1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

催眠術なんてあるわけない!のに、なんでみんなかかってるんだよ…(困惑)
アサミカナエ
アサミカナエ

13話・3

公開日時: 2021年3月10日(水) 11:00
更新日時: 2021年6月10日(木) 13:53
文字数:1,930

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「え。できるの?」



 翌日の放課後。

 改めて部室に来た基樹は目を丸くしていた。



「……まあとりあえず、座って話そう」



 依頼しておいてその言い方……と引っかかりはあったけれど、二人をソファ席に案内した。

 弟の大貴も相変わらずふてくされているが、今日も律儀に兄について来てくれている。

 ……あっちもあっちで、謎だ。


 二人を向かい合わせで座らせ、動画撮影の許可を取ってからおれは弟・大貴の隣に腰掛けた。

 撮影するキョージン以外は、少し離れたデスク周りに座ってもらっている。



「じゃあ、はじめに確認したいんだけど。大貴くんはお母さんに会えたら、謝りたいと思ってる?」



 どこか他人事のようにスマホを操作する大貴は、相変わらず口を閉ざし、拒絶のアピールは完璧だった。

 兄の基樹が見かねて「おい」と声をかけるが、おれは首を振って制した。

 彼の正直な気持ちを聞くまで、動いても意味がない。

 おれたちは昨日から、大貴の意見を一度も聞いていなかった


 静まり返った室内に、時計の秒針の音がいやに大きく響く。

 どれくらい時間が経っただろうか。キョージンがあくびをしかけたとき、弟の大貴はようやくスマホをポケットにしまって口をわずかに開いた。



「……わかった、謝る」


「当然だろ! なんだよその態度。いつまでそんな風にしているつもりだよ、子供ガキじゃないんだからさ!!」



 投げやりな大貴に兄がキレた。

 基樹は掴みかかりそうな勢いで体を前に出したが、二人の間のテーブルがそれを阻む。

 基樹はそれで少し冷静になったのか、不服げに腕組みをして座り直した。

 おれはもう一度大貴の横顔に声をかける。



「大貴くん、もしかして……何か黙っていることがある?」



 大貴が口元をわずかに噛んだのを、おれは見逃さなかった。彼の言葉がないのを見て、続けて問いかける。



「……それはお母さんとの約束、なのか?」


「……」



 大貴は答えない。

 ただ、手元を見つめる瞳がろうそくの炎のように揺れている。



「なあ、大貴。おまえまさか、反抗期……だったのか?」



 今度は感情を抑えて、兄の基樹が語りかけた。



「本当は母さんに強くあたっていたのを後悔しているんじゃないか? もしそうなら、言って欲しかった。俺にも反抗期はあったし、恥ずかしいことじゃないんだ」



 おおー、マジか。

 大貴の行動だけを責めていた基樹が、第三者おれを挟んで俯瞰できたのか、初めて、弟の気持ちをくんだのかもしれない。

 驚いたのは大貴も同じだったようで、ようやく顔を上げた。奥歯を噛み締めて緊張した面持ちで、目の前の基樹へと視線を注いでいる。

 基樹は困ったように頭をかいて、言葉を続けた。



「でもさ、おまえの横柄な態度で母さんが疲弊していたのは事実なんだよ。じゃないと、サイレンに気づかなかっただなんて普通ならありえない。おまえには自分の行動をきちんと反省して、前に進んで欲しいんだよ……」



 弟の大貴は再び俯いた。表情は見えないけど、膝に乗せた拳が小刻みに震えている。



「……なるほど」


「ていうか。さっきからあんたなに」



 部外者は口を出すなとばかりに、鬱陶しそうな基樹の視線が突き刺さって痛い。



「あ、えっと。……大貴くんさ、今後の兄弟関係がぎくしゃくするよりも、真実を話した方がお母さんも喜ぶのでは?」



 弟の大貴は無視するように黙り込み、おれの質問には答えなかった。

 代わりに兄の基樹がおれに尋ねる。



「真実? 一体なんの話を」


「基樹くんの話を聞いていて思ったんだけど、大貴くんは反抗期で暴れていたんじゃなくて、むしろ、お母さんのためにそうしていたのかなって」


「……はあ?」



 基樹が舌打ちをする勢いで睨みつけてくる。

 弟の大貴が否定しないのを見て、おれは続けることにした。



「基樹くん。事故の原因は、暖房器具の不完全燃焼による一酸化炭素中毒だったよな?」


「ああ。帰宅した弟が発見した。母さんは客間のソファで……倒れていたそうだ」


「辛いことを蒸し返して悪いんだけど……もうひとつ。ガス漏れの検知器は作動していたんだよな?」


「じ、自殺だって、言いたいのかよ……」



 基樹の声が震える。おれは頭を振った。



「いや、事故だよ……。お母さんにその警報が聞こえなかったのなら」


「え……、は?」


「基樹くん、お母さんって聴力に障害を持っていたりする?」


「い、いや。健常だと思うけど」


「そうか。大貴くんはどう思う?」


「……」



 急に大貴に振るが、大貴は依然して黙り込み、否定も肯定もしなかった。

 おれは隣に座った大貴に、あえて聞かせるようにゆっくりと言った。



「大貴くんはその事実を知っていて、普段から声を大きくしていたのなら、基樹くんには怒鳴っているように聞こえたのかもしれないと思ったんだけど」



 基樹が顔を引き攣らせて大貴を見る。

 沈黙を貫いていた大貴は、ついに小さなため息をついた。

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