「ギィィィッ!!」
「シャァッ!!」
雷が四方八方から飛ぶ。それと一緒にサンダービーストが飛び掛かってその爪牙を振るってくる。
それを受け止めるのは盾役の重装兵たちだ。自身の背後に治癒士や罠師をかばいながら、敵の攻撃をその身で防いでいく。
その守りの隙間から、弓使いが矢を射かけ、魔法使いが詠唱の短い第一位階の魔法を浴びせかける。そうして獣たちが身を引いたところに罠師が罠を仕掛けて動きを止める。
実に効率のいい、戦術的な戦いがそこで繰り広げられていた。それを指揮するのは、当然ルドヴィカである。
「後衛職は円陣の中心に集まって背中合わせになれ!! 前衛職はその周囲に配置、連中を近づけさせるな!! 魔法使いは雷避けの雷球を絶やさず回せ!!」
この指揮能力と、居合わせた他パーティーの戦力も的確に動かせるのが、彼女の大きな強みだ。元々はヤコビニ王国の近衛騎士団に所属していたという話だから、その能力の高さもうなずける。
サンダービーストたちの攻撃の第一波をしのいだところで、ルドヴィカの鳶色の瞳が俺達に向いた。
「ジュリオ君、リーア君、ジャコモ! S級の私がX級相当の君たちに指示を飛ばすのは非常に心苦しいが、従ってもらえるか!」
その、こちらの立場との差を考慮しながらも、力強いその言葉。俺はすぐさまうなずいた。拒否する理由はどこにもない。
「当然です!」
「言われた通りにするよー!」
「気にせず指示をくれ、なんだ!」
リーアもジャコモも、俺と共に彼女に指示を求める。その反応に口角を持ち上げながら、ルドヴィカの長剣の切っ先が集団の向こうに向いた。その剣の先から風がほとばしり、風弾となって地面に着弾する。
風が吹き荒れたそこには、集団から一人離れてアンブロースが座している。彼も彼で雷獣達を指揮しながら、幾筋もの雷をこちらに向かって飛ばして来ていた。
雷避けの雷球は絶やさずに展開されているが、アンブロースの雷一発を吸い寄せたビットは即座に爆発していた。通常のサンダービーストの雷を四発吸い寄せても爆ぜないのに、恐ろしい威力である。
「我々の陣営にとって、君たち三人の戦力は大変に貴重だ。Aランクの通常の雷獣どもなら私たちでも相手は出来るが、『雷獣王』は手に余る。ついては、突破口が開けたら早急に、君たちは『雷獣王』を抑えにかかってもらいたい」
「なるほどな」
『雷獣王』アンブロースを憎らし気にねめつけながら、ルドヴィカは俺達に言葉をかける。視線の先ではアンブロースが魔獣語で、前衛のサンダービーストへと鋭い声を投げていた。
「怯むな雷獣ども! 人間ごときに後れを取ることなど、ないということを見せつけてみろ!」
その言葉を受けて、攻撃の第二波が始まる。再び重装兵や戦士へと食らいついてくる獣達を、冒険者は必死になって抑え込んでいた。
前衛のサンダービーストの直接攻撃と、木の上にいるサンダービーストの放つ雷だけならまだ御しやすいが、そこに『雷獣王』の的確な指揮と、強力な雷の援護が加わる。戦況はギリギリだ。
「相手はこっちから距離を取って、雷獣をけしかけながら雷を飛ばして来ている……俺たちが抑えられれば、その両方を止められるからな」
「そうだ。彼奴の後方からの援護がないだけでも、だいぶ楽になる」
俺の発した事実確認に、ルドヴィカも頷きながら魔法を飛ばす。正直、彼女自身も指揮に徹しているわけにはいかない現状だ。
そうなれば、俺たちが働かないわけにはいかない。ここでX級クラスの三人が動き出せば、一発でひっくり返せるはずだ。
「了解! ジャコモさん、派手に行くぞ!」
「よっしゃ、うまく使ってくれよジュリオさん!」
「あたしも頑張るよー!」
俺とジャコモ、リーアの三人は一気に飛び出した。
リーアは戦士の多く配置した右手側へ、俺とジャコモはその逆側へ向かう。走りながら、俺はジャコモの肩をポンと叩いた。
「ジャコモさんは左手、重装兵のアレッシアさんの援護を頼む! 俺はその周辺を散らす!」
「あの盾持ちの女だな? 任せろっ、ガァァァッ!!」
「ギアァァァ!!」
彼が一言吠えながら飛び掛かれば、重装兵のアレッシア・ボゼッティに組み付いていたサンダービーストが一息に吹き飛ばされた。それと一緒になってその延長線上、数体のサンダービーストがまとめて風に吹き飛ばされていく。
フェンリルの得意とする風魔法、風牙だ。咆哮が突風を伴って、獣が牙で食らいつくように襲いかかる。もちろん、味方側と認識されているアレッシアにはなんのダメージもない。さすがだ。
後方では、リーアが目まぐるしい動きで跳び回りながら、前衛後衛お構いなしにサンダービースト達を殴り飛ばしていた。一足で木の枝まで跳び乗っては、そこに陣取る獣を叩き落している。
「ギュフッ……!」
「ジュリオー、あたしはこのままでいいんだよねー?」
「ああ、どんどん接近して、どんどん暴れてくれ!」
明るく朗らかに声をかけてくるリーアに言葉を返しながら、俺も前衛のサンダービースト達を蹴散らしていった。一発殴るだけで、Aランクのサンダービーストが面白いように吹っ飛ばされていく。
