明くる日の朝。9月4日の事だった。
朝7時に起きた女里谷は身支度の準備を終え昨日近くのコンビニで買ってきたクロワッサンを片手に食べながらすぐに家を出て、会社へと向かう。そして9時には旧染澤邸の現場に到着した。
昨日の出来事が気がかりだった女里谷は来たと同時にすぐ地下へと向かう。鮫島が無事帰ることが出来たのかどうかだけが心配だったからだ。
地下の、真っ赤なドアを前にドアノブを握り開けると、中へ入る。
「課長!大丈夫ですか!?」
女里谷が大きな声で叫ぶも辺りは不気味な空気に包まれていた。
朝なのに、この部屋だけはスマートフォンの懐中電灯がないと光が入ってくるスペースがないため真っ暗だ。女里谷は慎重な足取りで中に入っていく。
襲われた壁際のほうへと進んでいくと、そこに鮫島が立っていた。
無事だとわかった女里谷は「鮫島課長、無事だったんですね!大丈夫ですか?」と近くまで駆け寄ると、鮫島が振り返った。
「さっ、鮫島課長ですよね・・・?」
女里谷が見た鮫島の表情は、いつも見ている穏やかで優しい表情とは打って変わって、あの得体のしれない、腹部には切腹自殺を図った傷跡が生々しく残るあの何者かと同じ表情に変わっていた。
女里谷のほうを鋭い眼差しで睨むと、右腕で拳を握りしめる。
そしてその拳で女里谷に近づき襲い掛かってきた。
女里谷の右頬をグーで殴り倒すと、さらに左腕で殴りかかろうとしてきたので、たまらず女里谷が鮫島を力一杯突き飛ばすと、急いで部屋を後にして階段を上り始めた。
外では何事かとばかりに、河村や佐藤そして吉原と戸田がダンプに崩した建物の残骸を運ぶ作業を行っていた。佐藤が女里谷に「どうしたんですか?何かあったんですか?」と駆け寄ると、地下室から鮫島が鬼のような形相で駆け上がってくるとダンプに積まれた木の欠片を手に取り、佐藤の頭を思いっきり木の欠片で殴り気絶をさせると、その勢いで腹部を何度も何度も刺し始めた。
辺りは瞬く間に地獄と化した。
やがて佐藤がピクリとも動かなくなると、恐怖のあまりにたじろいでいた吉原と戸田のほうに目が向けられると、素早い速さであっという間に近づくと、凶器として使った木の欠片を用いて二人の頭部を殴り気絶をさせた後に、息の根が止まるまで刺し続けた。鮫島が殺人鬼と化していく様子をじっと見ているわけにはいかないと感じた女里谷は河村に「何やっているんだ!?110番通報だろ!」というと、河村はショックで動けなくなっていた。
2人の動きに察知したのか、鮫島が二人の元へと近付いてくる。
見かねた女里谷が通報するために車の陰に身を潜めた。
「あの、上司が、襲ってくるんです、助けてください!場所は・・・。」
女里谷が電話口で話していると、鮫島がやってきた。
「お前、一体どこに連絡しやがった!教えろ!!」
右腕で思いっきり首を掴まれ、持ち上げられた。
電話の向こう側では「あの、もしもし?それだけでは説明が不十分ですよ?もしもし聞こえていませんか?もしもし?もしもし?」とオペレーターが話すだけだった。鮫島はいったん女里谷を解放すると、女里谷のスマートフォンへと近付き、電話を切る。
「119じゃないな、110だろ!言え!!」
鮫島に強く怒鳴られた女里谷は成す術がなかった。
女里谷が通報するために車の陰に身を潜めていた隙に河村が血まみれの状態で倒れていた。女里谷は車に乗り込みエンジンを掛けようとしたが鮫島が車のフロントガラスを渾身の力で叩き割り始めた。
「もう、駄目だ。」
諦めかけたその瞬間だった。
遠くのほうからサイレンが聞こえ始めてきた。
女里谷の通報を受けた警察車両2台がやってきた。
フロントによじ登りガラスをたたき割ろうとしていた鮫島を2人の警官が取り押さえ現行犯で逮捕された。後方の車両に乗っていた警官に保護をされた女里谷は怪我の状況からすぐ救急車に運ばれる形になった。
