追いつめた。残りの三騎。村人たちがうまく追い込んでくれた。
三人の馬賊に投降する意思はないようだ。何か喚きながら猛然と向かってくる。
「北方訛りがひどくて、何を言っているかわからん。どうせ悪口だろうが」
彰と泰来は意外にも共通の言語を用いている。これはもともと同じ土地に住んでいた同族という説を裏付けるものだが、現在の泰来人は辺境の少数民族の血が混じっているので言葉にもその特徴が出ている。
左手で長剣をすらりと抜いた。そして走り出す。一歩、踏み出すごとに速度を増す。
黒い影。相手にはそう見えたかもしれない。
墨色の着物に身を包んだ女。空の右袖とうしろに括った髪が揺れている。そして結び目の上に小さな銀の髪飾り。それは蝶の形をしていた。
低い姿勢で突っ込み、三騎の中を斬り抜けた。三騎は数歩、馬を歩ませたところで同時に落馬。それきり動かなかった。
歓声があがる。隠れていた村人が続々と集まってきた。
「いやあ、さすがだ。さすがは噂に名高い銀飛蝶だ」
「こんな若い娘さんが。信じられん強さだ」
「まったく。十や二十の馬賊なんぞ、相手にならん」
取り囲んで次々に賛辞を送ってくる。その中から村長らしい老人が袋を差し出してきた。
「銀飛蝶どの、これは約束の金銭じゃ。受け取ってくだされ」
袋を受け取り、中をのぞく。ほとんどが銅銭。まばらに銀の粒が混ざっている。
貧しい村なりにかき集めてきたものだろう。華婉は半分だけ自分の袋に入れ替え、半分は返した。
「村の人たちが協力してくれたおかげだ。これは多すぎる」
「しかし、用心棒代としてはこれが相場ですじゃ」
「いいから。馬賊どもはいつまた襲ってくるかわからない。それに対しての蓄えにしてくれ」
老人はそれを聞いて、何度も何度も頭を下げた。周りの村人たちも同じように頭を下げる。
ひとまず、この村での仕事は終わった。この村で専属の用心棒になってくれないか、と 頼まれたが断った。他の村からの依頼があったし、このあたりは還界山に近い。あまり一ヶ所に長居はしたくなかった。
項家荘での戦い。周渓が死に、華婉は右腕を失った。あれから一年が経っていた。
〈桃花〉へ忍び込んだ悠輝から話を聞いた華婉は決断した。
あの覆面の集団は還界派の差し向けた刺客。それがほぼ断定されたわけだ。命を狙われた以上、もう還界山へ戻ることはできない。還界派を離れることを悠輝も恬珂も賛成した。
恬珂には「兄の洪永が心配するぞ」と言ったが、「兄さんなら大丈夫よ」と随分あっさりしたものだった。元々外の世界に憧れていたようだが。
これから生きていくためには働かねばならない。華婉は鏢師(隊商などを護衛する用心棒)の仕事をすることにした。還界派の弟子だったときも似たようなことはやっている。利き腕を失ったが、少数の馬賊や盗賊相手ならなんとかなると思ったからだ。
悠輝はこの機会に泰来へ行く、と言った。
以前から還界派では悠輝は北の泰来人、もしくはその混血ではないか、との噂があった。
たしかに赤みがかった髪に鳶色の瞳。ほとんどが黒髪、黒い瞳の彰人の中では目立つ。泰来は辺境の部族を取り込んだ多民族国家なので肌や瞳、髪の色も多種多様だ。華婉たちはそんな噂は気にしていなかったが。
それでも泰来人との混血だと噂される自分の出生の謎を確かめてみたいそうだ。危険だと言ったが悠輝の意思は変わらなかった。
悠輝は泰来へと旅立った。旅立つ前に、もう二度と会えないかもしれないと言って恬珂を泣かせていた。
仕方なく鏢師稼業は恬珂と二人でやることにした。
どこかの鏢局に所属することも考えたが、そこに還界派出身の人間がいないとも限らない。いなかったとしてもなんらかの繋がりを持った人間はいるかもしれない。それだけ還界派は有名だし、武芸者や侠客たちの情報網も広い。
女だけで構成された、たった二人の鏢局。しかも一人は隻腕。仕事の依頼は当初、まったくなかった。
だが還界派での経験を生かし、馬賊が襲いそうな村を渡り歩いて戦っているうちに「腕の立つ鏢師がいる」とすぐに噂が広まった。
左手で剣を扱うのは予想以上に難しかった。恬珂の掩護がなければ、危ういと思う場面が何度もあった。いまでこそ何の不自由もなく扱っているように見えるが、まだ右腕があった頃の六、七割といったところか。
最近では銀飛蝶という異名がついた。洪永からもらった銀の髪飾りをつけているからだろう。別に悪い気はしなかった。
