シアさんに肩を貸して歩く道すがら、彼女のことを少しだけ聞かせてもらった。貴族の家に生まれたこと、五歳から実家が没落しだして今では貧乏なこと、家族を養うために聖職者になったこと。
「一緒の隊にいればいつかバレることですわ」
そう付け加えてはいたけれど、少しは信用してもらえたということなのかなと、そう捉えておこうと思う。ついでに個人的な疑問もひとつ解決した。
「そのいろんな口調が混ざった感じって、シアさんの人生が凝縮されてたんですね」
「ななななんのことでしょうか! 幼少の折には一流の家庭教師から礼儀作法の手ほどきを受けておりましてよ!?」
おそらくそれは五歳までの話だ。そして今が十五歳で、粗暴で俗っぽいギルド員たちと共同でダンジョンに挑むことも多い祓魔隊員の身。この十年、彼女は貴公子の集う社交界から益荒男の酒場までを経験してきたわけで。
そんな事情が口調に現れていたことが伺える。
「フィーネだって農村の出身ですよ? そんなにかしこまらなくても気にしませんよ」
「そういうわけにはいきませんの! あの方はなんというかこう、体の奥底から気品と高貴さが滲み出しているのですから!」
「そ、そうですか……」
シアさんからはそういうふうに見えているらしい。
「あなたはどうもフィーネ様への『敬意』というものが足りません! いい機会ですしフィーネ様のご活躍を頭に叩き込みなさい! まずは聖職者の選抜において……」
俺からすれば、フィーネから滲み出すものといえば凍れる夜の惨劇……と考えかけて、さすがに気の毒になってやめた。目をキラキラさせながらかつてのフィーネの活躍を語るシアさんには、それこそ一生知らなくてよいことだろうし。
「そして忘れもしない一年前、魔導国家リードに使者として赴いた折など圧倒的な聖輝力で……」
そうして店が見えようかというところで、俺たちを呼ぶ大きな声がした。フィーネの声だ。
「ユーくん! シアさん!!」
「あ、フィ……」
「フィーネ様ああああああああああああああああああああああああ!!!」
横からもっと大きい声がした。悲鳴を聞いて駆けつけた時と同じかそれ以上の速さで、赤い小さな背中が走り去っていく。
瞬きふたつした頃にはフィーネがシアさんの両手を握っていた。二人の周りでは武装した祓魔隊の面々が面食らったように立ち尽くしているし、フィーネは手を握りながらもシアさんの体をあちこち見回しているし。なかなか珍しい光景だ。
「お店の方が知らせてくださって心配したんですよ! 妙な大男が暴れて、たくさんの方が亡くなっていて、そんな相手に二人だけで向かっていったと聞いて慌てて……!」
「フィーネ様あああああああああああああああああああああああああ!!!」
「お怪我はありませんか!? 頭はぶつけていませんか!? 湿布いりますか!?」
「なんてお優しい! フィーネ様のお言葉があればシアは魔族だって叩きのめしてみせますわ!! フィーネ様フィーネ様あああああああああああああああああああああああああああ!!」
「やっぱり頭を打って……いえ、こういう方でした! お元気そうで本当によかった……!」
「フィーネ様ぁ……!!」
会話が成り立っていない気がするが、お互い幸せそうだからよしとしよう。俺も無事くらいは報告しておこうと思う。
「フィーネ、ただいま」
「ユーくん、お疲れ様です」
「ああ」
笑顔を向けてくるフィーネに短く返す。
特に多くを語りはしない。敵と出会って、戦って、生きて帰ってきた。それが全てだから。
「さてシアさん、彼はいかがでしたか?」
ひとしきり喜んだあと、傷の手当を受けるシアさんにフィーネは笑顔で切り出した。
「いかが、とは?」
「テストの話です!」
「……あーーー」
シアさんが右上で目を泳がせている。たぶん忘れていたなこの人。今日を使って、俺がフィーネの護衛にふさわしいかテストするという話を。
「祓魔までは予定外でしたが、それでもテストにはなりますよね?」
「えー、あー、はい、そうですわね、ええ。もちろん採点のためにですね、えっと、常に目を光らせておりましたとも、ギンギラギンでしたとも、はい」
相変わらず嘘をつけない人である。そんなシアさんにフィーネは変わらずグイグイいっている。
「理想の護衛っていうのは、主人に知られる前に危険を取り除くんでしたよね?」
「ええ、その、そうとも言いますわね」
「もちろん強さも重要なんですよね?」
「それはもちろん、そうですともなのですわざます」
冷や汗がすごい。なんだその語尾。
シアさんとしては、俺に難癖をつけて隊から追い出したかった部分もあるのだろうが。嘘をつけない素直な性格がそれを阻んでいるのだろうか。しばらく目を上下前後左右手前奥に泳がせたあと、ぎゅっと目を閉じて、言った。