担架に運ばれ安堵したのか女里谷は目を瞑った。
気が付くと女里谷は緊急外来のベッドの上にいた。傍には母親の聡美がいた。ずっと傍で女里谷の手を握りしめてくれていた。女里谷は聡美の手の温もりに気が付き、そっと握り返した。
「母さん、もう大丈夫だ。」
そう話すと「よかった、昴が無事なだけでも、お母さんは嬉しい!」といって号泣した。母親の泣く姿を見て、女里谷は聞き出した。
「鮫島課長はどうなった?皆はどうだった?無事だったのか?」
女里谷がそう話すと聡美は「今は事件があったことは忘れなさい。まずは怪我を治すことが最優先よ。」と言われ説得をされたが、「母さん、何があったのか俺に教えてほしい。一体何があったんだ?」と言い方を変えて質問をした。
聡美は「いずれニュースになるから分かることよ。昴を襲った鮫島って男がね、一緒にいた作業員の佐藤さんや戸田さん、吉原さんを次々と襲い殺害したのよ。鮫島は警察に身柄を拘束され、今頃きっと事情聴取を受けている頃よ。」と語った。仲間の死を知った女里谷は「河村は?河村はどうなった?」と聞くが聡美は「一緒にいた作業員の人ね。その人なら意識があったので緊急搬送されて手術室で緊急オペを受けていたわ。ご両親の姿が見えたから、きっと大丈夫よ。」といって宥める。
女里谷の顔は鮫島に思いっきり殴られ、右の頬の骨が骨折していた。
「暫くはベッドで安静よ。個室で他の人がいないから気を遣わずに済むね。顔の骨を骨折しているんだから骨折した個所を固定させるための手術が必要みたいよ。」
聡美がそう話すと女里谷は「わかった。」といって返事をすると、息子の様子を見て安心をした後、病室を後にした。母親がいなくなってから、女里谷はテレビのニュースが見たくてスイッチをつけ始めた。
するとさっきまで自分がいた現場が臨時ニュースで取り上げられていた。
リポーターの男性が「繰り返します。佐賀県の多久市内で今朝9時ごろ、作業員の男が作業員を廃材を使って殺害する連続殺傷事件が発生しました。男は警察に身柄を取り押さえられ現在も拘留中ですが、まだ警察から正式な犯人の情報は伝わっていません。午後14時から緊急の記者会見を開く際に正式に事件の詳細について明らかにするという方針を文書を通して我々マスメディアに発表しました。今のところ、分かっている段階では、負傷者が2人、亡くなられた方が3名とのことですが、たった今緊急として速報が入ってきました。緊急搬送をされた負傷者のうちの一人が緊急手術を受けましたが先程息を引き取られたとの情報が入りました。これで亡くなられた方々は合計で4名となりました。繰り返しお伝えします。」
テレビで伝えられる報道の内容を知りショックを隠せられなかった。
映し出される現場の状況を見て、慌しく警察関係者が捜査をしているのをぼんやりと眺めるしかなかった。
臨時ニュースを伝えた後、ニュースの内容が切り替わり、芸能人の入籍のニュースになっていった。女里谷は「あの女優の志保理もついに結婚か。しかもお相手は人気俳優の加田木雅か。こんなビッグネーム同士が付き合っていたとは夢にも思ってもいなかったよ。」と何気なく考えた。
テレビを見て時間を潰すのもあれだからと思い、女里谷は自宅に置いてあるタブレットを聡美に持ってくるようにとお願いして、病室まで持ってきてもらうとアプリのYouTubeの動画を開くことにした。
ふと染澤潤一郎のことが気になり、彼の事件を取り上げた動画が上がっていないか検索してみることにした。すると幽幽チャンネルという動画で取り上げられているのを確認し、動画を再生してみる。
「タイトルは”自滅の瞬間”か。何か意味深だな。」
そう思い再生すると血しぶきを浴びた男が映し出されていた。
