反町からの依頼を渋々引き受けることになった大嶌は頭を抱えていた。
その様子を見ていた副社長の木藤と課長の山嵜が心配になって声をかける。
山嵜が大嶌に「社長、さっきまで依頼人の反町さんが来ていたそうじゃないですか。一体何を話されていたんですか?」と聞くと大嶌は先程の話を振り返って説明した。
接待の間に案内された反町が革張りのソファに腰を掛けると早速話し始めた。
「来て早々ですが、あの例の旧染澤邸の解体工事の件ですが、僕としては引き続き御社で地下室の解体工事もお願いしたいんです。何とかしていただけませんか?」
反町にお願いをされた大嶌は「来てもらって申し訳ないが、悪いけどあの部屋の解体作業は他を当たってほしいただけませんか。これ以上あの地に関わって呪われては戦力がなくなっていくだけです。うちのような中小零細企業に依頼をして頂いたのは我々も非常に嬉しかった話です。しかしもうこれ以上関わってはいけないと思います。もう、社員の犠牲者を出したくないんです。」と語りだした。
大嶌の答えを聞き、反町は粘り強く交渉する。
「社長、冷静に考えましょうよ。このビジネスが成功すれば、御社がより良い方向へとなるように、我々もこの解体工事以外の仕事を提供しましょう。約束します。ですから、お金はいくらでも払いますから、こんなビッグなビジネスチャンスはないと思います。今先程ですが、我々で地下にあった故染澤潤一郎さんの位牌や遺影、生前のアルバムや書き綴ったノートや、”悪魔と取引したい”と綴った設計図も取り除き、祈祷師を呼び、地下室で眠る潤一郎さんの御霊を御祓いしてきたばかりです。ですので地下室のことについて触れなかった我々にも落ち度はありますが、そこを何とか、呪い対策は行いましたのでして頂けませんか?」と言われるが、大嶌は頑なに断る。
「反町さん、そうやって前回この仕事の依頼を受けた際に”御祓いは済ませましたので安心してください”といって我々を安心させたじゃないですか。しかし現実は違っていたじゃないですか。呪いはまだ続いていた。死んでもなお社会を怨み呪いの輪廻を繰り返してきた潤一郎の御霊はそう簡単に昇天はしないと思いますよ。」と言い放つと、反町は諦めず交渉をしてきた。
「大嶌社長、御社が大企業になる後押しをすると言っているんですよ。こんなチャンスはないと思いますよ。今こうして話してある内容についてボイスレコーダーで録音をさせています。内容的にまずいことがあれば、我々だって弁護士事務所ですから訴訟を起こせられますよ?そうなってくると御社は勝ち目がないと思いますよ。」
反町に訴訟を起こされては困る大嶌は悩み考えた。
そして考え抜いた末答えを出した。
「わかりました。今度ばかりは犠牲者を出さないためにもわたしが現場責任者として引き続き作業を行います。」
その答えを聞くと反町は安堵して「ありがとうございます。考えられるリスクのためにも1000万円と話しましたが1200万円に金額を上げましょう。」と話した。
反町と大嶌の話のやり取りを聞いた山嵜が「そんな、社長が責任を持って引き続きあの現場で工事となったら、もし社長の身に何かあったらどうするつもりなんですか!社長は会社の存続のためにもいてもらわないと困ります、僕が責任を取って現場工事に携わります。鮫島の無念を同期の僕が晴らします!」というも、木藤が「社長、冷静になって考えましょうよ。社長が責任を取って工事を担う必要なんてないんですよ。僕か山嵜のいずれかで旧染澤邸の地下の解体工事を行います。だから僕たちの気を遣わないでください。」と説得をするが、大嶌の気持ちは変わらなかった。
「俺の後継は木藤、お前に任せたい。副社長は山嵜に考えているんだ。わしはこんな仕事を引き受けた自分の情けなさにただ、わしとしては鮫島に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。この工事を引き受ける前に鮫島と話をしていたんだ。」
大嶌が話すと、生前の鮫島と話し合っていた内容を振り返る。
大嶌が鮫島の意見を聞きたいと言って、鮫島は謙遜しながら答える。
「そんな社長、とんでもないです。社長がそうお考えなら僕は社長の考えを尊重して、従うだけです。僕の意見だなんて、そんな大したことは言えません。今まで心霊スポットだと言われている廃墟という廃墟は何件か担ってきましたけど、殆どがデマだったのを思い出してくださいよ。悪戯目的でなければ取り憑かれることなんてありゃしませんよ。しかし今回に至っては実際に殺人事件が起きた現場でもありますから、そのあたりが今までの廃墟とは事情が違うんです。たとえ我々が祈祷をしてもらったとしても、100%呪われないという保証はないと思われます。社長がそのあたりも保証をして頂くことが必要になってきます。」
鮫島の指摘に大嶌は「そうだな。土地への御祓いは済ませているから呪われないという話ではないからね。それこそ今の今まで無理心中事件が幾度か起きているにも関わらず野放しにされてきた事故物件だからな。曰くつきも甚だしいのは分かる。しかし事件があったことを理由にオファーを断るわけにはいかんだろう。仕事ぶりが認められたら、また次の工事の依頼が入ってくるかもしれんだろ。呪いのことも出来る限り視野に入れた上で、わしはこの仕事を前向きに捉え引き受けたい。鮫島君はわしの意見を聞いてどう考える?」と話し始めた。
