午後の修練の時間だ。今日は各班で班長の指示に従って修練を行う。
第三班では華婉と悠輝、周渓と恬珂とで武器を使った模擬戦をすることになった。
還界派では主に剣を扱うが、他に刀、棒、槍、飛刀を修練することができる。還界派開祖の二人が得意であったという武器で、修練のとき門弟は自分が得意なものを使う。指導するのは各班の班長。班長に任命された者は、そのいずれも扱うことに長けている。
恬珂は練習用の木製の六尺棒をぶんぶんと振り回している。おっとりしているように見えるが、意外と器用なほうだ。
対する周渓の武器は木剣。軽く剣先を上げた悠然とした構え。
恬珂の棒がうなりをあげて突き出された。周渓はすっと身をひねり、棒先をかわして懐に入ろうとする。恬珂は素早く後退し、近づけまいと横に薙ぐ。それは木剣が防いだ。
恬珂の猛攻が続く。打ち下ろし、足払い、二段突き。ぶぶん、ぶぶんと棒が風を切って繰り出されるが、周渓は回転しながら巧みにそれをかわし、受け流す。まるで優雅な舞のような美しい動き。
(さすが風舞清流の剣)
華婉が周渓の技に見とれていると、悠輝が待ちくたびれたように何か喚いている。苦笑しつつ、木剣を手にした。
同じ還界派でも〈桃花〉と〈鉸龍〉では使う技に若干の差異がある。それが最も顕著にあらわれているのが剣法だ。これは桃花剣法、鉸龍剣法と呼び分けられている。
直線的で峻烈な攻めを信条とする鉸龍剣法に対し、桃花剣法は柔軟で防御に重きを置いている。周渓がその理想形に一番近い。
華婉も剣を得意とするが、その性質は鉸龍剣法に近いし、実際に技も使える。以前から〈鉸龍〉の門弟と手合わせする機会が多かったからであった。
悠輝が首をひねってごきごきと音を鳴らしている。得意とする武器は特にない。掌法や拳法のみで戦うのが性に合っているという。相手が武器を持っていようがなかろうが素手というわけだから、ある意味すごい。
華婉は剣先をだらりと下に向け、悠輝の出方を待った。気短な悠輝は必ず先手を取って仕掛けてくる。
思ったとおり真正面から突っかけてきた。軽く木剣を横に薙ぐ。後ろに飛び退くかと思ったが、悠輝はそのまま勢いをつけて体当たりしてきた。
華婉は押し倒され、そのまま悠輝が馬乗りになる。拳を打ち下ろしてくるが、華婉も木剣の柄で脇腹を突いていた。
呻き声をあげて悠輝が離れる。華婉は立ち上がりざま木剣を突き出したが、掌打で払いのけられた。軽く感嘆の声をあげたとき、眼前に鋭い前蹴りが迫る。すかさず柄で脛を打ち据えると、悠輝は足を押さえて悲鳴をあげた。
周渓たちも決着がついたようだ。恬珂は周渓に棒を取りあげられ、地面に寝そべって手足をばたつかせている。
「くやしぃ~っ、もう少しで一本取れそうだったのに!」
「恬珂は攻めているときはいいのですが、受けに回ると途端にだめですね。さあ、もう一度かかってきなさい」
「よーし、今度こそ」
恬珂は勢いよく起き上がって棒を受け取る。
目の前の悠輝も、足をさすりながら立ち上がった。
「悠輝、おまえの足癖の悪さはどうにかならないのか? 武器を持った相手にそう足技を出すもんじゃない。実戦だったら膝から下がなくなるぞ」
華婉が指摘すると、悠輝は両手を腰にけたけたと笑った。
「大丈夫だって。おれの蹴りを見切るやつなんて婉姐か周姐ぐらいなもんだし。それよかもう一丁相手してくれよ」
「ああ、もちろんだ」
華婉は笑って木剣を構えた。
その日の修練が終わり、門弟たちは宿舎の中へぞろぞろと入っていく。
粗末な土壁むきだしの建物。声や物音は筒抜けだし、冬になると凍死するんじゃないかというほど寒い。雨風がしのげるだけましかもしれないが。
部屋はやはり四人で一つ。それほど広くないので四人が部屋にいるときは少し窮屈だ。あの師範代の李慧には立派な屋敷がある。そのことも華婉の「気に食わないこと」のひとつだった。
今日の夕食の当番は恬珂。厨房で他の班の当番と談笑しながら料理をしている。
しばらくして部屋に夕食を運んできた。それを覗き込んだ悠輝が、不満げに頭をぼりぼりと掻く。
「また麺かよ。おまえ、それしか作れねえのか」
「そんなことないよ。この間はお魚だったでしょ。せっかく作ったのに文句言わないでよ」
「作るったって、城市で買ってきた麺を茹でるだけじゃねえか」
「ふん。霍姐に任せたら、肉ばっかりになっちゃうでしょ。これでいいの」
二人が言い合いをはじめるといつ終わるかわからない。いつものように周渓が無言で割って入った。
還界派のある還界山の麓には章間という城市がある。食事当番の者は金銭を渡されて数日分の食材をそこで買う。悠輝などはそれを惜しんで、山の野鳥やら獣を獲ってきて実に生臭い料理を作る。渡された金銭はこっそり買ってくる酒に化けているらしい。
四人で卓を囲み、さあ楽しい食事の時間となるはずだが、なかなかそうはいかない。
しつけに厳しい周渓が食事の最中にあれこれと注意をしてくるのだ。
「恬珂、おつゆをぽたぽた落とさずに食べなさい。ほら、悠輝も。そんなに足を広げて座るものではありません。華婉、箸の持ち方を直しなさいと言ったでしょう」
注意された三人は渋々指摘されたことを直す。周渓は子供に言い聞かせるように言う。
「あなた方は武芸者である前に、一人の女性なのです。最低限の礼儀作法は身に付けておかないと。いずれは嫁ぐ者もいるのですよ。そのとき恥ずかしい思いをするのは自分なのですから」
嫁ぐ、と聞いて悠輝が吹きだす。男勝りで粗野なこの娘には想像もできないことらしい。それは華婉も同じようなものだった。
恬珂はにたにたと笑っていた。将来の夫と、自分の花嫁姿でも想像しているのだろう。
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