追放された下っぱ冒険者、幼馴染な聖女さまの添い寝係に抜擢される

~オバケとか超苦手だから私が寝るまで傍にいて~
黄波戸井ショウリ@添い寝聖女
黄波戸井ショウリ@添い寝聖女

第1話 『あなたのお顔を叩いて潰して腸詰めの燻製にしてブタさんにご馳走したい』

公開日時: 2020年11月10日(火) 21:03
更新日時: 2020年12月24日(木) 19:26
文字数:2,914

「そのイカ臭い脳髄液をォォォォ!! ブチまけろやああああああああ!!!」


 交易都市『エルバ』。


 先のダンジョンから、首都――フィーネの勤める聖堂も建つ目的地だ――までの途上にある、交易と情報の街に俺たちは逗留していた。どうやらフィーネに急な仕事が入ったとかで予定を変更して数日の滞在になるらしい。


 俺たちの住む国はスリーニア君主国という。


 多数の小国・少数民族を軍事力で取り込み、百年ほど前に一気に領土を広げた多民族国家だ。


 そのスリーニアと国境を接するのが西の魔導国家リードと南の青海連合アズュール。これらを行き来する街道の交差点であるこの街は、異国情緒あふれる独特の文化と、警備隊による治安の良さを背景にした清潔で安全な町並みを誇る。


 そんなエルバの中心街のほど近く。焼き立てスフレをフィーネも絶賛する快適な宿屋に俺、ユーリ・カタギリは宿泊していた。柔らかいベッド、時間は朝、天気は快晴。


「逃げるなああああ!! 罪から逃げるなァァァァアアアアア!!!」


 そんな爽やかな寝起きに俺は命を狙われている。ギルドの刺客からではない。


 フィーネ祓魔隊のメンバーである赤髪の少女、シア・ルミノールが寝込みの俺に殴りかかってきたのだ。俺が祓魔隊に加わった日にハンカチを捕食しながらにらみつけてきたあの娘である。


 振り回す得物は杖、いや棍か。剣のような切れ味はないが、リーチの長さと鋭い軌道は人間の頭蓋骨を容易に破壊しうる威力を持つ。眼前を掠めた先端には聖なる文句が刻まれた金属があしらわれており、殺傷力を高めていると同時に聖職者用のものであることが伺える。


 それにしてもこんな小さく華奢な、背丈など俺の肩ほどもないような少女の攻撃がこんなにも速く見えるとは。ギルドの先輩たちをのしていい気になっていたが、どうやら俺の輝力もまだまだということらしい。


「これが凄腕の使い手か……。棍輝力はいくつくらいで?」


「えっ、凄腕? ホント?」


「本職の棍使いを見るのは初めてですが、少なくとも『獅子の鬣』ギルドでも並ぶもののない強さかと」


「あ、あなた意外とお話の分かる方なのでは……? でもそんなに褒めてなんも出な……何も出ませんのことよ!」


 手が止まった。話せば分かる人のようでよかった。襲いかかってきた理由は分からないが、ここは大人として穏便にいこう。


「シアさん、でしたよね。最初にご挨拶したっきりでしたが、フィーネの祓魔隊となればやっぱり所属している人も強者ばか……」


「フィ……」


「フィ?」


「フィーネ様を!! 呼び捨てにしてんじゃねえですわァァァァァァァ!!!」


 前言撤回。地雷の場所が読めない。


「シアがこんなに就きたくても就けなかった護衛の任に! なんで! なんで!! 納得いきませんわ!!!」


「そんなことを言われても!」


「ああ、お逃げにならないで! あなたのお顔を叩いて潰して腸詰めの燻製にしてブタさんにご馳走したいだけなんですの!!」


「すごい手間暇だ!」


 振り回される棍は次第に加速していく。まだかわし続けることもできるが、困ったことにここは宿屋。あまり暴れると宿にも他の利用者にも迷惑がかかってしまう。


 仕方ない。


「すみませんが、俺は腸詰めになるわけにはいきませんし、お話は座ってするものです」


 どこまでできるか分からないが、やるしかない。


 俺は部屋に置いてあったモップを手にしてシアさんと対峙した。


「へえ、モップでこのシア・ルミノールとやろうとおっしゃる? モップ輝力はおいくつかしら?」


「それが都会のジョークなんですね。覚えました」


 俺はシアさんに正眼に構えてモップの柄を握りしめる。


「いちいち物言いが神経を逆向きに撫でくり回してきますわね! 素手だからと思って手加減してましたが、その薄汚い下賤な道具を手にしたなら遠慮しねえ……しないですわよ!」