鮫島は大嶌の意見に「そっ、そうですね。」と話した後に、「社長がそう仰るなら、僕は社長の言うとおりに従います。」と最終的には引き受ける方向で、鮫島と大嶌の意見が一致し、大嶌から反町に連絡をした。
生前の鮫島との話を振り返りながら、鮫島は窓を覗き込む。
「わしが悪かった。鮫島君には申し訳ない。わしが責任を取らないと鮫島の無念は晴れないだろう。わしにはもう覚悟が出来ている。」
大嶌の決意表明ともいうべき発言に木藤と山嵜はお互いの顔を覗き込みながらどう切り出せばいいのかすら悩んでしまった。そんな二人のどう言葉を発したらいいのかわからない様子を見た大嶌は、声をかける。
「木藤君、山嵜君。わしへの気遣いはもういい。わしは明日朝の10時からでもあの地下の解体工事に取り掛かる。油圧ショベルを使って地下の解体に成功したら、あの地下のスペースにはコンクリートで埋めよう。そしてある程度コンクリートで固めたら上から土砂で埋めて地を固めていく作業を行う。山嵜君には明日の工事に向けてミキサー車の手配をしてくれないか。」
大嶌が山嵜に指示を出すと、山嵜は渋々「わかりました。」と口を揃えて返事する。山嵜が早速、多久市内にある牛津川生コンに連絡をしてミキサー車の手配を取ると、木藤は社長一人で作業をさせるわけにはいかないと思い、他の解体工事の現場で社長と共に旧染澤邸の解体工事の手伝ってもらえるかどうか、作業員の一人一人に連絡を取って当たっていた。
木藤が大嶌に「社長、作業員2人は確保できました。小城市内の廃墟の解体作業に携わっていた篠原優希と桑田昌大です。あとその他、久間田弦と仲村慶穂、椎名雅紀、米原眞一郎と4人いますがどの作業員も嫌がってきたので、”いいですよ”といってくれた篠原と桑田でやっていくしかありません。」と話すと大嶌は「もう気遣わなくていい。了解してくれた篠原と桑田にも今の仕事に専念をしてくれと言ってくれ。この仕事はわし一人で行う。だからあとはミキサー車の手配だけ出来ればそれでいい。」と話し始めた。
木藤が「それでは社長、一人でやる作業など何かあった際が大変なことになります。我々も出来る限りのことはサポートをして行きます。」と粘り強く説得するが、大嶌の意見は変わらなかった。
「木藤君の気遣いは嬉しい。だけど、わし一人が死ぬぐらいなら会社の損失というのはたかだが知れている。大嶌組の未来は木藤君、君に託したいと思っている。だからわしの意見に従ってほしい。それだけがわしからの木藤君への仕事だ。」
大嶌が木藤にそう話すも、木藤は納得がいかなかった。
「社長、冷静になりましょう。一人で行うなんて無謀すぎます。複数名作業員をつけた上で行ったほうが、社長の身を考えても安全だと思います。」と話した。
そんな木藤に大嶌は「木藤君、地下室の解体作業ぐらいならわし一人でも十分やっていける。わしはこの道何十年もこの仕事に携わってきた。だからもうわしは自分の会社を作り上げて、後継者を作り出すことが出来ただけでも十分だ。」と言って説得を行った。大嶌の意見が単独で行う意思に変わりはなく、また説得を行っても聞き入れる様子がないため、木藤は仕方なく「社長、何かあれば僕と山嵜は駆けつけます。覚悟はできています。」と語ると、大嶌は笑顔でこう話した。
「何も心配することはいらん!わし一人で片づけてくる!!」
大嶌が笑顔で話す姿を見て、木藤と山嵜にとってただ心配材料が増えるだけだった。
そして一方、女里谷はというと骨折をした右頬骨の手術を9月6日に行った末、手術は無事成功した。
テレビを点けてニュースやバラエティー番組を見ることに飽きた女里谷はタブレットでAmazonプライムビデオのアプリをクリックし、プライム会員なら無料で見ることが出来る映画を見てみることにした。
2本ぐらい、映画を見たのだが、それでも時間つぶしのうちの一つにしかならなかった。女里谷の心の中では、「はやく怪我を治して現場に復帰したい。病室で退屈な時間を過ごすのは疲れた。」と思うばかりだった。
そして明くる日の9月8日に、大嶌が旧染澤邸に単独で乗り込むと早速油圧ショベルに乗り込み、一人で黙々とあの地下室の解体工事の作業に取り掛かるのだった。
「こんな忌まわしき施設なんかわしの手でぶっ壊してやる!化け物!わしは呪いになんかに屈したりしない!!」
大嶌がそう意気込みながら階段から壊していくと、続く部屋だった部分も天井から壊していき、最後は壁だった部分を破壊し、隠された地下室はあっという間に壊されていく。「よし!あとはミキサー車の到着を待つのみだな。」
大嶌がそう話し、油圧ショベルから下りてくると、部屋の残骸の部分を確認すると再び油圧ショベルに乗り込み、残骸をダンプに積む作業を行った。
ここまでは何事もなく順調に進んでいるように見えた。
だが、封印されていた潤一郎の御霊が行き場を失ったことで更に呪いの連鎖が広がっていくのだった。
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