通りからの視線が届かない場所に入った瞬間、俺の周りを五人の男が取り囲んだ。フードで顔を隠してはいるが誰が誰だかひと目で分かる。
「お元気そうですね、キンメル先輩」
「げっ、なんで分かった!?」
「そりゃ動きの癖とか背格好で……」
フードを脱いで現れたのは、この三年間で文字通り親の顔より見た顔。ギルド『獅子の鬣』の先輩で、団長のご機嫌取りのために俺を殺そうとしたキンメルだった。
初対面ならともかく、これだけ見知った間柄なら動きの癖ですぐに分かるだろうになんでフードなんて被ったのか。
「それよりユーリ、お前なんで聖女様と歩いてんだ……?」
「幼馴染でしてね。彼女の護衛係に任命されました」
「なっ!? てめぇ、そんな勝手が許されると思ってんのか!?」
汚らしくツバを飛ばしながら、喧嘩っ早く抜いた剣の切っ先をこちらに向けてくる。
勝手とは。
「そんな話をもらったら、まずは『自分なんかよりも』って先輩を推すのが常識だろうが!」
「常識ですか」
「だいいちギルド長の許しもなしに仕事を変えるなんて、俺はどうかと思うね!」
「はあ」
その後も何やら叫んでいるが、まあ似たようなことばかりなので聞き流す。これで分かった。先輩がずっと常識だの社会だのというので田舎から出てきたばかりの俺は素直に聞いていたけれど。
自分の都合を押し付けるための、便利な方便として使っていただけだ。
「先輩がどうかと思うことが、俺が仕事を変えることと一体なんの関係があるんですか?」
「んなっ……」
「それより雇い主を待たせてるんですよ。用件があるなら早くしてくれませんか」
俺の質問への答えはこれだとばかりに、先輩以外の面子も剣を抜いた。
「用件なら決まってる。死んでるはずのお前がこんなとこにいちゃ困るから来たんだよ」
「でしょうね。これがありますから」
薄汚れた板切れを取り出して先輩に見せる。もともと歪んでいた先輩の顔がさらに醜く歪んだ。
「ぐっ……」
『自分の生還に全財産を賭ける』。
先輩に麻痺毒を打たれた俺は、そのベットでギャンブルに参加した。ギャンブルの内容は『悪霊ひしめくダンジョンの真ん中に放置された俺が、死ぬまでにどれだけ出口に近づけるか』。俺以外に生還に賭けた人はいないだろうから俺の一人勝ちになる。
そして向こうは俺が本当に生還するだなんて思っていなかったわけだから、渡された証文はこの上なくお粗末なものだった。
この証文、『いつの時点の全財産か』が決まっていない。
日付すら書いておらず『ユーリの全財産』としか書かれていないのだ。これなら取り立てた時点の全財産が適用されるから、俺が稼げば稼ぐだけ他の参加者から取れる金も膨らんでいく。その相手には当然ギルド長だって含まれる。
もちろん、期限だってナシだ。
「俺が生きている限りいくら払うことになるか分かったもんじゃないですからね。もし出世して一財産築いたりしようものならギルド長以下幹部たちはそろってご破産。そんな証文が存在していることがギルド長に知れれば、あんたは破滅だ」
だから俺を生かしてギルドに帰すわけにはいかない。その前に殺して墓場の、おそらくは団長が賭けた地点に捨ててくる。そうしてギルド長の接待を完了させて覚えをめでたくするのがこの襲撃の目的だ。
「分かりきったことを講釈してんじゃねえよ。だからこうして消しに来たんだろうが! ここにいるのは全員が剣輝力五十以上、素人が勝てる相手じゃねえ!」
先輩が剣を構え、突き出す。それに合わせて周りの男たちも剣を俺に向かって突き出した。輝力五十といえばそれで食っていける一人前相当の実力を示す数値だが。
「……常識だ、分かりきったことだ、という話をするのなら」
「は?」
先輩が間の抜けた声を出す。自分の握っていた剣がいつの間にか俺の手に渡っていたからだろう。
