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「りっちゃんとこうしてお話ができるとは、拙者は感動ですー♡ あっ、ひまりんスネちゃまですか? 拙者はここにおりますぞー♡」
……えっと。
なぜおれたちは、山下先輩の欲望丸出しの、あられもない姿を見せつけられているのだろうか……。
「ハーレム催眠にはかけられたくないよ? でも、あれに負けたっていうのはなんか女子的に納得できないんだけど」
「あはは。でもお人形さんかわいいし。ビジュアルは絶対に勝てないかなぁ〜」
日葉と明夢もなんとも言えない顔をして、遠巻きで山下先輩を眺めていた。
山下先輩がソファでうれしそうに抱きしめている相手は、持参してきたフィギュアの少女たちだった。
いるはずのないものが目の前に現れる「幻覚催眠」。
それはイメージ力が試されるため、かかる人はごく稀だと言われている。けれど、山下先輩はどうしてもかかりたかったのだろう。しっぽりずっぽりとかかってくれている。
山下先輩には今、手にしたフィギュアのキャラが目の前に等身大で現れている……ように見えているらしい。かけたおれすらも本当かよと疑いそうになる。けど、しっかり幸せそうなんだよな……。
「あ! ばんちゃんは撮影NGだからねー!」
「そうだ! 絶対にだ!」
「はぁ、言われなくても。絶対に配信なんてしないわ……」
佐々崎とキョージンに抗議された拝慈はパソコンを見ながら、あしらうようにひらひらと片手を振った。
一見アレな光景だけど……。生身の女子でハーレムを作ろうとしたキョージンより、自己完結する山下先輩のほうが、健全なんじゃないかっておれは思うんだが……。
そんなことを考えていたとき、入り口からノックの音が響いた。
「はい。どうぞ?」
拝慈がよく通る声で返事をすると、ドアがゆっくりと開いた。
放課後の中途半端な時間。顧問が残っているわけないし、誰か来るとも聞いていない。
誰だろうと入り口に注目すると、緊張した面持ちで背の高い男子が顔を覗かせた。
……あの顔、どこか見覚えがある。たしか、隣のクラスの……。
「あれ、基樹だー!」
コミュ力の高い日葉が手をあげて駆け寄ると、男子はホッとしたような表情を浮かべ、薄く笑って手をあげた。
「よ、日葉。アイチューブ観てるよ」
「ええっ、恥ずかしいなっ」
「猫すごかったな、かわいかったじゃん?」
「きゃー! あれは違うの、忘れて忘れて!」
顔を真っ赤にした日葉が、ポカポカと基樹を殴る。
爽やかな身のこなしと日葉の近すぎる距離感に動じないところを見て、隣のクラスのリア充グループのひとりだと思い出した。うん、存在がいけすかない。
「ははは。ちょっと相談したいことがあってさ……って、今って取り込み中だった?」
ソファで独り言を喋っている山下先輩に気づいて、基樹は顔を引き攣らせた。
「あ、えっと。あれは会社でいう社食?みたいなやつかな、気にしないで! 椅子用意するから入って入って〜」
「え、人形食べるんだ……」
福利厚生のことかな? まあどうでもいいけど……。
基樹が部室に足を踏み入れたところで、後ろにもうひとり男子が突っ立ってるのが見えた。
そいつは基樹を少し強面にした顔で、元は整っているのだろうが目の周りが窪んで覇気がない。……おれみたいだなと思った。
「あれ、ひとりじゃないんだ?」
「うん。こっちが弟の大貴。こいつに会わせて欲しい人がいて来てみたんだよね」
「弟? 基樹って双子だったんだね。初めまして、A組の日葉だよ!」
「双子っていっても似てないだろ。俺が4月で弟が3月生まれなんだ」
弟の大貴は小さくチッと舌打ちをして、そっぽを向いた。
「ん?? でもなんで“会わせたい人”で、うちに来たのさ?」
佐々崎がスマホをあごにあてながら、上目遣いでかわいく首を傾げる。
「あの、小塚くんって、たしか先月……」
基樹と同じクラスの拝慈が恐る恐るという風に問いかけると、基樹は頷き、一転して険しい顔で吐き捨てた。
「うん。弟に、先月亡くなった母さんに謝らせたい」
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