『1974年7月24日夜の2時を回ったぐらいだね。俺は愛する家族をこの手で殺してしまった。豊子に、息子の宏親、靖典、智紀、皆ごめんな。でもこうするしかなかった。俺は小鳥遊を悪魔になってでも復讐を果たしてやる。地獄できっとサタン様が俺のことを見守っていて下さっているだろう。怨念で漲るこの俺に大いなる力を授かるためにはこうするしかなかった。誰かに殺され怨念を抱きながらこの世を彷徨うより、怨念を抱きながら自らの手で殺したほうが、より悪の力が増す。霊の存在は俺は信じないが、本で読んだこの内容だけは俺は信じてならない。俺は死んで悪魔になる。そしてのうのうと生き続ける小鳥遊悟を追い詰めてやる。今迄支えてきてくれた、皆ありがとう。』
そう話すと、動画はここで終わっていた。
きっとこれが潤一郎の生前の最期の姿だったのだろう。
何だか話してある内容が恐ろしくて言葉にすることは出来なかった。
「悪霊、怨霊の定義とは一体何だろう?」
ふと思ったことをGoogleのワード検索で調べたら、あるWEBサイトに行きついた。
「心霊探索図鑑」
そこには日本各地の心霊スポットや都市伝説などを真実なのかデマなのかを検証するサイトのようだった。その中に幽霊とは何かということが記載されてあった。
”浮遊霊”
完全に成仏をしている霊ではあるが、生前に思い入れの強い場所などで姿を現す霊のことをさす。例えば通勤電車としてよく利用していた電車やあるいは長年勤務をしていた職場など、故人にとって一番思い出があった場所などが多いとされる。
”地縛霊”
かつてこの地で死を遂げた人がこの世への未練を残し旅立った後もなお死を遂げた場所にとどまった霊のことをさす。地に縛られる霊と書くように、その地以外の場所に姿を現すことはまずない。
「浮遊霊と地縛霊の違いは分かった。だが悪霊と怨霊って何だろう?」
そう思い記事を下のほうへとスクロールをしていく。
すると、この二つのワードについても記載がされてあった。
「悪霊と怨霊は地縛霊から枝分かれするのか。」
”悪霊”
地縛霊の一種である。この地で事故死あるいは自殺を図った人など、自分と同じこの地で訪れた人の精神的な悩みや考え事に付け込むと誘い込むように同じように死の道を選択するように誘導すると集団のサークルを作りあげ、サークルの仲間を増やすために、今度は集団で訪れた人に対して誘い込んでいくと、最終的には自ら命を絶った場所と同じところで死ぬように行動をさせる。事故や自殺の名所とされる地には、この手の霊が多く当サイトでは人の弱みに付け込むことから悪霊と記載する。
”怨霊”
地縛霊の一種である。この地で殺された、或いは自殺を図った人間がこの世への恨み・憎しみといった怨恨の感情を抱きながら、訪れた人が抱える精神的な悩みや考え事に付け込むと、時間を掛けながら追い詰めていくと最終的にはその人自体に取り憑きコントロールをしていくようになる。取り憑かれた人が歩む道は、生前に自分がしたことと同じような手法を選択するように誘導させた後に死を選ぶか或いは恐怖に耐え切れずに自ら死を選ぶかのいずれかだ。”怨む霊”と書くように、この世に対する怨みの念が強ければ強いほど、なかなか成仏はしない。
「こうしてみていると、悩み事など、その人が抱える弱みに付け込まれたらおしまいなんだな。だから、気持ちの弱い人が行ってはいけないというのはこのことか。」
そう思いながら見ていた夜の20時過ぎの事だった。
気分転換にバラエティー番組が見たくなってテレビをつけると、臨時の速報が流れた。
「多久市内で連続殺傷事件を起こした46歳の男が身柄を抑えられた警察署内の勾留室にて自殺を図り死亡。」
まさか、鮫島課長、そんな・・・!?
生きて罪を償ってほしかった、それだけが胸に突き刺さった。
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