「え……? でもバッティングセンターには行ってたんでしょ?」
「まあね。でもおじさんが言ったのは『30分前になにをしていたか当てる』だったよな? 俺たちバッティングセンターのあと、マクドナルド行ってたんだよね。だから、『30分前はハンバーガー食べてた』が正解」
「……ああそうかぁ。高校生はまだまだ成長期だもんなー」
桑田さんは首に手を当てると、目を細めて悔しそうに笑った。
「キョージンがお礼に食べ物を要求したから、運動して腹減ってると思ったんすか」
「そう。まさか何か食べていたなんてね。僕も昔はそうだったはずなのに、すっかり忘れていたよ」
「……なんかすいません、水さして」
トリックを暴いて桑田さんに恥をかかせてしまったかもしれない。素直に謝った。
「いやいいんだ。実は僕もまだマジシャンのヒヨッ子でね、おかげで勉強になったよ。でもね僕、本当は催眠術のほうが得意でさ」
しかしここでまさかの違う角度からアピールをしてきたんだが。負け惜しみなのか……?
「あっ、それは透視しなくてもわかる、疑ってる目だね!? いやこれは本当だよ? ……よおし、決めた。お礼が失敗したからね。君に僕の催眠術を伝授してあげるよ。わはははは!!」
と、なぜか機嫌を良くした桑田さんに肩をバンバンと叩かれた。勝手に決められても、おれはそういうの苦手なんだけど。
「いや……」
「大丈夫大丈夫。僕は普段は催眠術の講師もしていてね。いつもなら講習料で50万円いただいているんだよ? だからそこは、信頼してほしいなあ」
「っ!?」
それを聞いて思わず、桑田さんの手を振り払った。
条件反射だった。
ぽかんと目を丸くする桑田さんを無表情で見据える。
落ち着け、と心で唱えるも5秒ももたなかった。
自分の口から、抑えきれなかった言葉がどろりと溢れ出す。
「そうやって、非科学的なことをまことしやかに仕立てて……何も知らない人から金銭を巻き上げるなんて。汚い人ですね……」
冷え切った声だと自分でも感じた。
普段、ここまで感情的になることはめったにない。隣でキョージンは黙っているけど、きっと豹変したおれの様子に戸惑っているのだろう。
しかし目の前のマジシャンはこの状況でカラカラと笑った。
「おや? 君、もしかして催眠術がオカルトだと思ってる?」
相手の空気の読めなさに眉をひそめるおれを、さらにからかうように、
「日本では馴染みがないけど、イギリスのキャサリン妃も自身の出産に催眠を取り入れているというのは近年の話。ロイヤルファミリーだって使っている催眠は、科学的に説明できるものなんだよ?」
そう言うと得意げに、斜め45度の角度でどや顔を見せつけてきた。
とてもうざかったが、それよりも気になる言葉があった。
「科学的、に?」
「あっらー、賢い子かと思ったけど知らないのぉー? やっぱり中身は子どもだね! まあ来なよ、教えてあげるから」
「は、でも、催眠術なんて……!」
ずいと迫ってくる桑田さんの圧力に困り、キョージンに目で助けを求める。
「そいえばー、さっきのバッティングセンターの罰ゲーム決めてなかったよなー。神ちゃん、催眠術を教えてもらって来たら? そんで明日、学校でたっぷり話聞かせてくれい!」
所詮は3週間に一度くらいしか関わることはない。それがおれたちの関係。
キョージンはにんまりと笑うと、ひらひらと手を振った。この人でなしめ……。
「よーし、じゃあレッツゴー!」
「う、嘘だろぉ……」
思わず情けない声が漏れる。
おれは頭に鳩を乗せた怪しいおじさんに手を引かれ、怪しい雑居ビルの一室へとドナドナされて行ったのだった……。
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