「自分を……取り憑かせる?」
ちょうど同じ頃。ジュリオが同じ言葉を吐いているとは思いもしていないだろう「白き天剣」の面々は、グラツィアーノ帝国の北ニェッキ郡西部、アベッリの村の宿屋で、マリサを囲んで話を聞きながらその言葉を零していた。
今はマリサの過去の経歴を聞いているところだった。パーティーに彼女を加える際に軽く経歴は聞いているが、過去の細かい経験までは聞いていなかったのだ。
そして「夜明けの星」在籍時の話を聞いていた折に、『闇の奏者』ドロテーアと対峙した時の話に至ったのである。
「はい。皆さんはドロテーアがどうして、後虎院の一員でありながら魔物としてのランクがAランクと低いのだと、思ったことはありませんか?」
マリサが神妙な表情になりながら、仲間の四人へと問いかける。
『闇の奏者』ドロテーアは魔物としてのランクはAランク。SランクやXランクである他の後虎院の構成員と比べると、その力は大きく劣る。だからドロテーアを「倒す」ことに関しては、A級の冒険者パーティーでもそこまで難しくはないのだ。
ナタリアが腕組みしながら眉根を寄せる。
「まあ……そりゃあるわよ。後虎院は魔王の側近中の側近だもの。なのにAランクなんて雑魚もいいとこじゃない」
「ふふ、雑魚と言われてしまうとドロテーアも気分は良くないでしょうが、理由は二つあるのです」
彼女の言葉にマリサが小さく笑う。そして彼女は右手の指を二本立てながら話をし始めた。
「一つは魔物としての単体の戦闘力が実際にAランク程度であるため。もう一つは決して他の魔物と群れないためです」
「それは……さっき話したドロテーアの『秘術』のためか」
彼女の説明を聞いたイバンが、小さく首を傾げた。
魔物は基本的に集団で生活、行動するものだ。単独で行動するよりも複数体で行動するほうが死ににくいし、いざという時に互いに助け合うことが出来るからだ。後虎院などという重要なポストの場合は、余計に生き残ることが重要だ。
しかしドロテーアはそうしていない。常に単体で行動している。それには大きな理由が、彼女の修める「秘術」が関係している。
ベニアミンが眉間に触りながら言葉を零す。
「死霊術は冒険者ギルドが禁忌指定しているためか、あまり研究も進んでおりませんしね」
「はい……穢れた術だとして、人間で修めようとする方はいません」
彼の言葉に同意しながらレティシアも沈鬱な表情になった。
世の中には多くの魔法があるが、死霊術は闇の魔術の中でも穢れた術として、人間に大層嫌われているのだ。魔物でも、人間に友好的な者は修めようとしない。人間に敵対的な一部の魔物が狂気に溺れながら修めているくらいだ。
マリサがレティシアの方を見ながら、ゆっくりとうなずく。
「その通りです。ドロテーアはそれをいいことに、死霊術を極限まで極めました。そのおかげで彼女は『自分の魂を肉体から切り離す』ことが出来るのです」
そうして話された彼女の発言に、四人が四人とも目を大きく見開いた。
自分の魂を切り離すとは。それがすなわち、自身を他者に取り憑かせる、ということか。
「魔物が彼女と群れないのは、自分がドロテーアの魂の『受け皿』になることを防ぐためです。彼女の秘術は問答無用に自分の魂で『受け皿』の魂を塗りつぶし、自分と同一の存在へと作り変えてしまいます。彼女が不死身なのは生命力が膨大だからではありません、何度殺しても別の存在に取り憑いて、新しい自分に変えてしまうからなのです」
その説明に、イバンとベニアミンが震え上がった。ナタリアもレティシアも顔を青くして話を聞いている。
「それは……恐ろしいですね」
「気持ち悪い話ね……というか、マリサ達はそんなやつをどうやって殺したのよ?」
ベニアミンが怖気を感じながら言えば、ナタリアも腕を抱きながらマリサに問いかけた。そして彼女は、ゆるゆると首を振ってから口を開く。
「はい、ドロテーアの秘術にはただひとつ、自分の近くの存在にしか乗り移れないという弱点があるのです。なので私達……いえ、アルトゥーロさんが広範囲に魔法を発動させ、自分ごとドロテーアを殺し、取り憑いた相手ごとまとめて殺したのです」
マリサの言葉を聞いて、四人がひゅっと息を呑む音が部屋に響いた。
考えたくはない。考えたくないことではあるが、まさか。ナタリアが絶望の表情で口を開いた。
「自分……ごと……?」
「まさか、『夜明けの星』がほぼ全滅したのって……」
レティシアが顔面蒼白になりながら問いかければ、マリサは目を伏せながら、沈鬱な面持ちで告げた。
「はい、お察しの通りです。皆、アルトゥーロさんの魔法が引き起こした洞穴の落盤によって、命を落としました。私が生き残ったのは、皆からいくらか離れた場所にいたから、魔力の爆発によって吹き飛ばされ、落盤に巻き込まれなかったからに過ぎません」
そのあまりにも、あまりにも衝撃的な事実に、四人は文字通り言葉を失った。
そんな形であんな高レベルの冒険者が、軒並み命を落とすことになったなんて、悲しすぎるではないか。
「そんなことが……」
「なんてこと……」
イバンもベニアミンも、信じられないという表情でマリサの話を聞いていた。普段は冷静な彼らも、こんな話を聞いて冷静ではいられないようだ。
四人が、いや、マリサも含めた五人が言葉を発することも出来ないまま、沈黙が部屋を支配する。やがて、ぽつりとナタリアがうつむきながら言葉をこぼす。
「バカ……後虎院の一人じゃないのよ。そこで自分がまとめて死んでちゃ、魔王を倒せないじゃないのよ……」
その言葉に、四人ともが一緒にうなずいた。
後虎院の一人を倒せたからと言って、諸共に死んでしまってはそこで終わりなのだ。冒険者の最終目標は魔王を倒すこと、それを果たせなくなってしまっては意味がないのだ。
ナタリアの吐き出した言葉にうなずいたマリサが、ゆっくり立ち上がってナタリアの肩を叩く。
「なので私は、あまりドロテーア撃破を自分の実績として言いたくなかったのです。私はただ、皆についていっただけですから……」
「マリサ……」
悲しげな表情をして、それでもうっすらと微笑みを見せるマリサの顔を見上げながら、ナタリアが目に涙を浮かべた。
彼女がどれだけ、苦しくつらい思いをして、それでも冒険者を辞めずにあるき続けてきたのか。それがナタリアにも分かったかのようだった。
そしてマリサは微笑みを湛えながら、イバンに、レティシアに、ベニアミンに向き直る。
「でも私は幸運ですわ。こうしてまた、魔王撃破を目指せる仲間を得ることが出来たのですから」
その言葉に、三人ともが目を見開いて。感極まったようにナタリアが立ち上がった。マリサに抱きつきながら声を張り上げる。
「分かったわマリサ、一緒にイデオンを倒すため頑張るわよ! 私ももっともっと強くなるから!」
「頑張りましょうナタリアさん、私も貴女が強くなれるよう力を尽くしますわ!」
彼女を抱きとめ、抱き返しながらマリサは笑った。
そして笑顔を浮かべたまま、ナタリアの耳元でささやくように告げる。
「つきましては……手っ取り早く強くなりたくありませんこと?」
「……どういうこと?」
その声は、ほとんど誰にも聞かれず。ナタリアだけが耳にして、目を大きく見開かせたのであった。
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