「ユーリ、お前、なんで、そんなに速……」
「ただの素人で鍛えてもいない人間が、五人分の荷物を担げると思いますか? 三日ぶんの杭打ちを一日で終わらせられると思いますか?」
「え? え?」
構える。
これは本当は刀の技。独学で刀を覚えた俺が、家に伝わる話を元に再現した技。この直剣で完璧に決まるかは分からないけれど見せておくのは損じゃない。
「――<紫電一閃>」
踏み込み前進しながら安っぽい剣を横一文字に振り切る。残り四人の剣が弾け飛び、うち二本は根本からへし折れた。
衝撃で四人が悶絶する中、腰を抜かしたキンメルはずりずりと後退しながら口をパクパクしている。
「なんで、そんな、いや……」
「何より何の力もない若造が、幼馴染というだけで国の英雄たる聖女様の護衛を任される。そんなことがあると思いますか? 常識的に考えて」
「……ないかも!!」
「そういうことです」
先輩に剣の切っ先を突きつけると、腰が抜けたのかその場にへたりこんだ。しばらくは立ち上がれないだろう。
「お、お前、いったい輝力はいくつなんだ……?」
「さあ?」
「さあ、って……」
「測らせてくれなかったじゃないですか……」
測定なんて百年早いだのなんだのと言われてギルドでは一度も測らせてもらえなかった。俺の力量を知っているのは修行の様子を知っている故郷の人間のみ、つまり村の外ではフィーネだけだ。
「では、雇い主のところに戻ります。けっこういい給料が出ますから、証文を奪うなら早くした方がいいですよ?」
「と、取り返しに来るって分かってるならなんで俺たちを殺さない!?」
地面にへばりついた格好にしては威勢よく聞いてくるが、そんな理由など分かりきっている。
「だっていくら身を守るためでも、人を殺せば経歴にキズがつくじゃないですか。それは困ります。
俺は、社会人なので」
◆◆◆
刃こぼれした先輩の剣を捨て……るのは危ないので手近な金物屋に売り払い、フィーネの元へ戻る。俺の姿を見ると、祓魔隊の前だからだろう、フィーネはやけにゆっくりと堂々とした態度で俺を出迎えた。
「ユーリ、戻りましたか。あなたについての説明は済んでいますよ」
そう言って指し示す先には祓魔隊の面々。ある者は尊敬の眼差しを向けてくるし、ある者は手を剣に添えて挑戦的な目をしている。端っこでハンカチをギリギリ噛んで……違う、食いちぎってる。ハンカチを食いちぎりながら睨みつけてきている赤髪の女の子はなんなんだ。
一体どんな説明をしたのか分からないが、とりあえず俺のやることはひとつ。
「本日より聖女フィーネの護衛を務める、ユーリ=カタギリです。何も知らぬ若造ですが、どうぞよろしく」
社会人の基本、しっかりとした挨拶をしてから隣のフィーネに寄り添う。
フィーネを守らなくてはと鍛え始めて、フィーネにとんでもない聖輝力があると分かってからは命の危険を侵しながら身につけたこの力。ようやく荷物持ちや杭打ちではない本来の目的で使える日がきた。
「私の添い……護衛として、存分な働きを期待しますよ」
「……ああ、がんばるよ」
想像していた関係とは、少々違っていたけれども。
ここまでで導入は終了です。お読みくださりありがとうございます!
面白いと思ってくださったなら↗の鯉のぼりみたいなのをタップでブックマーク&↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にお願いします!
2章はフィーネが『女性だけど少々癖が強くて一緒には寝られない』と語る人の登場から。
イカ臭い脳髄をブチまけろとか言います。お楽しみに。
【豆知識】
言葉としての『紫電一閃』は技名ではなく二字熟語ふたつの組み合わせ
紫電:空を走る稲妻や、研ぎ澄まされた刃のこと
一閃:ひとすじに閃くこと
読み終わったら、ポイントを付けましょう!