「モップ製造業の皆さんにあとで謝った方がいいですね」


「全国のモップ屋さんごめんなさい! 行きますわよ!!」


 来る。


 シアさんが腰を落とした構えをとる。棍を使う相手との戦闘は初めてだから次の行動は読めない。果たして俺の力で対処できるか分からないが、初見の相手だから負けましたではフィーネの護衛など務まるまい。


「食らいなさい、私の棍輝力はきゅう……」


「ユーくーん? 騒がしいですけどどうしましたー?」


 シアさんが踏み切る直前。部屋のドアが開いてフィーネが入ってきた。


 危ない。フィーネが巻き込まれる。俺が盾に――。


「おはようございますフィーネ様。本日も大変お麗しゅう」


「……カーツィって本当にやるんだ」


 カーツィ、というものを俺は知識だけで知っている。貴族の女性が挨拶の時にする、あのスカートを持ち上げて頭を下げるお辞儀のことだ。


 さっきまで殺気を放っていたシアさんがスカートをつまみ足を交差する。フィーネに向かって小さく頭を下げたそれは、素人の俺から見ても流麗で美しいカーツィだった。


「はい、シアさんおはようございます。あれ? なんでユーくんの部屋に?」


 当然の疑問を口にしながら、フィーネは部屋を見回す。シアさんの猛攻でベッドは乱れ、着替えは散らばり、空中にはまだ枕の羽が舞っている。


 部屋に男女ふたり。乱れたベッド。散らばった衣服。それの意味するところは。


「……ユーくん」


「なんだフィーネ」


「いくらなんでも節操がないと思います!」


「違う、そうじゃない」


 フィーネが顔を少し赤くしながら訴えてくるが、何か大いなる勘違いをされている気がする。シアさんは……たぶんよく分かっていないようで首を傾げている。


「シアさんにはなんというか、寝込みを襲われて取っ組み合いをしていただけなんだ」


「私知ってますよ! パパとママが『取っ組み合いをしてた』って言った時に何をしてたのか!」


「アルバス家の夜事情までは存じ上げないけども!」


「それにシアさんが訳もなく人を襲うわけありません!」


「……うん?」


 イカ臭い脳髄液をブチまけろ、なんて語彙が出てくる人物だから生粋の狂戦士ベルセルクなのかとばかり。フィーネもお世辞で言っているわけではないようで、真剣な眼差しからはシアさんへの深い信頼が伺える。


 フィーネの向こうではシアさんが自慢気にあまり無い胸を張っていた。


「シアさんは高貴な生まれの小さな体で祓魔隊のお仕事についてくる、努力家で勤勉な、裏表のない素敵な方です!」


 フィーネの向こうではシアさんがテレテレと身を捩っている。


「そんなシアさんが卑劣にも人の寝込みを襲うなんて、そんなわけがありません! ですよねシアさん!」


「えっ、あっ」


 不意に話を振られたシアさんの声が上ずる。人間の視線が左上を泳ぐのは嘘を考えている証拠だ、と聞いたことがあるが。シアさんの目もしっかり左上をスイスイしている。


「どうしたんですかシアさん! 汚い言葉も使わない、人の命を何よりも大切に思う、貴方はそんな女性ですよね!」


「あー、えー、それはなんといいますかー」


「聖女フィーネは、貴方のように嘘偽りのない方を祓魔隊に迎えられたことを誇りに思っています!」


 冷や汗がすごい。窓から差し込む朝日に輝く、シアさんの冷や汗の量がすごい。数秒の間汗を流したあと、シアさんは耐えかねたように口を開いた。


「……す」


「す?」


「ずみまぜんでじだーーーー!!


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