次の村まではそう遠くない。歩きながらのんびり行こうと思った。だがふと華婉はおさげの少女のことを思い出した。
――楊恬珂。そう。恬珂はいま、華婉と行動をともにしていない。これにはちょっとした事情がある。
三ヶ月ほど前、台恵という城市の富豪から警備の依頼を受けた。主人の知らぬ間に、金銭や金目の物が盗まれているという。それで夜間、屋敷の中や周辺を見張っててくれといった依頼だった。
外の見回りは恬珂と交代で行う。屋敷の中を見回っていたとき、華婉はついうっかり白磁の壺を割ってしまった。主人の大事な物だったらしく、それを報告したとき気を失いかけたほどだ。
結局、盗みの犯人は屋敷で働いている使用人の一人だということがわかった。華婉たちの仕事はこれで終了、となるはずだったが、当然壺の弁償をしなければならない。
警備の報酬を差し引いても目の玉が飛び出るような金額。それで少しづつ返済することになった。ここで、人質を置いて行かなければならない。
だから一人減った使用人の代わりも兼ねて、恬珂を置いていくことに決めた。恬珂が働いた給金と、自分があちこち鏢師として働いた金銭で返済する計画なのだ。
壺を割ったのは婉姐なのに、どうしてわたしが残るの、と恬珂は猛反発したが仕方がない。自分は戦うことしかできない。器用な恬珂なら、うまくやってくれるだろう。
屋敷を去るとき、人でなしとか薄情者とか喚いていた気がする。心の中で詫びつつ、華婉は背を向けたのであった。
「まだ、足りないな」
袋の中をのぞいてつぶやく。そう、報酬を半分返してる場合ではないのだ。しかし、あのまま使用人として働いていたほうが恬珂にとってはいいような気がする。いつ死ぬかもわからない鏢師稼業など、やはりあの娘にはさせたくない。
考えているうちに村へ着いた。西家荘という大きい村で、馬賊に対する備えもそれなりにしているようだった。
村の入り口は狭く、周りは石積みで囲まれている。前の村と違うのは人相の悪い連中がうろついていることか。一目見て同業者だとわかった。
華婉とすれ違うたび胡散臭そうに睨んでくる。それは無視して、村民らしい者に依頼人である地主の屋敷へと案内してもらう。
屋敷の前にもそれらしき男たちが数人たむろしていた。だがなぜか包帯を巻き付けていたり、杖をついていたりと負傷している者がほとんどだった。
屋敷の奥へと案内され、華婉は地主の西承勲に会った。
華婉が部屋に入ってきても横目でちらりと見ただけで腰を上げようともしない。いかにも大地主、といった感じの横柄な態度。慣れていることなのでいちいち腹も立てなかったが。
でっぷりと肥えた腹をさすりながら、承勲は依頼の詳しい内容を華婉に説明しはじめた。
「わたしが所有する山のひとつに、最近飛燕脚とかいう山賊が住みついたのだ。追い出そうとして人を雇ったが、返り討ちにあうばかりで役に立たん。そこで相当腕が立つというあんたに依頼したいのだ」
「飛燕脚?」
いつものように馬賊から村を守る依頼だと思っていたので、華婉は少し意外だった。
仕事の依頼は村民の一人が直接華婉のもとへしらせに来た。しかし、その内容までは知らなかったのだ。
「武芸に優れているとかで、特に足技は目にも止まらぬほどだとか。あいつらの言うことだからあてにはならんが、たいそうな名を付けたものだ」
苦々しげにこぼす承勲。その怒りは飛燕脚にというよりも、与える報酬以下の働きしかせぬ男たちに向けられている。
「そうか。それで、あんなに怪我をした者が多かったのか」
「ああ。まったく、一人を相手に情けない連中だ。あんたもそうでないことを願うよ。期間は十日。十日以内に追い出してくれなければ報酬は払わんからな」
「一日あれば十分だ」
「え? いま、なんと?」
「一日で十分だと言ったんだ。聞いたところ、逃げ回るような相手ではなさそうだし」
「大した自信だな。不慣れな山での戦いで、あの飛燕脚を相手に」
怪訝な目を向け、承勲はまた腹をさすった。
「その、山というのは?」
「村のすぐ裏に上り口がある。しかし一人で大丈夫なのか? いままで雇った連中は、数人がかりであのざまだ」
「問題ない」
くどい、と言わんばかりに華婉は立ち上がり、部屋を出た。
実際に戦ってみればわかる。戦う前からあれこれ言うのは好きではなかった。
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