身動きも取れず、言葉も封じられたナタリアを抑え込んだイバンが、苦々しい表情で足元の勇者の金髪を見た。
そこから、視線がぐっと上に上がり。イバンの濃い茶色をした瞳が、俺の白銀の毛並みに包まれた顔を映す。
「で……ジュリオ。魔物化して、それでも冒険者を続けていることは別にいい。人化出来るなら魔物であろうと、冒険者として活動するのに何の問題もないしな」
「ああ」
彼の言葉にうなずきながら、俺はそっと尻尾を振った。自分でも答えが出ていることだが、先程の話の後だ。認めてもらえるのは有り難い。
ナタリアはああ言ったが、別に魔物が冒険者としてギルドに登録されることは、何一つ問題は無いのだ。人間と共存する意思を持ち、人間語の読み書きが出来ることが条件ではあるが、そうだからこそリーアもすんなり冒険者になれたのだから。
「だが、経緯は説明してくれるか? 何が起こって、お前が人間を辞めるに至ったのか、それは知りたい」
イバンの言葉に、ベニアミンとレティシアもこくりとうなずいた。確かに、そこの説明は必要だ。
俺は再び人化転身して、視線の高さを合わせながら説明を始めた。パーティーを解雇されたその直後にリーアと出会ったこと。力を分けてもらって着ぐるみを作ったこと。その日の夜、オルニのギルドでルングマールに出会ったこと。彼に認められ、「獣王の契」を交わして彼の一族に加わったこと。その際に、フェンリルとなる資格を得たこと。
「……とまあ、こんな感じで、『西の魔狼王』ルングマールから力を受け取って、俺はフェンリルになったわけだ」
「なんと……」
「オルネラ山にルングマールの一派が住んでいて、周辺住民といい関係を結んでいることは知っていたが……」
「フェンリルが……お酒を……」
俺の話を聞いて、三人ともが絶句していた。当然だろう、何しろこれらのことが、たった一日、いや一晩の間に行われたのだから。
さらに言うなら、パーティーを解雇される前日に、オルニの酒場で一緒に酒を飲み、冒険者ギルドで依頼達成の手続きや新規受注の手続きをしたのだ。その傍で「西の魔狼王」の一派が住んでいて、魔狼王本人が酒場に酒を飲みに来ているなど、思わないだろう。俺だって思わなかった。
表情を動かせないままで、しかしショックを受けている様子のナタリアに、リーアが魔狼の姿のままでそっと顔を寄せた。
「そういうこと。残念だったね勇者さま? 勇者さまがジュリオを手放したばっかりに、あたしが貰うことになって、ジュリオはフェンリルの力を手に入れたのよ」
「……!! ……!!」
「リーア、やめとけ。あんまりこいつを煽ってもしょうがない」
にんまりと笑いながらナタリアをからかうリーアに、ナタリアが自由にならない身体を僅かに震わせた。きっと、心の中は嵐のように大荒れだろう。ウルフごときにここまで言われて何も言い返せないのだから。
リーアをそっとなだめながら、俺もナタリアを見下ろす。その瞳はどうしたって、冷たい色を帯びた。
「だけどな、ナタリア。俺は人間を辞めこそしたけど冒険者だ。ブラマーニのギルドに置いてる籍はまだ有効だし、ヤコビニのギルドでパーティーも結成している。魔物扱いされて攻撃されたら、俺はお前を『内乱発生者』として告発しないとならなくなる」
そうして、開きっぱなしの口で文字通り土を噛んだナタリアへと、淡々と俺は事実を告げた。その言葉を聞いて、ナタリアの瞳から僅かに色が消える。
構成員同士の争いは、どの国の冒険者ギルドも固く禁じている。もし互いに剣を向け合うようなことがあったら、居合わせた全ての冒険者が殺さない範囲で全力を以て止めることを要求される。
今回のベニアミンとマリサの魔法行使も、全く、一つも、間違ったことはしていないのだ。
