を近づけながら驚きに目を見開いていた。
「ひょっとして……えっ、ひょっとして」
「あう?」
「えっ」
リーアが気の抜けた返事を返すと同時に、アンブロースのあごが落ちた。
そして、次の瞬間。女性がリーアを思いっきり抱きすくめた。
「リーア!! リーアか!! 久しぶりだねぇ、あんなにちっちゃかったのに、大きくなって!!」
「う……え、え?」
抱かれたリーアは目を白黒させている。そしてその声にようやく思い出したのだろう。とんでもないことを言い出した。
「おばあちゃん!?」
「『おばあちゃん』!?」
その言葉に、すっとんきょうな声を発する俺だ。
リーアの祖母。つまりリーアの父、ルングマールの母。そして先程のとてつもない魔力と、アルヴァロを下すほどの戦闘力。
「……ま、まさか」
まさか。そんなまさか。
俺が零した言葉を拾い上げたアルヴァロが、ニッコリと笑みを見せる。
「うむ、お前も名前は聞いたことがあるだろう」
そして彼は、古くからの友人を紹介するような口調で、その名を告げたのだった。
「この女性こそ、先代魔王、神魔王ギュードリン殿だ」
「……はい??」
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