そうして冒険者たちが次々にエールのジョッキを開け、楽しい時間を過ごす中で。
俺はこそっと、リーアに耳打ちした。
「リーア、いいか」
「うん、なーに?」
にっこりと笑って、麦茶を飲んでいたリーアが俺の頭に顔を寄せる。
その姿を見て、俺たちの前でエールを飲んでいたルドヴィカが、不思議そうな顔をした。
「どうした、二人とも」
「うん、えーっとね」
ルドヴィカの問いかけに、リーアがちらと視線を送る。その間にも彼女に耳打ちする俺が、こくりとうなずいて。
そしてリーアの口から、俺の言いたいことが伝えられた。
「ジュリオ、またピスコボ森林に行きたいんだって」
「なに……?」
その言葉に、ルドヴィカも、一緒のテーブルで飲んでいたフランコとジョズエも目を見開いた。
ピスコボ森林には、もはや今は何もない。サンダービーストもほとんどが倒され、当然ながらアンブロースは俺の従魔としてオルニの町にいる。残っているものがあるとしたら、せいぜい俺とアンブロースの激突で生じた魔力くらいだ。
フランコとジョズエが、そろって首を傾げながら俺を見る。
「どうしたんだジュリオ、忘れ物でもしたのか」
「サンダービーストの死骸は全部片づけて、素材も回収したよな?」
「あ、んっと、そうじゃなくてね……ジュリオ、なんだっけ」
説明の仕方に悩んだらしいリーアが、俺の方をちらと見る。小さくため息をつきながら、俺は口を開いた。みんな酒がだいぶ入っているから、俺が魔獣語で話していてもそんな気にしないだろう。
「……植林の、手伝いに行きたいんだ」
「うん、そうそう、植林!」
俺の言葉を聞き取ったリーアが、ぽんと手を打った。
それを聞いたルドヴィカが、フランコと顔を見合わせる。
「植林……ピスコボ森林のか?」
「確かに、ジュリオとアンブロースの激突で、森は酷い有り様だが……」
そう、ピスコボ森林は結局、とてつもないままの状態でピスコの村に引き渡して来てしまったのだ。
敷地の半分以上の木がなぎ倒されて砕かれて、地面は完全に焼け焦げ、サンダービーストの血が染み込みまくった地獄のような有り様だ。そこから植林をするにしても、村の人たちだけでは大変だろう。そう考えた俺は、植林の手伝いに行こうと思ったのだ。
「俺が、あんなになるまでやったんだ。責任がないとは言えない」
「うん、ジュリオ、森の現状に責任を感じてるんだって。だから、お手伝いに行きたいの」
リーアが翻訳した俺の言葉に、もう一度ルドヴィカとフランコ、ジョズエが顔を見合わせる。そのままこそこそと、小声で相談をし始めた。
「ルドヴィカ、確か『双子の狼』は……」
「ああ、まだ昇進の判定が下っていない。本来なら、判定が下るまでオルニの町を離れるべきではないが……」
その言葉を敏感に聞き取りながら、俺は肩をすくめた。
依頼達成後にパーティーのランクや冒険者のランクが上がる際には、昇進判定という会議が行われる。冒険者ギルドのスタッフで、その冒険者やパーティーがランクを上げるに相応しいかを議論するのだが、大抵一日か二日はかかるのだ。
その間、なるべくギルド支部のある町から離れない、というのが慣習になっている。本当ならピスコの村に行くのも避けた方がいいものだ。
しかし、ルドヴィカは俺に向き直り、にこりと笑った。
「気にするな、行ってくるといい。どの道、君たちのパーティーなら判定会議も紛糾するだろう。もしピスコボ森林にいる間に判定が下ったら、伝書鷹を飛ばす」
「ありがとう、ルドヴィカさん」
「ありがとう」
彼女に礼を述べた俺達は、早速酒場のテーブルから離れてギルドの入り口の扉に手をかけた。ちょうど入り口付近にいたアーシアが、キョトンとした顔をする。
「あれ、ジュリオさんにリーアちゃん、お出かけですか?」
「うん、ちょっとお仕事の後始末に行ってくるね!」
元気いっぱいにリーアが告げると、こちらに苦笑を返すアーシアだ。後始末と言われては、ギルドとしても止めようがない。
「分かりました、あんまり遅くならないようにしてくださいね!」
「はーい!」
元気のいいリーアの返事と一緒に、俺もぺこりと頭を下げる。そうして建物の外に出た俺とリーアは、すぐさまギルド横の獣舎に向かった。
はたして、そこではアンブロースがわらの敷かれた上に寝そべっている。
「アンブロース」