俺はしゃがみ込んで、ナタリアの顔を覗き込みながら言った。こちらをにらむ彼女の目を、まっすぐ見ながら。
「そうなったら、お前、いくら『勇者』だと言っても処罰は免れないぞ? 称号剥奪、降格、懲罰房行き……最悪、ギルド追放だってあり得るんだ。それは、お前だっていやだろ?」
「……」
俺の言葉に、ナタリアは返事を返せない。この状況になってもベニアミンの「捕縛」は解除される様子はなかった。彼の実力を疑うわけではないが、よくこれだけ維持を出来るものである。
「それにな」
「っ!?」
話しながら、俺は人化転身を一部解く。狼の獣人の姿になって、口をあんぐり開けた俺は、ナタリアの顔を、べろりと大きくなめ回した。
ナタリアの喉が、かすれた音を立てる。
「勘違いするなよ、俺はお前なんか、一齧りで殺せるんだ。お前が何百何千と斬ろうと、俺の毛一本も斬れないんだ。肝に銘じておけ」
「……!!」
俺の言葉に、ナタリアの喉の奥で、悲痛な音が漏れ出た。
叫びたいだろう、喚きたいだろう。しかしそれは、彼女の仲間が許してくれない。
涙を流し始めるナタリアの硬直した身体を、イバンがそっと抱き上げて、肩にかつぐ。
「もういいだろう、ナタリア……行くぞ。ジュリオ、邪魔したな」
「いいや、こっちこそ」
俺を止めるのでなく、ナタリアを止める。その辺りからも、彼女が何をしようとしたかが分かるだろう。
立ち上がって、苦笑を返す。そうしてイバンが顎をしゃくると、他の三人もジェミト森林の方に向かって歩き出した。
森の中に戻っていく間際。イバンが立ち止まって、小さく振り返る。
「最後に一つだけ教えてほしい……ジュリオ。お前は獄王を殺すのか、それとも守るのか?」
その言葉に、目を見張る俺だ。それを問われるとは、思ってもいなかった。
しかし、逆に言えば、ここではっきり言っておかなくてはならないだろう。俺は静かに、笑いながら告げる。
「言っただろ、俺は魔物である前に冒険者だ。冒険者として、イデオンの首を狙う。『白き天剣』や他の冒険者パーティーとは別に、な」
「……そうか」
俺の答えを聞いて、イバンが小さく笑みをこぼす。そうして再び前を向いた彼は、ジェミト森林の中へと消えていった。
彼らが立ち去っているのは、足音でもわかる。ようやく身体の力を抜き、人化転身したリーアが耳元を掻いた。
「思ってたより、ダメな人だったね、あの勇者さま」
「全くだ。ブラマーニ王国の者共も見る目がない」
「ふっ……」
アンブロースの言葉に、思わず苦笑が漏れる俺だ。本当に、アルヴァロ先生もブラマーニ王国の宰相たちも、人を見る目がないと思う。
とはいえ、実力はあるのだ、あんな勇者くずれでも。
「まあ、そうは言うけどな……あれでも剣の腕前は一流なんだぞ、光魔法も第七位階まで使えるし」
「へー」
「あんなのが……」
俺の説明に、はーっと息を吐くリーアとアンブロース。と、そこにまた土を踏む音が聞こえてきた。今度はピスコの村の方からだ。
「あ、あのぉ、魔狼王様?」
「んっ」
声をかけられ、目を向けると、そこにはピスコの村に常駐するギルド出張所の職員がいた。手には魔法印の捺された巻紙を携えている。
「あ、あぁ、ピスコの村の。何か?」
「はい、そのぉ、オルニの支部から伝書鷹が来ましてぇ……」
少し間延びのした口調で、冷や汗をかきながら巻紙を差し出す職員。
それを受け取り、ナイフで封を切ると。
そこには「『双子の狼』 Bランク昇格決定」の文字が、でかでかと記されていたのである。
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