1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

催眠術なんてあるわけない!のに、なんでみんなかかってるんだよ…(困惑)
アサミカナエ
アサミカナエ

11話・4

公開日時: 2021年2月12日(金) 11:11
更新日時: 2021年4月22日(木) 22:16
文字数:1,797

「キョージン、動画回して。なるべく佐々崎の顔は映らないようにしよう」



 簡潔に指示しただけでキョージンはすぐに意図を汲み、スマホをソファの後ろにある本棚に置いた。

 そして最近部に入ったビデオカメラを素早く手にし、ドアの前で構える。

 突然のおれたちの行動に、案の定、佐々崎は不安げに周りを見回した。



「動画は配信だけでなく記録用でもあるから、佐々崎が嫌だったら使わない。だからひとまず安心して話を聞いて欲しい」



 おれはPC前からソファ席へと移動しながら、佐々崎に告げる。



「神は悪いことはしないよ。大丈夫だよ、さざききちゃん」



 明夢の穏やかな声に警戒が少し解けたようで、佐々崎はソファに背をつけた。

 それを見て、おれは続ける。



「やらないかで催眠術師やってます、神多いをりです。……おれたちからの提案なんだけど。もし醜形恐怖症と、女装している自分が気にならなくなる催眠だったら、かかってもいいとか思ったりしない?」


「……はァ?」



 佐々崎の瞳が揺れた。声には苛立ちが混じっている。



「ト、トラウマを解消する催眠をかけるってこと?」



 せっかく解けかけていた警戒心がまた戻ってきたのが、一段低くなった声から伝わってくる。

 恐怖症というほどだから、軽々しく人に触れられたくはないんだろうな……。



「トラウマを上からねじ曲げるような催眠はおそらくその場しのぎで、何の解決にもならないと思ってる。だから、君がすでにかかっている催眠を解く。それがおれたちからの提案だよ」


「催眠に、かかってるって……?」



 おれは、明らかに狼狽している佐々崎の向かいのソファに腰掛けた。

 佐々崎の真正面から、目線を同じくして語りかける。



「日常に催眠はたくさん転がっている。学校の七不思議のオカルトも、噂を信じて自分の脳を騙すことによってできたものだよ。例えばある人が、音楽室のベートーベンの顔に光の関係で影ができたのを笑ったように錯覚する。それを別の誰かに伝える。聞いた方も知人から聞けば信憑性も上がり、自分が見たときもその錯覚に陥りやすくなる。……これも一種の催眠だよ」


「おー、パチン!がなくても催眠術ってかかるんだ」



 おれの隣に座りながら、日葉が不思議そうに首を傾げる。



「うん。毎日女の子を誉め続けると、50日後に見違えるほど可愛くなった——という実験結果も出てる。こういうのを“自己暗示”って言うけど、運動部にもない?」


「あ! イメトレしたり鏡の前で『できる!』って気合い入れたりするのに似てるかも?」


「まさしく。ボクシングの世界チャンプだったモハメド・アリが、鏡の中の自分に『自分は世界一強い』と言い聞かせていたっていうのも、有名な話だよね」


「……その感覚、僕は知ってるよ」



 佐々崎は忌々いまいましげに顔を歪ませながらも、はっきりと答えた。



「人の目を気にして、かわいくないと思い続けた自分がいる。それが僕を縛り付けている——そう言いたいんだ?」



 おれは真顔のまま両手の指先を合わせて、じっと佐々崎を見据えた。



「……頭ではわかってるけど感情がついてこないのは、理性がセーブしているせいだよ。そうやって押さえつけている理性を、一度解放してみたらいいのかなと思ってる」


「……っ!」



 視線を彷徨わせる佐々崎の前に、一気に身を乗り出して顔を突きつける。

 佐々崎は驚いて目を見開き、居心地悪そうに口端をひくつかせた。

 


「おそらく一度じゃ完全にトラウマは取り除けないと思う。けど、少しは実感があるはずだ。その効果は自宅で試してもらっていい。もしなにも変化がなければおれたちはこの動画をアップしない。……これなら佐々崎は痛くもかゆくもないはずだけど」



 絶対に視線を逃さないように、佐々崎を見据えた。

 佐々崎は足の間に手を入れたまま体を少し揺すっていたけど、そのうち観念したのかゆっくりと頷いた。



「……じゃあそういうことで」



 にらめっこは、凝視が得意なおれに軍配が上がった。


 ソファに佐々崎を残して、全員で撮影準備を始める。

 デスクの脇を通ったとき、デスクから一歩も動こうとしない一ノ瀬先生に腕を引かれた。

 よろけるおれに、一ノ瀬先生は臭いものに顔を突っ込んだような顔で耳打ちしてきた。



「神多くん……。指を合わせて威厳を見せ、パーソナルスペースに侵入して心を乱してクロージングした、最低で最高な交渉だったわ」


「……あれ、そうなんですか?」



 ああ、心理学の人がいたんだっけ……。

 苦笑いして、ささっと背中を向けた。

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