「ん……なんだ。出るのか」
ここなら、もう魔獣語で話すことを咎められもしない。声をかければ、眠っていたらしいアンブロースが俺を見上げる。
彼がゆっくりと身を起こすのを待って、俺はその黄金と山吹色の毛並みを撫でた。
「ああ、ピスコボ森林の、植林に行こうと思う」
「ああ……なるほど、道理だ。随分薙ぎ払ってしまったからな」
そう話しながら、ごきりと首を鳴らすアンブロースだ。彼の体格でも余裕のある獣舎だが、随分身体が固まっていたらしい。
「了解だ、私も出よう」
「ああ……ん、え、私?」
そして、獣舎の外に歩み出すアンブロースが、さらりと「私」と話したことに、俺は目を見開いた。
おかしい、今までずっと、一人称は「俺」だったはずなのに。
驚きを露わにする俺に、アンブロースはあきれ顔で見下ろしてくる。
「なんだ、私が常から、自分のことを『俺』というような女だと思っていたのか、盟友よ」
「え゛っ、は!?」
その物言いに、俺は今度こそすっとんきょうな声を上げた。無論、魔獣語のままで。
女。アンブロースが。
そのまま叫び出しそうになる俺の口を、リーアがぐっと押さえる。
「ジュリオ、抑えて抑えて。ここで魔獣語で叫んだら迷惑だから、ね?」
「むぐっ」
彼女の言葉を受けて、すぐさま口をつぐむ俺だ。
アンブロース、オスではなかったのか、なんてこった。今までずっとオスだと思っていた。
「……メスだったのか?」
「いかにも。人間どもはよく勘違いしてくるがな。おかげで『雷獣王』などと、オスのような呼称をつけられてしまった」
そう話しながら、アンブロースは自分のステータスを表示する。
彼……いや、彼女の前に現れたウインドウには、こう記されていた。
=====
アンブロース(従魔)
年齢:43
種族:雷獣/雷獣女王
性別:女
レベル:243
HP:49580/71200
MP:18090/26800
ATK:21570(+3750)
DEF:13960
STR:18737(+3750)(+1500)
VIT:23051(+6150)
DEX:7636(+1540)
AGI:21849(+5775)
INT:15294(+6070)(+1000)
RES:15632(+5320)
LUK:8033(+2950)
スキル:
魔獣語5、魔獣親和5、精霊親和5、神霊親和5、風魔法10、光魔法10、雷獣の槍、雷獣の矢、獣爪、獣牙、小獣転身、雷化転身、魔物鑑定3
=====
俺は目が飛び出るかと思った。
そのステータスの高さもそうだが、なるほど、確かに性別は女だ。種族欄にも「雷獣王」ではなく「雷獣女王」と書かれている。
一体何がどうなって、彼女が「雷獣王」と呼ばれることに至ったのか、過去のピスコの村の人を小一時間問い詰めたい。
呆気に取られる俺を差し置いて、アンブロースがくいと顎をしゃくった。
「さあ、そんな話はどうでもいいのだ、行くぞ、二人とも」
「うん。さ、行こうジュリオ」
「あ、ああ……」
さっさとギルドの前の道に立ち、オルニの町の外へと歩き出すリーアとアンブロース。俺もその後に続こうとして、はたと気が付いた。
アンブロースはともかくとして、リーアが狼の姿に戻っているのだ。
「って、待て待て、リーア、狼になって行くのか!? 俺は!?」
「大丈夫、ジュリオも人化転身を解除すれば狼になれるでしょ?」
「以降は、魔狼転身を使わずとも魔狼の姿にはなれるぞ、貴様は。なにしろ本来の肉体がそちらなのだからな」
思わず大声を出す俺に、首をこちらに向けながら何でもないようにリーアが言う。アンブロースも何をいわんやという顔だ。
確かに、そうだが。俺はもう人間ではなく魔狼だが。人化転身を解いたら魔狼転身を使わなくても狼の姿になるだなんて、誰が気が付くというのか。
「そういうことか……はぁ」
「なんだ、名実ともに神獣になったというのに、そんなに不満か?」
「いいのにねー、神獣の身体も」
諦め顔で人化転身を解き、リーアと同じく狼の姿になりながらため息をつく俺に、リーアとアンブロースがおかしそうに笑う。
こうして、魔獣三頭と化した俺たちは、足並みをそろえてピスコの村へと向かうのだった。
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