「及第ということにしておいてあげます!」
俺とフィーネは、黙って手を打ち合った。
「ところでフィーネ様、あの男はいったい何者ですの?」
街の衛兵から事情聴取があるとかでユーくんが席を立った後。シアさんと二人きりになったところで、彼女はそう尋ねてきた。
「ユーくんでしたら、幼馴染ですが……?」
「いえ、そういうことではなくて」
「小さい頃はいっしょにお風呂にも入った仲です」
「なんてうらやま……いえ、そういうことでもなくて」
ずいぶん詳しく聞いてくる。でも、お風呂よりも先のお話というと……。
「こ、これ以上はちょっとシアさんでも言うわけには」
「待ってくださいませ。なんですのその反応は」
「あ、あーかいお屋根のフィリップスしょうかーい」
歌ってごまかした。
「ぐぬぬ。その方面は機会をみてじっくりと伺うとして……。シアが聞きたいのは、彼の力量についてです。どういうことですの」
「どういうことって?」
だいたい分かっているけれど、あえて聞き返してみる。
「シアの棍輝力は九五〇ですのよ!? そんじょそこらの男なら相手にもならないはずなのに、それをあの男は完全に見切りましたの! ありえませんわ!」
「ふっふーん。何しろ、私の幼馴染ですからね!」
私が村を出る日。ユーくんは「まだ途中だけど」と言って修行の成果を見せてくれた。その時は、都会に行けばもっとすごい人がいっぱいいるんだろうね、なんて二人で話したりもしたけれど。
実際に世間を見た私は、それがとんでもない勘違いだったと気がついた。
「そんなことが……」
「ユーくんって、今は刀輝力どのくらいなんでしょう? 私もまだ聞けてなくて」
「それについてなんですが」
「はい?」
にわかには信じがたいことですが、と前置きしてシアさんは言った。
「あの男、どうやら輝力を測定したことが一度もないようで」
「えっ」
「ギルドでは下っ端だから測らせてもらえなかったと」
そういうものなのか。ギルドって意外と厳しい。
「で、でもギルドにいたんなら自分がどのくらい強いかくらい……」
「大まかには理解しているようでしたが、どうやら本人は並以下くらいに思っているようです。その理由が……いや、まさかとは思うのですが」
「なんですか?」
「武器が光らないから、と」
「……???」
シアさんによると。
ユーくんは『輝力』というからには高めていけば聖輝力のように剣や槍がピカピカ輝くようになるものと勘違いしているフシがあるという。
剣輝力なんかは、測定する時に測定用の魔道具が光るからそう呼ばれるだけなのだが。
「い、いやいやまさかそんな」
「ですからシアもまさかとは思っているのですが……。自分は武器が光ったことがないから、輝力がとても低いのだと信じているととれる発言がチラホラと……」
「……あるんです?」
「……あるんですの」
機会を見てそれとなく確認しておこう。
◆◆◆
「というつもりでしたが……」
どうせ一緒に寝るならその時に聞けばいいと思っていた。なのに。
「あんな危険な生き物が出たんだから、今夜は警戒しないと」
って言ってドア前でガードしようとしてて、そこから寝室内に入ってもらうのにまずひと悶着。
そこからその、誰かが「命の危険を感じると子孫を残そうとする本能が働く」と言っていたのは本当だったのかもしませんが。なんやかんや、その、ありまして。
「……寝顔になるとかわいいんですよね」
隣で寝息を立てている年上の幼馴染の前髪をかきあげる。シアさんが渋顔で教えてくれたところだと、女の子を担いで必死に走って、一人でまた戻ってきたのだという。ユーくんらしいといえばらしいし、怖かったのひと言も言わないのも昔から変わらないけれど。
「それでも、やっぱり疲れてたんですね」
ぐっすりと深い眠りが、彼の今日のがんばりを現していた。
これでも殺気のひとつを感じれば飛び起きるのだろう。そんなことにならず、朝までゆっくり眠ってくれるのを願うばかり。
だから、耐えろ私。耐えろ。
「朝まで、朝までの辛抱です……! うぅ、猪の頭を縫い付けた死体……首を落としても走る死体……」
そんなものを聞かされた夜に、私がひとりでお手洗いに行けるわけもなく。
かといって命をかけて戦ったユーリを叩き起こしてついてきてもらうことなんてできるはずもなく。シアさんなら……と思ったけれど彼女もユーくん以上に疲れ切って眠っているだろうし。
「二人ともがんばりましたね……だから私もがんば……うぅぅ……」
私はひとり、私だけの戦いを続けるのだった。
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