ある程度戦況がこちらに傾き、スペースも出来たところで、俺はほぼ両隣にいる戦士のロージー・マーニとモレノ・ガイアルドーニに、強く声を飛ばした。
「ロージーさん、モレノさん、広範囲に魔法いきます! 下がって!」
「わ、分かった! ロージー、すぐ引け!」
「えっ、うん!」
俺の言葉を受けて、二人の戦士がすぐさま後方に下がっていく。俺から数メートルは離れたことを確認してから、俺は両手を前に突き出した。
「黒き嵐よ、闇夜をもたらす鋭き波となれ! 岩雪崩!」
詠唱を二節省略して、発動するのは岩雪崩。広範囲に岩を召喚し、大質量で一気に押しつぶす、大地魔法の中でもかなり強力な魔法だ。本来なら、高位の魔法使いでないと習得できない魔法でもある。
本来だったらもっと詠唱が長く、発動には時間がかかる魔法なのだが、出現した岩の数も大きさも、詠唱を省略せずに発動した時とそう変わらない。サンダービースト達の逃げ場も最早なかった。
「ギッ――!」
「ギャァッ……!」
次々に岩に押しつぶされて絶命していく獣達。流れていく間の木々もへし折って倒していったから、この一撃で倒したサンダービーストは二桁に上るだろう。
数分にも満たない間に一気に戦況が覆った様に、ロージーとモレノが呆気に取られていた。
「嘘みたい、岩雪崩って大地魔法第七位階でしたよね!?」
「詠唱を二節省略して威力を下げてるはずなのにあんなだなんて、恐ろしいですね、X級ってのは!」
「ものの数手でこれだ、勢いはこちらにある。このまま押し切るぞ!」
驚き、恐れ、感動。色々な感情が綯い交ぜになる冒険者たちを、ルドヴィカがさらに鼓舞する。
対してアンブロースは、あっという間に味方が倒され、不利になったことに目を見張っていた。忌々しく言葉を吐きながら、俺をにらみつける。
「おのれら……!」
「ジュリオ君、あとの連中はこちらで抑え込める。『雷獣王』を!」
「よし!」
ルドヴィカの力強い言葉に、俺はうなずいた。方向転換してアンブロースに向き直れば、リーアとジャコモの二人に呼び掛ける。
「リーア、ジャコモさん! 道が開いた、行くぞ!」
「分かった!」
「はーい!」
すぐさま反応した二人が駆け出すとともに、俺も地面を強く蹴った。速度最大。一気に『雷獣王』アンブロースの顔が間近に迫る。
「なに――!?」
「うぉぉぉぉっ!!」
よもや俺に距離を詰められるとは思わなかったのだろう。驚愕に目を見開くアンブロースのその顔面を、俺は一息に殴り飛ばした。
アンブロースの巨体が宙に浮きあがる。浮いて、地面に叩きつけられ、何度も転がって、一本の巨木にぶつかって止まった。その巨木がみしり、と音を立てる。
その有り様に、ジャコモがあんぐりと大口を開けて驚いていた。
「ふっ……」
「お、おい、ジュリオさん、いきなりぶん殴って大丈夫か?」
「アンブロースさん、死んじゃった?」
突き出した拳を引き戻す俺に、困惑しながらジャコモとリーアが声をかける。
確かに、木にぶつかって倒れ伏したアンブロースは微動だにしない。生きてはいるが、ダメージは相当だろう。
困り顔の魔狼二人に、俺は軽く首を振る。
「死にやしないさ、Xランクの神獣だぞ」
「いや、でもなぁ……」
「ジュリオも、Xランクだもんね」
俺の言葉に、何とも言い難い表情のジャコモだ。
確かに、俺も魔物で考えればXランクの魔狼同様。同等同士で本気でぶん殴った形なのだ。万一が無いとも言えないわけで。
と、ようやくアンブロースは息を吹き返したらしい。ゆらりと立ち上がり、地面を踏んだ。
「ふ、ふ……」
「あっ、生きてた」
「おいアンブロース、お前まだやる気かよ。今のジュリオさんのパンチの威力、見ただろ」
ジャコモが戸惑いがちに声をかけた、次の瞬間だ。
アンブロースの全身から強大な雷光が放たれた。雷光に飲み込まれた背後の巨木が、一発で根元から消し炭になる。
「やるとも! こんな高揚感は久しぶりだ、人の身の中に魔狼のとてつもない力を宿しているだと!? おい貴様、本気で来い!! 俺も本気で相対してやる!!」
「え、ちょっ」
アンブロースの視線が向くのは、当然、俺だ。
俺との一対一での本気の戦いを欲している。それはもう、誰がどう見たって間違いない。止めようもない。
後方ではルドヴィカをはじめ、冒険者達が困惑する声も聞こえた。冷汗を垂らしながら、俺は傍らの二人にそっと声をかける。
「ジャコモさん、リーア。二人とも頼む」
「うん、なーに?」
「あぁ……」
短く返事を返してくる二人。俺はすぐさま、後方に向かって腕を振った。
「ルドヴィカさんたちをここから避難させてくれ!! 多分、この森はもうすぐ、ひどいことになる!!」
間違いなく、森は跡形もなくなる。降り注ぐ雷と未だ光を発し、こちらに全力でダッシュするアンブロースを見ながら、俺は確信していた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!