───良く聞け、丈瑠。今から教える呪いはな、人の正体を見破る事が出来る呪いなんだ。
僕が5歳の時、お祖父ちゃんはそう言った。
当時の僕は……多分、お祖父ちゃんの言う事を否定したと思う。「そんなの、ある訳がない」って。
だって、当たり前じゃないか。
いきなり『人の正体を見破る御呪い』を教えられて、わーすごーい!ってなると思う?いいや、少なくとも僕はならないね。
寧ろ、頭の中にハテナマークが浮かんだよ。
しかもお祖父ちゃんは、まるで『妖怪が人に化けている』とでも言いたげな感じだったんだもの。
信じる方が無理な話じゃない。
でも、本当はワクワクしてたんだと思う。
変わり映えのない日常、いつもと何も変わらない風景や、他人とのやり取り。
それらに飽きていた僕は、とても心が躍った。
なのに……それを伝える事は終ぞ叶わず、14歳の夏、僕はお祖父ちゃんと死別した。
「丈瑠、お祖父ちゃんも天国で見守っててくれるからね……」
「……」
両手で顔を覆い、僕を安心させる為か涙を零しながら必死にそう言い続ける母。
泣き止まない妹をあやす為、外に出て行く父。
一方僕は、祖父の遺影の前に立ち尽くしていた。
「…祖父ちゃん。あの御呪い、教えてくれてありがとう。俺の人生に彩りをくれて、ありがとう」
ずっと伝えられなかった、感謝の言葉と共に。
そして、祖父が死んでから早四年、あれから僕はどうなったかと言うと───
「あっくーん!おっはよー!」
「ちょっ!猫又さん!ダメだよ尻尾出したら!」
なんと、妖怪の女の子と友達になってました。
「良いじゃん良いじゃん!ウチの正体知ってるの、あっくんだけなんだしさ!」
「そう言う問題じゃなくて…それとあっくん言うな!」
「んもぅ♪あっくんは可愛いにゃあ♪」
「まったく…」
隣の少女は一眼も憚らず、二股の尻尾をブンブンと振りながら少年の腕に抱きついて来る。
雪のように白い髪に陽光に輝く金色の瞳、一対の白い猫耳と尻尾が目を惹くが、何を隠そうこの姿が彼女の正体なのだ。
事の始まりは三年前のある日。
あの呪いを興味本位で試した結果、こうなった。
つまり、祖父の言う事を本当だったのだ。
「(まさか、本当に見破れるなんてな…)」
それでは、まずはこの話から始めよう。
『人の正体を見破る事が出来る』少し変わった少年と、『500年の時を生きる猫』を名乗る少し変わった少女の、奇妙な出会いの御話を。
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「きりーつ、きをつけー、れー」
「「「宜しくお願いしまーす」」」
「……」
クラスメイトが朝のホームルームの挨拶をする中、丈瑠は一人頬杖をついて、窓の外を眺めていた。
彼は。普段からこんな感じと言う訳ではない。
今回は、気乗りしなかっただけだ。
普段とは違う新鮮味を得たかった、ただそれだけのつまらない理由だ。
「それじゃあ出席取るぞー、相田ー」 「はい」
「青野ー」 「うす」
「阿笠ー」 「はーい」
席に座ると、担任がダラダラとHRを進める。
普段と何も変わらない時間が過ぎて行き、こうしている内にも、別の場所では色々起こってる事を考えると軽く後悔したくなる。
「阿澄ー」 「あ、はい」
担任の点呼に適当に返事すると、再び頬杖をついて窓の外をぼんやりと眺める。
空は、気持ち悪くなる程に晴れ渡っていた。
「よし、全員いるな」
やがて、クラスメイト全員の名前を呼び終わった担任は名簿を教卓の上に置き、お得意の長話を兼ねた今後の予定を伝える。
一限目が全校集会に変わる事や、二限目に担任が受け持つ教科の小テストをやる事。
あと、来月には体育祭が控えているとの事だった。
「あと、期末テストもあるからしっかり勉強しておくように。それじゃあ号令」
「起立、気をつけ、礼」
「「「ありがとうございましたー」」」
担任が教室から出て行くと、クラスはお祭り騒ぎとまでは行かないが、賑やかになる。
高校に入学してから約二ヶ月、グループや派閥と言った有人間のコミュニティは多数形成され、その中に入らない若しくは入れない者は、日々排斥や淘汰を受けて生きている。
丈瑠は、前者だ。
理由は単純で、面白味がないから。
誰々とヤった話、ソシャゲの話、無限ループのように繰り返される同じ話題と同じ話。
吐き気は催さないが、気持ち悪いのは確かだ。
同じ話題で飽きないものだと常々思う。
それ故に、彼は一人を選んだ。
何者にも縛られず、自由に物事を運べるから。
何か気になれば調べれば良いし、自分の好きな物を語って馬鹿にされる事もない。他の者は群れない者を蔑むが、寧ろ逆だ。
何故群れたがるのか、さっぱり分からない。
粗方、群れる事で精神的余裕と優位感を得たいのだろうが、だとしたら本当に下らない。
そこまでして、他人を見下す事に意味があるのか?
「……アホくさ」
自然と零れた言葉。
何の意味も持たない、純粋な感想。
友人が出来るのは、互いに理解出来る部分があるからであって、理解出来ぬ者とは成立しない。そもそも、理解出来ない者を理解しようとする者はほとんどいないだろう。
友達になりたいから、その者が熱中する物事を調べてその者の趣旨を理解しようとする。
そこが、とてもじゃないが理解出来なかった。
「はぁ…くだらな」
現実から逃避するように、丈瑠は両の手で狐を作り、交差させて耳に当たる指を合わせる。
そして指を広げ、中心の空間を覗く。
「(見えた……)」
窓の先に広がるのは、少し変わった現世の景色。
呪いの名は、『狐の窓』。
亡き祖父が教えてくれた、隠り世の住人の姿を現世に暴き出す、古くから伝わる不思議な呪い。
人間の友達が少ない丈瑠は、窓を覗く事が唯一の暇つぶしになっていた。他の人に話す事もなければ、何かを語る事もない。
ならば、別世界に行くしかないではないか。
彼らは、妖であると同時に人として、人間社会に見事に溶け込んでいる。
正体を暴けば、よく驚いた顔をされたものだ。
ただ、彼らは人間より寛容だった。
最初こそ驚愕の表情を浮かべるが、少し経てば親しい友人のように話しかけてくれる。
アニメや漫画では、人間に棲家を追われた怪異の苦悩が描かれる事が多いが、この現状を見るに本当にそうなのかとすら思いたくなる。
人の世をすごくエンジョイしてるんだもの。
窓の中を覗いている時は、何故か安心出来た。
何でか分からないけど、とうの昔に死んだはずの祖父に会える気がしたから。
「お前らー、体育館行くから整列しろよー」
休み時間の終わりを告げる鐘が鳴り、担任が教室に戻って来る。
何も変わらない普段の日常。
しかし、あの窓を覗いている時は、普段とは違う日常を味わえる事を知った。
その窓は、見た者を不思議な世界へと誘う。
これは、『人の正体を暴く事が出来る』少し変わった少年の、奇妙な日常の物語。
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