「ああ〜〜〜〜〜〜〜ん! あんっ、いらっしゃい神多くん」
「か、神ちゃん〜〜!!」
ソファにうつ伏せに寝転ぶ一ノ瀬先生の上に、キョージンが馬乗りに座って半泣きで叫ぶ。
しかし顧問の背中にぐりぐりと当てている親指の圧は弱まっていないようで、マッサージ機としては大変に優秀のようだった。
「ゆ、指もげるぅ、せんせ〜」
「10本あるんだから2本くらいもげてもどうってことないわよ」
「いやその理屈はおかしい!」
「えっなに、指圧?」
俺の後ろからこっそり中を覗く日葉が、驚きつつも安心したような声を上げた。
ただ君は、背中にいろいろ当てていることをいろいろ気にして欲しい。
「神はわかって入ったの?」
「まあ。朝から先生、肩を回したり背伸びしたりしてたから」
「えっ! いをりくんよく見てるねー?」
「あら。先生のこと、よく見てくれてるんだ♡」
別に先生だから見ているわけじゃない。観察する癖がついてるだけです。
「……この辺の整体って月曜休みが多いし、面倒くさがりな先生がいつもと違う整体に行くと思えない。でも肩こりに耐えられず、放課後にでもおれかキョージンにマッサージさせるんじゃないかと思っていたんだよ」
「あ、汚ね! だから俺を先に行かせたのかよ!!」
非難の目を向けられるが、おまえの「先に行く」という選択は自身の意思決定でありおれは関与していない。よって苦情は受け付けない。
ソファに寝転ぶ一ノ瀬先生は、楽しそうにおれを見上げる。
「あらあら。あたしが生徒にやすやすとカラダを触らせるって思ってるの?」
「触らせてるからね?」
キョージンが恨みがましくつぶやく。
それでもマッサージをやめさせない先生に、おれは呆れながら言った。
「……先生の自堕落的なところはもう十分知ってるし。そもそも先生、俺たちと距離近いですからね。それに……まあ、心は許してくれているとは、思っています」
このだらけた姿を見せるのも一応、人を選んでるみたいだし。
「はぁ〜。もう、わかったわ。降参〜〜」
先生は顔を赤らめながらむくりと起き上がり、ソファの上でアヒル座りをした。
「んー、まあだいぶ楽になったかな。ありがと」
うーんと伸びをして、大あくびまでしている。
先生が目を閉じたのを見計らい、おれは素早くキョージンにアイコンタクトを送る。
キョージンはおれの背後を見て察したようで、ニヤリと笑みを浮かべた。
「せんせー、最後に肩揉みますよー」
「おーありがと、京村くん、気がきくじゃないー」
先生のカラダがキョージンの肩もみによってホールドされたのを確認して、すかさずおれは先生の前にしゃがみ込んだ。
「先生、ずいぶんリラックスしてますね」
「そぉーねぇ」
「今から催眠術、やってみませんか?」
「!?」
「おれの目を見て……」
視線を合わせると、先生の瞳がスッと下へ移動する様子が見えた。
最近、眼力が上がった気がしてたんだけど、まさかこんな効くとは。
でも催眠は、本人が拒否するとかからない。
ここで、苦手意識をしっかり取る必要がある。
「今、ふわふわと、気持ち良い感覚に包まれていますよね。そしておれが触れている手のひらから、暖かさが身体の隅々まで行き渡ります。その不思議な感覚を楽しんでください……」
先生の頭がカクンと落ちた。
それをきっかけに、より深い催眠に導いていく。
「楽しいとか幸せとか……もう、ポジティブな気持ちしか浮かんできません。このまま、温泉につかるような心地よさに、身をゆだねてください……。あなたはもう、繕わなくても大丈夫です。嫌なことや辛いことも、今だけは手放してください……」
キョージンが先生の後ろを離れたことにも気付いていない。
さてと。
先生、たっぷり労働のお礼をさせてくださいね。
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